一章 四十五話






「本当にいいのかよ?」
 大輝が心配そうに麗華を見た。麗華の力が見えるようになるのは、大輝としてはいいことだと思う。だが、その分麗華に危険が及ぶなら、このままの方がいい。
「うん、大丈夫。でも、大輝君がそう言うとは思わなかったよ」
 力がない事を責められたので、父の術を解く事を喜んで協力してくれると思っていた。
 大輝は心配してやっているのに全く分かっていない麗華に苛立ち舌打ちする。
「麗華姫がそう言ってくれるのを待っていた。僭越ながら私が麗華姫に掛けられている術を解く手助けをいたしましょう」
 麗華に向い式神は微笑みかける。
「内側から解くって、どうしたらいいの?」
「まずは、解きたいと思う事が大切な事だ。目を閉じで気持ちを落ち着かせ、心の中に箱がある想像しなさい」
 麗華は言われた通りに瞳を閉じて、深呼吸してから海賊の宝箱の様な箱を想像する。

「では、その箱を開けるように」
 そんな想像で力が解放されるのだろうか、と半信半疑だ。
 言われた様に箱を開ける想像をしてみる。中に入っていたのはお豆腐レンジャーイエローの人形だ。今も麗華の部屋に並んでいる、母の手作りの人形だ。
「開けてみたけど?」
「目を開けていいですよ。何か変わった事は?」
 式神が居ると言う方向を見るが、先ほどと特に変わりはない。
「何もないよ」
「うむ。これを、何度も何度も繰り返しやりなさい。箱の中には力があると想像するのです」
「こんな感じで、お父さんの術って解けるの?」
「解きたいと思う気持ちと、解放する想像で術は解ける。術とは力を想像して練り上げるものだ。精神統一も大事な事。一度、自分の部屋に入り精神統一をするといいとおもう」
「精神統一……? 座禅でもするって事?」
「気持ちを落ち着かせて、何も考えずに目を閉じて深呼吸する。ベッドの上でも横に為ってやるといいでしょう」
「分かった。やってみる」
 麗華は式神に言われたと通りに部屋に行こうと思う。
「あ、大輝君。お茶一つも淹れないでごめんね。今淹れてくるから、ちょっと待って。茶菓子はもろこしとかあった気がするな」
 麗華は玄関で待機してくれていた、司に何事もないから家に戻ってと告げた後に大輝にお茶を入れる為に台所に入る。
 約一週間ぶりの自宅の台所で作業していると、家に帰ってきたと実感してきた。
 色々な事があって、物凄く長い間華守市にいた様な気がする。今頃、藤森家はどうしているだろう。菊華宛てに手紙を書いておいたけれども、心配していないといいなと思う。
 真琴達がした事を咎めないでほしいと、手紙には書いた。
 彼らが神華だと期待させてしまったのは麗華が突然現れた所為だ。原因の麗華が藤森家を離れれば、彼らが混乱する事もなくなり万事事は済む。
 菊華に会えて楽しかった。また何時か会いに行く。と手紙の最後に書き記した。

 守護家が藤森家に危害を加えた際の制裁は厳しい。大輝が何度か麗華を傷つけた時の事を思うと、真琴達がした事に対する制裁の大きさは想像するのも恐い。
 傷つけられた事をまだ許す気は全くないけれど、その事が原因で真琴達が苦しむのは心苦しい。
 真琴達は陰の神華が不在で辛い思いをしてきたのだ。
 茶碗を洗いながら水を見つめると、車ごと川の中に入った時の事が思い出された。呼吸が出来なかった苦しさや、ベルトが中々外れなく水の中で感じた恐怖が一瞬体を巡る。優斗が無表情見下ろす顔が脳裏に焼き付いている。
 深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
 一度ぐらい優斗達を殴って遣れば良かった。 



 麗華の淹れたお茶が二つと茶菓子がテーブルにある。麗華は二階の自分の部屋に行った。今、ここにいるのは大輝と式神だけだ。麗華は部屋を好きに使ってくつろいでと言っていたが、式神が監視するように大輝を見つめてくる。

 式神の視線が鬱陶しい。
「…………なんだよ。言いたい事あるなら、言えよ」
「では、そうしよう。陽の神華は息災か?」
「彰華なら元気にしてる」
「何か言伝は預かっていないのか」
「彰華がお前の存在知る訳ないだろ」
「…………うむ」
 式神は腕を組んで考え込む。
「最も大切な事を言う。心して聞け。麗華姫は小僧にはやらん」
「はぁ?」
「何故、麗華姫が初めて連れてきた男がこんな、バカな小僧なのだ。私は認めない!」
「……何言ってんだ?」
「実家にまで連れて来てもらい調子に乗ってるようだがな、麗華姫は小僧などに手の届く方ではない。身を弁える事だな」
「おい、わかめ。話が通じてないぞ」
 大輝はやわらかく波打つ黒髪がわかめの様に見える為式神をわかめと呼ぶ。
「私が言いたいのはそれだけだ」
「あっそ」
 式神の言葉は意味が分からない為、気にしない事にした。
 式神はもう放って置こうと決めて居間を見る。麗華と桃華が写っている写真を発見して近付いて見た。小学校の入学式の写真だ。入学おめでとうと書かれた立て札の前に麗華と桃華が笑って立っている。二人とも幸せそうに笑っている。
 藤森家は短命が多い。桃華もそれに漏れる事なく三十前半で亡くなった。藤森家の短命の理由は、藤森家の特殊な力の所為だと言われている。藤森家に流れる呪力を回復させる蜜を取り出す事により、寿命が短くなるのだ。世界でも貴重な呪力回復の蜜を取り出す行為は、藤森家の血族として生まれてきた者の定め。寿命を延ばす為と言って、蜜を取らない事は出来ない。世界中の術者が欲している為に蜜の需要は大きい。

 約六十年前当時の藤森家当主は寿命を延ばす為に、蜜を売買の制限を掛けた。そうしなければいけないほど、藤森家の血族の数が減った為だ。だが、蜜を欲しがるもの達は藤森家の事情を無視し、蜜狩りと呼ばれる藤森家の血族を襲撃する事件が起きた。藤森家にある結界が働き、危害を加える者を防いだが、守護家や岩本家は被害を受けた。水谷家の屋敷が火事はこの襲撃によるものだ。
 この襲撃事件の一番の悲劇は、藤森家の血族の少年が誘拐された事にある。偶々水谷家に遊びに行っていたのだ。藤森家の分家出身だが、蜜は流れている。誘拐された先を探したが、今もまだ少年の行方は分かっていない。
 この事件をきっかけに藤森家の血族は一人で出歩く事を禁じられた。さらに、藤森家の事情を無視し襲撃した者たちを術者達全体の審査にかけ二度と繰り返される事のない様に厳しく処罰した。
 大輝達は何度もこの事件について教えられ、藤森家の血族は死んでも守る様にと体に叩きこまれていた。

 桃華が儀式で亡くなったとされているのが十六歳。藤森家の直系は蜜が濃い。その時から、蜜を分ける事を止めたとするならば亡くなるのが早すぎる。
「なあ。桃華さまって何で亡くなったんだ?」
 麗華の淹れてくれたお茶を嬉しそうに一口飲み、大輝を見つめて薄く笑う。
「何故それを伝える必要がある」
「何かあるのかよ」
「何かあったとしても小僧に言う必要はあるまい。さて、そろそろ、麗華姫が精神統一出来たか様子を見に行くとするか。小僧はそこで大人しくテレビでも見ていると良い」
「俺がいなければ話が出来ないだろ。いいのかよ」
「必要ない」

 式神が階段を上がる様子を見ながら、大輝は桃華の死について考えていた。
 式神は桃華の死によって問題が発生し、父が麗華の傍に居られなくなったと言っていた。それは一体どういう意味だ。
 考えれば考えるほど、訳が分からなくなり頭を乱暴に掻いて舌打ちする。麗華が同じ質問をしたら、式神はなんて答えるのだろう。





 久しぶりの自分のベッドに転がると、自然と力が抜けてほっとする。そのまま、瞳を閉じて言われた通りに深呼吸する。
 父は今何処で何をしているのだろう。式神に麗華を見守らせるくらいなら、父が傍にいてくれればいいのに。
 逐一麗華の近況を報告していたなら、式神に頼んで麗華の手紙を届けてもらう事は出来ないだろうか。そうすれば少なくとも、麗華が何を考えているか伝える事が出来る。父が掛けた術なら、父に解いてもらえば一番簡単に済む。
 そうだ。手紙。家に戻ってきた理由は父から届く手紙を読む為だった。式神がある程度麗華に掛けられた術に付いて教えてくれたが、父の手紙を読み返せば、父が考えている事や、何処にいるのか分かるかもしれない。
 ベッドから起き上がり、父の手紙を入れてある箱を取り出す。
 和紙に書かれたミミズが這いつくばった様な独特の字を読み解いていく。

 書かれているのは、麗華の事を心配している言葉や季節の事。紅葉が始まったとか、雪が降ってきたから風邪に気を付けてとか、書いてある。
 手がかりに為る様な言葉は何も書かれていなかった。
 考えてみれば、自分が何処にいるか教えたくないと思っている父が、手がかりになるような事を手紙に書き記すはずがない。

 ため息とともにベッドに倒れ込み瞳を閉じる。
 こうなったら、式神に手がかりになるような事を教えてもらうしかない。そして何より、早く父の術を解いて自分の中にある力と言うのを見てみたい。


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2011.2.3

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