一章 三十三話





 十分ほどバイクを走らせて辿り着いた場所は商店街だった。バイクから降りる様に言われて、ヘルメットを取ると額に貼ってあった札も一緒に取れた。姿隠しの札だと言っていたけれど、取れて良かったのか少し心配するが、大輝は札が取れた事を気に留めていない。姿隠しの札は元々藤森家の敷地内から出るも為のモノだ。外に出れば必要ない。
 大輝の後に付いて入った店は、スポーツ用品店。中に入ると大輝は迷わずダンベルの売り場に行き重さを確かめている。なんのために麗華を連れてきたのか不思議に思う。
 喋ると術が解けると言っていた。いつまで口を閉じていれば良いのか、手振りで喋っても良いか聞いてみる。
「お前うるさいから、そのままでいいじゃん」
「失礼な! ……あ」
 つい反論してしまい、口を押さえる。いつもの大輝なら舌打ちをしそうなのに、気にしていない様子で持っていた五キロのダンベルを麗華に渡す。急に渡されて戸惑う。でも、何も言わないと言う事は恐らく話しても平気なのだろう。
「このダンベルどうしろと?」
「重いか?」
「まぁ。重いけど?」
 五キロのダンベルを大輝が取り、二キロのダンベルを変わりに渡す。
「これならどうだ? 動かせるか?」
「まぁ。動かせるけど? 何? 鍛えろって事?」
 訳が分からない。一般女子高生よりは体力がある方だと思うが、何故急にダンベルを渡してくるのか。疑問符だらけの頭を傾けると、大輝は舌打ちして視線をそらす。
「ちげーよ」
「じゃあ。何のために?」
「……いいだろ。んなの」
「はぁ?」
 何のためなのか分からないまま大輝はスポーツ用品店で二キロのダンベル二つ、ハンドクリップ二つと『誰にでもできる、筋力トレーニング初級編!』と書かれた本を購入した。
 次に、CDショップに入り色々な曲を試聴した後、何枚かのCDを購入。その後、本屋、紅茶屋、雑貨屋で何か購入していた。
 麗華は荷物持ちとして連れてこられたのだろう。両手には大輝が購入した物でいっぱいだ。確かに一人で買い物に行くのには重いし、男子が一人では入り辛そうな雑貨屋もあった。あまりに可愛らしい雑貨屋だったので、大輝の趣味を疑ったが大輝自身も嫌々中に入っていた。何を購入するつもりで入るのか、聞いてみたけれど舌打ちして流されてしまった。
 
 一通り買い物を終えて、またバイクで移動する。着いた先は公園だ。初めてこの華守市に着いた時に来た公園だ。初めて大輝と会ったのもこの公園だった。バイクに荷物を付け、盗難よけの術を施して公園内に入る。

 後ろを歩きながら大輝の後ろ姿を見て不思議に思う。
 なんだか、今日の大輝はいつもの大輝より大人しい。それに、なぜかそわそわしている気がする。一体どうしたのだろう。


 公園の奥の方に入って行くと、花が咲き乱れる場所に着いた。中央部分は円状に色々な花が植えられ、美しい形を生み出している。華守市に着たら見ようと思っていた花時計だ。予想以上に大きく色々な花がとても綺麗だ。麗華は初めて見る花時計に感動して目を輝かせる。
「わぁ。綺麗だね! 予想以上に大きい! 凄いね!」
 はじめて来た公園が花守公園だったとは知らなかった。
 しばらく感動して大輝の存在を忘れ見とれる。大輝の存在を思い出して、大輝の方と向くと麗華を見ていた様で目が合った。大輝はすぐに目を逸らして舌打ちする。
「えっと、大輝君なんでここに来たの?」
「なんとなくだよ」
「そっか」
 花時計を見られたのは嬉しいけれど、大輝は何か気がかりな事でもあるのか、そわそわと落ち着かない様子だ。蓮たちの前例がある為、麗華も少し警戒する。

「でも、ありがとう。花時計見られたのは凄くうれしいよ」
 にっこり笑って言うと、大輝は軽く驚いた顔をして目を逸らし舌打ちする。素直にお礼を言ったのに、舌打ちされると少しがっくりする。

「……おい」
「ん?」
 大輝に声をかけられたから見たのに、大輝は舌打ちして視線を逸らし地面を苛立ったように蹴る。そんなやり取りが数回続く。
 一体何だと言うのだ。さすがに麗華も苛立ってきた。
「どうしたの? 何か言いたい事があるならハッキリ言ってよ」
「……何でもねーよ」
「じゃあ、何でさっきからそわそわしてるの?」
「してねーよ!」
 大輝は舌打ちして、バイクのある方へ向って行く。
 今日の大輝の行動は理解不能だ。やはり麗華の血を飲んでから、何か心境に変化でもあったのだろうか。大輝は、麗華が藤森家の血族じゃないと疑っていた。それが、力のある血が流れていると知り、何か変わったのだろうか。まさか、今まで突っかかって来た事を謝罪するつもりでもあるとか? 大輝の性格が邪魔して素直に言えないとか?

 大輝が近くに落ちている缶を蹴る。苛立っている様子が後ろ姿から伝わって来る。謝罪するつもりがあるようには見えない。気のせいだと思い直し麗華は軽くため息を付いて大輝の後に続く。

 大輝が急に強張った顔で振り返る。
「今まで態度が悪くて、悪かったな!!!!」
 大声で言われて麗華は吃驚する。
「へ?」
 唖然とする麗華を見て、大輝は舌打ちして全力疾走でバイクの元に行ってしまう。その様子を茫然と見送ると、バイクが走り去る音が聞こえ置いてきぼりにされた事を知った。
 全く謝られた気がしないのは何故だろう。
 いや、大輝にしたら精いっぱいの謝罪なのだ。言った後に走って逃げてしまうとは大輝らしくて笑ってしまう。急に言われたので、驚いて何も言えなかったけれど、次にあった時はちゃんと話せるようにしたい。大輝には色々難癖付けられた事もあるけれど、半分以上麗華にも原因がある。これをきっかけに普通に話せる関係になれると嬉しい。色々あったけれど、大輝の事は嫌いではない。仲良くなれたら嬉しい。


 一人公園に取り残されて、どうやって藤森家に戻ろうか少し悩む。携帯電話は持っているが、財布を持って来なかった。歩いて帰る事は多分出来る。ここから一時間弱歩けば着くと思う。それとも、携帯電話で誰かに連絡を入れて迎えに来てもらうべきだろうか。でも、窓から誰にも知られない様に藤森家から出てきたのに、連絡入れたら連れ出した、大輝が怒られたりしないだろうか。
 大輝に連絡を入れて迎えに来てもらおうか。でも走り去った大輝が戻ってくるとも思えない。
 もうすぐ六時、藤森家の夕食は六時半ごろだから、どちらにしろ、麗華が藤森家から出た事が知られる事になる。結局問題になりそうだ。
 とにかく彰華に連絡してみよう。従兄の彰華なら上手く口裏を合わせてくれるかもしれない。
 携帯電話で彰華に連絡を入れる。呼び出し二回ほどですぐに彰華は電話に出た。
「彰華君? 実は今、花守公園に居るんだよね」
「……何しているんだ?」
「ちょっと出てきたんだけど、帰るのに時間かかりそうで」
「大輝が連れ出したのか?」
「あ。私が居なくなった事ばれてた?」
「さぁ? だが、騒ぎにはなっていないな。それより、帰宅に時間がかかる理由は?」
「今一人だから、歩いて帰ろうかと。だから私は具合が悪いから夕飯に参加しないって事にして貰えないかな」
「一人なのか。……血を抜いた後、不用意に一人になるのは危険だぞ。傷口はふさがっているか?」
「うん。切ったのが嘘のようにふさがってるよ。凄いね、結構深かったのに治ってるよ」
「真琴がすぐに治療していたからな。だがすぐにタクシーを捕まえて藤森まで送ってもらえ。料金は用意しておく」
「分かった。そうするね」
「あぁ」
「有難う。じゃあね」
 麗華が電話を切ろうとする。
「麗華。無理するなよ」
「無理って?」
「そのうち分かる」
 彰華は不可解な言葉を残して電話を切った。無理するなとは、どういう意味だろうと不思議に思いながらも、タクシーを拾う為に公園内から出ようと歩きだす。


 何かが、唸る声が聞こえた気がした。
 振り返り見るがそこには何もいない。きっと気のせいだ。そう思いたい。でも、何かいる気配がする。一昨日や昨日の出来事がある分その気配に敏感になっていた。
 芝生が綺麗に刈り取られている所為で、何がどのくらいいるのか、判断できるモノがない。
 近くに誰もいないのに、何かに襲われたら一たまりもない。

 走って逃げる? どちらの方向に? 武器になるモノは? 持っているのは携帯だけだ。
 誰かに連絡をしなきゃ。でも、皆藤森家に居るはず、助けを呼んでも間に合うとは思えない。
 思考を巡らせながら、どうしたらいいか必死に考える。こんなことなら、一人になった時の対処法でも聞いておくべきだった。
 何かが近づいてくる気配がある。とにかくここから逃げなきゃ。公園の出口に向かい走った。
 必死に走っていたけれど、急に足に激痛が走る。突きさされた様な痛みが走りそれが、脹脛を引き裂くように下に落ちる。
「――あぁ!!」
 急に感じた痛みに、麗華は前のめりに倒れ足を押さえる。流れる赤い液体が足と手を染めて行く。三本の爪に引っかかれた様な傷跡が出来ている。
 第二撃が来る気配を感じ、麗華は咄嗟にポケットに入っていた携帯電話を投げつけた。当たった気配が在りはね返り落ちた携帯が芝生に転がる。でも携帯電話ぐらいでは、大した効果は無いはずだ。他に武器になるものを探すが持っているモノは何もない。第二撃に備えて身を固くするが、気配が少し遠ざかる気がした。
 また、いつ攻撃されるか分からない。とにかくこの場から逃げる事を第一にしなければ。激痛を訴える足を引きずりながら立ち上がり、気配のしない方へ逃げる。
 だが足が言う事を聞いてくれない。歩こうとしても、進む事が出来ない。足がもつれて地面に倒れた。顔が芝生にすれて草の匂いがする。立ち上がろうとすると、大きな舌が麗華から流れる血を舐め取る柔らかく粘り気がある、気味の悪い感覚が足を這った。全身に寒気が走り、体が震える。
 振り払おうと足を動かしてもがく。次の瞬間麗華の片足が視界から消えた。
 
右足の膝から下が全く無くなった。足が、無くなった。恐怖に呑まれ悲鳴も上げられない。足が喰われた。

 自分の足が片足無くなった衝撃で、茫然としてしまう。
 足に激痛と、舌の柔らかな感触がある。
 噛みちぎられた訳ではない。まだ、何かの口の中に入っていて噛まれているだけだ。
 獣に噛まれた時、引き抜いてはいけない。そうテレビで言っていた気がした。
 咄嗟に、残りの足全てを何かの口の中に押し込み、喉仏らしきものを渾身の力を込めて蹴った。
 火事場の馬鹿力を発揮して、何かが口を開けた瞬間、牙の当たる感覚が無くなった瞬間、足を引きぬいた。
 でも、立ち上がる力は残っていない。地面を這うように移動する。
 足にまた激痛が走り今度は、噛まれたまま麗華の体を持ち上げて、振り回し地面に放り投げた。地面に叩きつけられた衝撃で、息が出来なく呼吸困難に陥る。あばら骨が軋む感覚や腕や頭も痛い。大きく数回深呼吸する。

 このままじゃ。本当に喰われる。おもちゃみたいに遊ばれた後によく分からない何かに喰われるのだ。

 それじゃ、駄目だ。麗華は無意識に胸元に手を当てる。

――花を枯らすわけにはいかない。たとえ身が亡んでもあの場所へ。
 
 胸に手を当てて何かしようとした時、父の顔が頭をよぎった。

 ――麗華。絶対、――には行かないでおくれ。お父さんからのただ一つの願いだよ。

 父はどこに行かないでと言っていたのだろう。よく思い出せない。
 今やろうとしている事は、父の願いに反する事の気がした。やってはいけない事。そう思うと手がそれ以上動かせない。

 でも、身動きが取れないままどうしたらいいの?
 このままだとホントに喰われてしまう。

「誰か、助けて」

 かすれた声で呟く。何かが目の前に下りてきた気がした。それが何か確認する前に、体が重く下に落ちる様な感覚に陥りそのまま気を失った。



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2010.9.1

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