一章 二十二話 神華の役割 その一



 昨日とは違う水色の着物に着替えた麗華は、小百合に案内されて金子家の車に向かう。車の前に麗華たちを待っていた彰華、真司、優斗が居る。優斗が黒いスーツを着ているのを不思議に思う。昨日優斗が一緒に行きたいと言った時は、土屋家の二人は拒否していた。
「あれ? 優斗君も行くの?」
「うん。昨日の事もあるから、麗華さんの護衛だよ」
「ご、護衛……」
 確かに昨日の様な事が遭ったら大変だが、今まで普通の生活をしていた麗華にとって、護衛と言うのは別次元の話に聞こえた。護衛を付けなきゃいけないほど、金子家は危険なのだろうかと不安になる。
「別に何もないよ。うちは落ち着いてるって言っただろ」
「だ、だよね。それにしても、優斗君スーツ似合うね。なんか、シークレットサービスみたいでかっこいい」
制服のブレザーとはまた違う、すっきりしたデザインの黒いスーツを着た優斗は嬉しそうに笑う。
「ありがと。麗華さんも昨日の桃色の着物も似合っていたけど、今日の水色の着物は麗華さんの優しい雰囲気と良く似合っていて、綺麗だね」
 にっこり笑って褒められ、麗華は照れ臭そうに笑う。
「あ、ありがとう」
「馬子にも衣装って感じだよね」
 真司は茶化すように言う。
「私、馬子にも衣装って、孫にも衣装だと思ってたさ。意味は孫バカなお祖父ちゃんが、孫に綺麗な衣装を着せて喜んでる事を言って、何を着せても似合うって褒め称えてる意味だと思ってた」
「うぁ。馬鹿だね」
「うん、自分でもそう思う。だけど、着物着たら純和風のお嬢様! って気分になるから、真司君の言う通りだと思うよ。ホントこの着物綺麗だしね」
 麗華は、振袖の袖を広げて嬉しそうに笑う。昨日着物を着て日射病になり着ることを倦厭していたが、やはり母の着物を着れることと、綺麗な装いが出来る事は女の子にとって楽しい事だ。昨日より少し緩めに着つけてくれたし、着物で過ごすのが二日目と言う事もあり、少し余裕があった。
 優斗がまた褒めるられて照れ臭そうに笑っている麗華に、真司はわざとらしくため息を付き車に乗り込んだ。
 彰華と小百合が一緒の車に乗って先に金子家に向かってしまったので、麗華と優斗は真司の乗った車で金子家に向かう事になった。


 車の中で優斗と麗華は世間話をする。昨日の車では蓮が隣だったため会話が無かった。こうして同世代と気軽に普通に話せることが嬉しかった。
「私さ、この町に着たら、花時計とか見に行こうと思ってたんだよね」
「花守公園の?」
「そうそう、町で一番気合を入れてるって、ホームページに書いてあったから」
 麗華はこの町に来る前に学校のパソコンを使い、前以て華守市の事を調べていた。その中で一番興味を引いたのが花時計だ。季節ごとに花を入れ替え、一年中楽しめるように工夫していると言う。
「それなら、藤森家の森にある花時計の方が華やかで綺麗だと思うよ。俺は気に入ってるんだ。麗華さんも絶対気に入ると思う」
「あの森の中に花時計なんてあるの?」
「うん、少し奥の方になるんだけど」
「見たいとは思うけど……」
 好奇心から見たいと思うが、昨日の一件がある。妖魔が居る危険な森に入ってまで花時計を見たいとは思えなかった。麗華の表情を読み取って、優斗は苦笑いする。
「大丈夫だよ。もし見に行くなら、俺がちゃんと守るし、心配ならもう一人連れていけば危険は無いよ」
 優斗は簡単にもう一人連れて行けば良いと言うが、藤森家に世話になっている身としては、あまり我儘は言えない。菊華は遠慮するなと言うだろうが、神華でもない麗華が、守護家の手を煩わせるのは気が引けた。
「ん〜でも、やっぱり、私は花守公園の花時計で満足かな」
「花守公園の花時計も見に行こう。でも、藤森家の花時計はもっと綺麗だから見なきゃ損だよ。藤森家の花時計は少し特殊でね、夜になると開花する花が在ってそれが淡く輝くんだ」
「淡く輝く花なんてあるの?」
「うん。それが凄く綺麗なんだ」
「わぁ。それは見てみたい!」
 麗華は淡く輝く花を想像して興奮する。妖魔は恐いが、特殊な花を見たい気持ちが高まった。優斗は麗華が乗り気になったのを見て嬉しそうに笑い、藤森家の花時計の魅力をさらに語る。
「それに、その光に惹かれた蝶がね、辺り一面に飛び回ってそれはもう幻想的な世界を生み出すんだよ」
「へー! それは凄いね! 見たい! 見に行こうよ!」
「それ、妖花と妖蝶だから力のない奴には見えないだろ」
 盛り上がってきた麗華に真司が水をさす。優斗が真司の足を軽く踏む。
「そんな事ない。それに、今まであの奥まで普通の人が来た事は無いから、見えるか見えないか分からないじゃないか」
「優斗は見えるか、見えないか分からない、あやふやな物を見せようとしてたのかよ。それって時間の無駄じゃん」
「見えるよ。少なくとも、普通の花は見えるよ」
「普通の花の方なら、公園にある方がでかいし」
「そうだけど、藤森家の方が綺麗だよ」
 言い合いを始める優斗と真司の横で、麗華は別の事を考えていた。
「……妖花って何?」
 蔓を伸ばして襲ってきたり、人を食べたりするのだろうか。そんな花は見たくない。
「あ、別に襲ってきたりとかしないよ。ただ藤森家の森の特殊な妖分で咲く花だからそう呼ばれてるだけ。妖蝶も同じ様なもので、どっちも危険なモノじゃないから安心して」
「特殊な妖分って?」
「藤森家の森にはいくつか神々が植えたと言われる御神木が在ってね。その木から妖力の源と言える成分が出てるんだ。妖魔を生み出したりすると言う、危険なモノじゃないよ。その逆で、神聖なモノなんだ。藤森家に居る妖魔が大人しいのは御神木が在るからなんだよ。それに俺たちみたいな術者にはパワースポット見たいな感じで、御神木に触れると使った呪力をある程度回復できる」
「へーそうなんだ。あれ、じゃあ、術って使ったら力が減るものなの?」
「分かりやすく言うとゲームとかにあるマジックポイントみたいな感じかな。許容量が在って術を使うと少し減って大技を使うと大幅に減る。術を使いすぎるとしばらく動けなくなるよ。自分でどの程度残ってるか分かるから、よほどの事がない使いきることはないけどね。と言うか、陰の神華がいないから、使いきるような事があったら俺ら陰の守護家は命取りになる」
「命取り?」
「そう。普通の術者は力の自己回復能力で何とかなるけど、守護家は力が強い分自己回復だけじゃ賄えないんだ。守護家は神華を守るだろ。そのお返しに、神華からは力を貰える。神華が与える力は少し特殊で守護家の生命力にも関与しているから、一発で全回復出来るんだ。だけど神華でも属性が同じじゃないと全回復は出来ない。だから、陰の神華が居ない陰の守護家は一発回復が出来ないから、回復に時間がかかる。力のないまま過ごすと、まともに動けないし、力のない状態が続くと暴走して自我を失う危険性があるんだ」
「神華って、何かの封印だけじゃなくて、回復役にもなるんだね」
「守護家にとっては、とても重要なんだよ。呪力とはまた別に、神華から力を定期的に貰わないと、飢餓状態になるしね」
「飢餓状態?」
「貧血に似た症状かな。血の気が無くなって、激しい眩暈と、頭痛や、痺れ、あと……は、まぁ、これは言わない方がいいね……。んっと、そんな感じで、具合が悪くなる」
 なぜか最後の方を、言い辛そうにする。麗華は守護家も色々大変なんだと、他人事のように思う。
「優斗君は飢餓状態になった事あるの?」
「陰の守護家はずっとそうだよ」
 優斗は苦笑いする。
「え、じゃあ、今も眩暈や頭痛がしてるの? 大丈夫?」
「ギリギリの所までは、彰華が力をくれるから、眩暈とかはしないよ。隔世遺伝の蓮は血が濃いから良く危ない状態に為るみたいだけどね」
「そうなの?」
 ふと、蓮が旅館まで送ってくれるはずたった時の事を思い出した。急に顔が真っ青になり具合悪そうで、麗華から離れて一人で帰ってしまった。麗華はその時の事を思い出して話をしてみると、優斗と真司は少し渋い顔をする。
「流れてきた血を舐めたの? それはちょっと、きついよね」
「あぁ、ダブルパンチって感じだよな。しかもあの時、あんたが神華じゃないって分かって動揺もしてたし」
 優斗と真司が、蓮に同情するように言うので、麗華は困惑する。
「なんで、血を舐めるのがキツイの? 別に変な事はしてないでしょ」
 優斗と真司か顔を見合す。
「神華が力を与える方法は幾つかあるんだけど、神華の蜜を貰うのが手っ取り早くていい。蜜って言うのは体液で血、唾液、汗、涙、愛液、精子とか、まあ、神華から流れる液体は全て守護家に力を与える蜜に為る。神華だけから蜜が採れる訳じゃなくて、藤森家の血族からも薄いけど力のある蜜が採れる。だからさ、いつも飢餓状態すれすれの蓮にとっては、あんたの血と舌でも反応しちゃって飢えが襲って来たんだろ」
 理解するのに少し時間が必要で、面倒そうに説明した真司の顔を唖然と見つめる。
 体液全てが、力を与える蜜に為る。
 そういえば、傷の手当てをしてくれた真琴も、血を舐めようとしていた。
「なんか、やらしいね……」
 ぼそりと小さく言うと、真司が顔を赤くして怒る。
「死ね! こっちだって、好きでそんな体質になった訳じゃないんだよ! つーか、あんたの蜜なんて欲しいとも思わないよ!」
「ご、ごめん。冗談だよ、冗談」
 狭い車の中で怒る真司から、逃げるようにドアに寄り降参の両手を上げる。
「俺は欲しいけどな。あ、そうだ。麗華さんに本当に力が無いか蜜で調べてみようか?」
 いい事を思いついたと、にこりと笑う優斗から、麗華は逃げるようにさらにドアによる。
「いやいやいや。結構です。大丈夫。間に合っています!」
 蜜を上げると言う事は、血をあげるか又は、他の体液をあげる事に為る。身体を傷つけて血をあげるのはもちろん嫌だし、他のモノだって人にあげる気などとてもなれない。麗華は必死に首と手を振った。
「血は、本家にある神羅刀を使わないと危険だから、ここは一番危険のないキスでいいと思うよ」
「優斗君! 何やる気満々に為ってるの!? しないよ! そんな事! というか、初めては夕日をバックに丘の上でするって決めてるんだから!」
「あれ? 初めてなの? じゃあ、役得だね」
 ゆっくり顔を近づけてくる優斗に、麗華は手を握り殴る準備をする。こういうことは、冗談だとしても、行動しようとしてはいけない。

「馬鹿はそこまでしな。もうすぐ、うちに着くよ」
 麗華が行動を起こす前に、優斗の頭を真司が手で掴んで止めた。止められた優斗は残念そうに、元の位置に戻る。警戒する麗華に軽く笑う。
「ごめん。ちょっと冗談が過ぎたね」
「欲求不満も相手選べよ」
 呆れたように真司が言い優斗の頭を軽く叩く。
「つい、チャンスかなっと」
「馬鹿丸出し、人の家の車で恥ずかしいことするなよ」
「ごめん……」
 真司に言われて自分がした事が悪いことだと気が付いたようで、頭を軽くかいて恥ずかしそうにしていた。

 車の中で騒いでいるうちに、麗華たちは金子家に到着した。



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2009.10.26

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