一章 七十三話




 麗華の体調が良好な事を確認した後、麗華の強い希望である場所に向かった。現在治療中の優斗が居る荒木家だ。前もって連絡を入れていたので、荒木家の人達の案内で優斗の部屋入った。
 登世子に刺されて、治療中の優斗は布団から体を起して入ってきた麗華達を向かいいれた。普通の人間ならば腹部を刺され大量に出血し瀕死の状態だったのだから、まだ動けるはずがない。だが、優斗は麗華を守って負傷したと言う事で、藤森家当主菊華が特別に藤森家秘伝の治療薬の使用を許可した。完全に治癒した訳ではないが、後数日寝ていれば日常生活に困らない程度は動けるようになる。

「起き上がって大丈夫なの?」
「……少しなら、大丈夫だよ。麗華さんは?」
「私は平気」
 優斗の傍に座ると、他の守護家達も優斗の部屋に各々好きな場所に座り、二人の様子を観察するように見つめている。
麗華は優斗にされている包帯を痛々しそうに見つめるだけで言葉を発しない。誰も口を開かず、気まずい空気が流れる。負目のある優斗は気まずそうに苦笑いする。
「皆で見舞いに来なくても良かったのに」
「優斗が大丈夫なのは知っていたから、僕だって別に来る気なかったよ。でも、麗華がどうしても皆で行きたいっていうからさ。まぁ、実際顔色良さそうでちょっとムカつくね」
 優斗の体調を本当は心配していた真司は予想以上に元気で安心する半面、誰も使った事のない藤森家秘伝の治療薬で他の負傷している守護家より傷の治りが早そうな事がほんの少しだけ不公平だと思う。
「ムカつくって言われても……」

 麗華の隣に大輝がやって来て小さく耳打ちする。
「なぁ、やっぱり殴りたくて来たんだよな。怪我なら気にしないで今ならやっていいと思うぜ」
 大輝は麗華を危機的状況に追いやる事を策略していた事が許せなく、花守市に戻って来る決意を決めた事を知っていた。だから、起きたすぐに優斗の所へ行きたいと言ったのだと思っていた。
「え。あ、うん。いや、まぁ、それもやりたいけど……。それより先にね」
 麗華の煮え切らない言葉に大輝は不思議そうに首を傾ける。
「それより先になんかあんのか?」
「うん」
 麗華は覚悟を決めて大きく深呼吸する。
「皆が揃ったので、話しておきたい事があります」
「うん?」
「私、陰の神華でした」
 着ていた服の前を軽くずらして、胸元に咲く赤い花を見せた。皆の視点が一点に注がれ、陰華が恥ずかしそうに揺れている。
「薄々分かっていたと思うけど、皆揃ったら、一番に言うべきかと思って」
「……………………」
 誰も口を開かず、ただ揺れる陰華を見つめている。
「お父さんが力の封印に関わってたみたい」
「なぁ。触っていいか?」
「え?」
 隣で大輝が生唾を飲む音が聞こえた。胸元まで近寄ってきている手を見て体を引き思わず胸元を隠す。陰華が咲いているのは胸の谷間。陰の守護家には花を見せて告白しなければいけないと思っていたが、触れさせてほしいと言われると思っていなかった。
「別に、触らなくてもよくない? 正真正銘の本物だよ。彰華君も分かっていたみたいだし」
「だが。ここは守護家としては確認するべきところだ」
 部屋に入った時は壁に寄りかかり、少し離れた所にいた蓮がいつの間にか麗華の隣にいた。いつの間に隣に来たのか、気配を感じなかった。蓮だけではない。周りを見れば、距離を置いて座っていた真司まで傍にいる。
「え、蓮さんまで?」
「僕も、陰華に触れてみたい」
「真司まで? でも……」
「あら、ダメよ。そんなに触れたら陰華が弱ってしまうわ。ここは年長の私が代表として確認するわ」
「なに、ずるい事言ってんだよ。真琴なんて、着替えさせてる時マジマジ見てたじゃないか!」
「はぁ!?」
 大輝の言葉に胸元を更に強く隠す様にして、真琴を引き気味に見る。
「まぁ。覗き見していたの? あれは治療の一環よ。体に怪我は無いか確認していたの。大輝の様に、盛っちゃいないわよ」
「盛ってない!」
「き。着替えって真琴さんがしたんですか?」
 信じられない。藤森家には女の人が居るのに何故、男の真琴にさせるのか。一度真琴には裸を見られているとは言え、着替えをさせられるのは抵抗がある。
「手が足りなくてね。女の子たちは彰華も倒れたから皆そっちに付きっきりで看病中だったのよ」
 陽の守護家である女子は、麗華の世話よりも彰華の世話を優先する。そのため、倒れた麗華の世話をする人が見当たらず、治療に長けている真琴がする事になったのだ。
 男の人に世話をして貰うのはやはり恥ずかしいし抵抗があるが、他に手がなく治療のために仕方がなかっただと諦める。
「と、と言うか。やっぱり皆気が付いていたんですよね」
 軽く顔を互いに合わせて頷く。
「麗華の魂が体に戻ると同時に、これが反応したから」
 そう言って右手のひらを麗華に見せた。陰の守護家の右手のひらには葉の形のした痣の様な模様が浮き出ていた。
 前に守護家に選ばれた者に現れる印だと教わった事がある。
「これが」
「ちゃんと見える?」
「うん」
 真司が少しホッとしたように微笑む。前に真司に手のひらを見せて貰った時は何も見えていなかったが、神華として陰華の現れた今の麗華にははっきりと印が見えた。
「陰の神華の傍だと、強く反応するんだ。だから麗華の魂が戻った時反応を見せたから、麗華が神華だって分かったよ」
「そっか。私、陰の神華として何ができるか良く分からないけど、これから、迷惑掛ける事も多々あると思うけど、これからもよろしくお願いします」
 藤森家には麗華の知らない事がまだ隠されている。藤森の森にあるモノの正体も知らないし、父が神華になる事を嫌う理由もまだ分からない。
 麗華が陰の神華だと判明したのだから、藤森家の良く分からない儀式にも参加しなければいけなくなるだろう。分からない事だらけで、不安が大きいが、陰の守護家の皆の為に出来る限り頑張ろうと思う。
 ようやく現れた陰の神華が役立たずと言われない様に、今まで蔑ろにされてきた彼らが他の人達から二度と蔑まされる事のない様に、陰の神華として頑張ろうと五人の嬉しそうな顔を目の前にすると改めてそう思った。
 





 治療中の優斗と別れて藤森家に戻ってきた麗華達は、次にまだ意識が戻らないと言う彰華の見舞いに行く。彰華が神界に迎えに来てくれたけれど、別れた時の酷く具合が悪そうだったのが気になる。
 彰華の部屋は母屋の奥にある。初めて訪れる彰華の部屋の前からは治療の呪文の声が漏れていた。扉にはお札が貼られてあり異様な雰囲気の部屋の前に、立ちつくしてしまう。
 水谷家の主な治療が出来る術者は、登世子傷付けられてまだ治療中だ。だから、他の家の治療が出来る術者で結界を張り、霊力を高める呪文をたえず唱えていた。
 彰華の部屋に入って大丈夫なのだろうかと、障子の前で手が止まる。
 立ちつくしている麗華の前で障子が開き、陽の守護家の莉奈が出てきた。荒木家の莉奈は優斗の従妹だ。金髪に染められたセミショートの髪に少しつり上がった瞳の少女だ。麗華がそこにいる事に気が付いて開けたらしい、莉奈は障子をあけると同時に、麗華の肩を軽く押して彰華の部屋の前からどける。非難する陰の守護家の声を無視して、麗華を睨んだ。
「誰の所為で彰華が倒れたと思っているの? あなたの見舞いなんて必要ない。帰って」
 感情を押し殺したような、震える小さな声で麗華を非難する。
「おい、莉奈! なんて口のきき方するんだよ!」
 麗華に対する態度に不満を持った大輝に、莉奈は更にキツイ視線を送る。
「静かにして。彰華は治療中なのよ」
 莉奈からの拒絶に衝撃を受けて何も言えない麗華の肩に軽く真琴が手を置く。
「彰華の様子はどうなの?」
「真琴さん。彼女はもう動き回れるぐらい元気なんだから、彰華を診てください。まだ、意識が戻る気配がないの。印の反応も薄くて、こんなこと初めてなの。どうしたらいいかわかんないよ」
 ぼろぼろと泣き始めた莉奈の頭を真琴が撫でる。
「大丈夫よ。結界が破れた衝撃が大きかったのね。私も手を貸すから泣かないの。さぁ麗華さん、中に入りましょう」
「……え。いいの? でも」
「彼女には入ってほしくない! 貴女を迎えに行った所為でこうなったんだから! もし彰華に何かあったら絶対許さないんだから!!」
「落ち着きなさい」
「大体いつも、いつも、彰華にばかり尻拭いさせて! 今まで彰華にどれだけ負担をかけて来たと思ってんのよ!」
「それ以上、麗華に向かって一言でも喚いたら二度と口が聞けなくするよ」
 麗華を庇うように前に出てきた真司の腕を麗華が引っ張る。
「わ。私やっぱり遠慮する。真琴さん、彰華君の治療宜しくお願いします」
 真琴に向かい一礼すると麗華は、皆の制止の声を聞かずにその場から逃げた。
 

 彰華の様態を心配していたけれど、莉奈から非難されると思っていなかった。それになんとなく、彰華は直ぐに起き上がり、いつもの様にどこか飄々としていると思っていた。そんなに彰華に負担が掛っていると思っていなかった。
 自分の考えが甘かった。
 莉奈のあの動揺からして、本当に今まで彰華が起き上がれなくなるほどの事が起きた事が無かったのだろう。
 彰華に何かあったらどうしよう。彰華と最後にあった時、彼は大丈夫かと聞いても何も答えなかった。自分に何が起きるか覚悟していたのだ。
世界に一人だけになる様な恐怖感に動揺する。胸に手を当ててどうか彰華が無事に、意識が戻るようにと祈った。

 それから三日経っても彰華は意識を戻さない。真琴も彰華に付ききりで診ているが状態が好転する事はなかった。
 彰華が臥せている間も、麗華の周りは慌ただしく動く。藤森家当主の菊華は陽の神華が倒れている今、陰の神華である麗華が家の状態を正さなければいけないと言い、各守護家の当主のお披露目を行った。お披露目と言っても、一度は会った事のある当主陣と会席を開いただけだ。
 息子の意識が戻らなくても気丈に振舞う菊華だが、彰華の状態を逐一報告させているのを傍で見ていると、麗華同様本当は心配で傍に付いていたのだと思った。
 一度は彰華の顔を見に行きたい。そう思っても、莉奈に言われた言葉が頭を過り部屋の近くにも行けない。
 今まで、陰の神華が現れず、彰華には負担をかけて来た。彼が倒れている今、少しでも神華としての役割を行わなければいけないと、気負っていた。


 彰華の意識が戻らない四日目の夜。誰もが寝静まった静かな廊下を麗華は一人歩いていた。各部屋の前に一体配置されている岩本家の式神達が麗華を不思議そうに見つめるのを、一体ずつに飴玉を手渡し静かにするように言い聞かせる。兎の耳にタヌキのしっぽを持つ手の平程の小さな式神達は、麗華から渡された飴玉を嬉しそうに頬張り黙る事を約束してくれる。
 誰も居ない事を確認しながら、彰華の部屋に続く廊下を歩く。神華としての役目を教わり行っている麗華に昼間は会いに行ける余裕はない。それにまた陽の守護家の女の子達に追い払われる気がして、正面から彰華に会いに行ける自信がなかった。
 彰華の部屋の前には誰も居ない。相変わらず札が貼られているが、はがさない様にゆっくりと戸を開けた。
 彰華の部屋に入るのはこれが初めてだ。暗く電気の点いていない部屋の中は良く見えない。慎重に歩きながら部屋で寝ている麻美と瑛子を発見する。深く眠りに付いているようで麗華に気が付いていない。ずっと傍で看病しているようだ。この部屋には彰華らしき人は寝ていない。彰華の部屋はその奥にまた障子がある。寝室はその奥の間のようだ。
 慎重に障子をあけると、布団の周りを一周するように蝋燭が灯されてあり、不思議な香りのお香がたかれていた。治療中というより、布団に横たわる彰華が怪しげな儀式の生贄のように見えて、麗華はそのまま戸を閉めて見なかった事にしようかと真剣に悩む。 
 まだ、術の事を理解していないから、これが異様な光景にみえてしまうのだ。これは、彰華に必要な事をしているのだと、言い聞かせて部屋に入り灯りが漏れないように戸を閉める。


 彰華の傍に寄り彼の顔色を見る。橙色の蝋燭の灯りに照らされて、顔色は良く見えた。本当に唯寝ているだけに思える。
「……彰華君。大丈夫? って……言うのも変だね」
「私を迎えに来てくれて有難う。その所為でこんな目にあわせて御免なさい。私が居ない間、彰華君には負担ばかりかけてたんだよね」
「今、藤森家の結界が壊れたって騒ぎになってるの。でも、私結界の張り方良く分かんなくて。周りに迷惑かけてばっかり。お父さんの式神の菫君もまだ会いに来てくれないし、ちょっと正直どうしていいか分かんないよ」
 臥せている彰華に愚痴を言ってどうするのだろうと自己嫌悪に落ち込む。
「……早く意識戻してね。私、今まで迷惑かけた分、頑張るから」
 彰華の手が掛け布団からはみ出ていたので、手を掴み戻そうとした。彰華の手を掴むと、淡く触れた部分が光りを放ち麗華から彰華に流れていくのを感じる。心臓の鼓動が激しくなり、手の力が抜けていく。体を支える事が出来なくなり彰華の傍にゆっくりと沈む。
 一体何が起きたのか混乱する。淡く光ったのは一瞬で今はもう止んでいた。激しく脈打つ胸を押さえながら、苦しくなった呼吸を整える。暫くしてようやく体を起こすだけの力が戻ってきた。
「な、に。今の……」
 まるで、自分の力が彰華に流れ込んだかのようだった。そんな事が出来るのだろうかと、自分の手を見つめて茫然としていると、下から手が伸びて来た。そして手を引かれて押し倒される。体の上に重みを感じて目を開けると、彰華が上から麗華を見下ろしていた。
「夜這い?」
「あ、わっ!」
 叫び出しそうになった麗華の口を彰華が塞ぐ。
「静かに」
「むぅぅぅ!」
 彰華は冷静に自分の布団の周りにある蝋燭やお香を見て今の状況を理解したようだ。
「こんな夜更けに来るとはな。……据え膳食わぬは男の恥か」
 麗華の首筋に唇を落とす。蝋燭の炎に照らされて妖艶に微笑む彰華に麗華は危機感を覚える。
「うぅぅ!!」
 さっきまで臥せていた人が何をしようとしているのだ。本気で心配してやってきたのに、この態度に苛立ちを覚えた麗華は彰華が麗華を見つめたその瞬間に思いっきり頭突きを喰らわせた。
 予想外の行動に彰華は、麗華を拘束していた手を離し、頭を押さえながら麗華の隣に倒れた。
「何考えてんのよ!」
 自分も痛む頭を押さえ隣に倒れた彰華を睨みつける。
「……相変わらず石頭だ」
 前にも一度麗華の頭突きを受けている彰華は懐かしい痛みに苦笑いする。
「信じられない。本当は意識があったの?」
「少し、からかっただけだ。麗華相手に本気でするわけがない。それに今起きたばかりだ。どうやら、少し力を分けて貰ったようだな」
 普通なら立ち上がって部屋を出て行く麗華が起き上がる力なく共に倒れている事と、今まで自分の中で感じた事のない呪力が流れている事からそう判断した。
「人から力を分けられるのは初めてだ。麗華の力は軽いな」
 彰華は自分の中に流れる力を確認するように見つめる。
「私の力を彰華君にあげたりできるの?」
「出来るようだな。体調は?」
「力が出ない。起き上がれないよ。十キロマラソンした後の様な倦怠感」
「なら少し寝れば治りそうだな。あれから何日経つ?」
「四日経ったよ」
「そうか……。大変だったろ?」
 彰華は薄い唇の片方を上げて笑う。
「うん」
 彰華が臥せていた四日間の事を思って麗華は素直に頷く。
「これから、もっと大変になるぞ。後悔しないか?」
「しないよ。だって、私を必要としてくれる守護家の皆がいるんだから、こうならなかった方がずっとずっと、後悔する事になったよ。それに、彰華君の迷惑に為らないように、出来るだけ頑張るよ」
 彰華は麗華の額に指をこつりと当てて苦笑いする。
「……無理はするなよ。今までの様には助けられないからな……」
「……彰華君?」
 目を覚ましたからと言って、体調が万全とは言い難い彰華は目を閉じるとまた眠りに入る。
 彰華の言葉の意味を考えながら寝息を聞いていると麗華まで眠気に襲われて、そのまま麗華もそこで寝てしまった。



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2012.7.5

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