一章 三十四話




 体が重い。痛みは無いけれど全身がだるい。
 薄暗い中、目を開け周囲を確認すると藤森家の自分の部屋だった。誰が助けに来て、いつの間に運ばれたのだろう。だるい体を起して、自分の体を見る。右足に包帯が巻かれているが、他の傷は無くなっていた。両足を噛まれて振り回された傷も無い。足が動かせるか確かめ、少し痛むが動かせる事に安堵する。
 真琴が治療してくれたのだろうか。会ったらお礼を言おう。

 何時頃なのか確認しようと携帯電話を探してみる。テーブルの上に乗っているのを見つけて、少し痛む足を押さえながら立ち上がり、携帯電話を取る。
 時間は三時半。
 携帯電話を得体のしれないモノに投げつけたけれども、外傷は無く中身も無事だ。ただ、優斗から貰った紅水晶が三つ繋がったストラップの一つが噛まれたようで欠けていた。折角優斗がくれて気に入っていたのに、欠けてしまい残念だ。

 テーブルの上に用意されていた水差しからコップに水を注いで、一口飲む。
 まだ、朝日が昇っていない薄暗い中、何か得体のしれないモノに襲われた光景と恐怖感が急に思いだされ、手が震えコップを落とした。足の上に水が零れて、傷口に染みる。震える自分の体を強く抱きしめる。

 何で、襲われたのだろ。
 今まで生活していた中で、何か得体のしれないモノに襲われる事など無かった。普通に生活していただけなのに、藤森家に来てから今まで経験したことない類の恐い思いを沢山している気がする。
 藤森家の森で襲われたのは、森に住んでいる妖犬が偶々侵入者を排除する為に襲って来たのだと思っていた。山に入ったらクマに襲われた。そんな出来ごとだと思っていた。
 でも今回はどうなのだろう。今まで、一度も町や道を歩いて得体のしれないモノに襲われた事がないのに、何故襲われる?
 血に惹きつけられた?
 でも、あの時には完全に傷口は塞がっていた。血の匂いもしていないはずだ。

 もしかして、誰かに狙われているのだろうか。
 見えない麗華には、襲ったモノの正体が分からない。もしかしたら、何処かの誰かが藤森家に急に入って来た麗華を疎ましく思い排除しようとして、式神とか何か他の手段を使って、傷つけようとした?

 そう考えると、恐くなり体の震えるが強まる。
 自分はただ、母親の実家に遊びに来ているだけなのに、何故傷つけられなきゃいけないのだろう。

 出て行けと脅されれば、今すぐ出ていける。後二週間もすれば地元に戻るのだから、傷つける必要なんてどこにもない。まさか、遺産目当てだと思われているとか?
 最初の頃大輝にそんな事を言われた事がある。でも、滞在日数を引き延ばす様に勧めてきたのは菊華だ。遺産目当てだと思っていたら、すぐに追いだしたはずだ。あと、取り分が減ると思うのは、従兄の彰華とまだ会った事のない従妹の知華。でも、藤森家当主の実子である二人は麗華より多く遺産は入るはずだ。そう考えると遺産が関係しているとも思えない。

 やはり一番考えられるのは、見る力も無いのに藤森家に居る事を不満に思っている、他家の誰かかもしれない。詳しい事は分からないけれども、藤森家を中心に構成されている守護家にとっては、まがい物が家に入る事は気に障るのだろう。

 あれ。そういば、優斗が占ってくれた時なんと言っていただろうか。
 ――なにかに襲われる。右足を怪我して使えなくなる。水難注意、溺れて死にかける。車に轢かれる? もしくは何か走っているものに轢かれて倒れる。頭部強打、胸を損傷、しばらく動けなくなる。君が嫌っている何かを継続しなければいけない事に寄る心労。

 健康運を占った時そういっていた。何かに襲われた。右足を痛めた。
 次は溺れて死にかけ、車に轢かれて、頭部強打し、胸を損傷してしばらく動けなくなり、心労に苦しむのか?

 冗談じゃない。本当にそんな事になったら大変だ。優斗は解決法も話してくれた。確か自分から何かに立ち向かわない。成り行きを冷静に見る。感情的にならない。誰か二人以上と行動すると吉。と言っていた。
 そういえば、襲われた時は一人だった。誰かと一緒だと襲われる事も無いのかもしれない。そうだ。守護家の人たちの近くに居れば、藤森家の血族である麗華を襲われても守ってくれるはずだ。
もう、痛い思いも、恐い思いもしたくない。一人で行動することを控え、いつも誰かの傍に居るようにしよう。
 

 障子の向こうで何かが動いた気配がした。何か居るのだろうか。体が緊張する。
 見えない事はやはり恐い。急いで部屋の電気を付け、障子の向こうの気配に集中する。障子を自分で開ける勇気は無かった。じっと息を顰めて様子を窺うが変化は見られない。
 何か居るけれど他に行動を起こす気配はない。そういえば、各部屋の前に藤森家を管理している岩本家の式神が一体、待機している事を思い出す。
 襲われた直後で神経が張り詰めている。些細な事で体を強張らせて馬鹿みたいだと、失笑する。

軽く深呼吸してから濡れた足をハンカチで拭き取り、コップをテーブルの上に戻し、端に置いてあった飴玉の袋を持ち障子の傍に寄る。
 今、一人で居たくない。
 見えなくても、危害を加えないと分かっている部屋付きの式神の傍にいよう。障子の傍に座り、障子を開け放ち廊下が見えるようにする。それから飴玉一つ袋から出して、廊下に置いた。前に、彰華が式神の機嫌を取る為に一日一つ粒の飴玉を上げるように言っていた。言われた日から毎日飴玉をあげている。式神は見えないけれど、置いた飴玉が視界から消えると、本当にそこに居るのだと実感できた。
 廊下に置いた飴玉が視界から消えて、ホッとする。
「ねぇ。飴玉おいしい?」
 返答が在る筈がないと分かっていても、話しかけたい気分になった。麗華も飴玉を一つ口に入れて、部屋中から廊下の先の中庭を見た。
「君は甘い物が好きなんだよね。飴玉以外でも食べられるのかな?」
「私、結構お菓子作るのが得意だったんだよ。最近してないけどね」
「お母さんがお菓子作るのが好きだったんだけど、お母さんって味音痴でさ。いつも私が味を調えて居たんだ」
「懐かしいなぁ。……なんでお母さん死んじゃったんだろうね。まだ若かったのに」
「なんでお父さんもうちに帰って来なくなったんだろう」
「私がいけない子だったのかな。だから帰ってこないのかな?」
 気持ちが沈んでいる時いつも眺めていた、家族三人が笑って映っている写真はもうない。目を閉じて、家族で住んでいた昔を思い出す。
「やっぱり一人は寂しいな」





 いつの間にか布団に戻って寝ていたらしい。小百合に起こされて目を開けた。日は完全に昇り今日も夏らしい存在感で照りつけていた。
「お早う御座います。体調はどうですか?」
「おはようございます。まだ、右足が痛いけれど、他は大丈夫です。あの、誰がここに運んだんですか?」
「真琴さん達が花守公園で妖魔に襲われている貴女を発見して、救助し保護したと聞いています」
「そうだったんですか。後でお礼言わなきゃ」

 着替えを済ませると、小百合がお膳に朝食を乗せて持ってきてくれた。広間で食べる時は正座しないといけないから、気を使ってくれたらしい。
 今日一日なるべく人の居る所に居たかったけれども、自分の為に気を使ってくれたのを断れなく、一人自室で食べる事になった。
 ふと、部屋の隅を見ると見覚えのある、袋が幾つも置いてあった。箸を置いて、袋の傍に行き開けて見た。やはり昨日大輝が買っていた物が置いてある。何で麗華の部屋に置いてあるのだろうと不思議に思うと、ある事を発見した。
 可愛らしい雑貨屋で買ったと思われる、レースで出来たラベンダーの香り袋。麗華が雑貨屋で手に取り可愛いと言った抱き枕のぬいぐるみも入っている。アロマランプもある。CDはクラシックやゆったりした曲調の物だ。紅茶屋で買っていたのは睡眠を促す作用があると言うハーブティー。
 藤森家に来てから夢見が悪くて朝早く起きてしまうと、大輝に話していた。だから、寝られるようにこれらの物を買ってくれたのだ。大輝がそんなことすると思わなかったので凄く驚いた。でも、凄くうれしかった。大輝に会ったら一番にお礼を言おう。麗華は嬉しくなって、買ってくれた物を広げて、部屋に飾って行く。殺風景だった部屋が、可愛らしい雑貨で飾られて楽しい気分になる。それに、大輝が雑貨屋に入る時の嫌そうだった顔を思い出すと笑ってしまう。
 朝食の途中である事を思い出して、抱き枕のぬいぐるみを隣に置いて残りの朝食を食べ始めた。



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2010.9.2

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