一章 十七話 勝負をしましょう




 森の中とは言え、真夏の日差しは容赦なく頭の上に降り注ぐ。漆黒の髪に飾られた数本の簪は太陽の熱を吸収し熱くなっている。締めすぎと思われる帯の所為もあり、息苦しさが増していた。加え下駄では森の道は歩きづらい。落ちている小枝や木の根を踏まない様に気を付けながら、今朝教わった上品な歩き方を意識しながら歩く。暑さで軽くめまいを起こしそうになるが、太陽に負けている場合ではないと気合を入れる。

 本当は走って行き、勾玉を返せと非難したい。それでは先ほどと同じ結果になるか、さらに悪い結果になるだろう。力が無いのなら、使わなければいけないのは頭の方だ。麗華に見つかったのを知り、逃げないで麗華がそばまで来るのを待っている兄二人を見ながら考える。
 兄二人は本当にただの嫌がらせで、勾玉を盗って行ったのだろうか。麗華や蓮に馬鹿にした態度で、二人が守護家の伝統ある儀式を行っていた事に不服なのは明らかだ。だから嫌がらせというのは納得がいく。困らせて楽しみたかったのかもしれない。

 だが、やはり腑に落ちないのが嫌がらせの結果、土屋家にあるだろう制裁だ。たとえ、蓮が主に制裁を受けたとしても、五つある守護家の中で土屋家の評価が落ちてしまうのは、彼らにとっても都合が悪いはずだ。土屋家の出迎え方や接し方を見ていると分かるが、旧家の教育は恐らく麗華が想像しているよりも厳しい。そんな中でただの嫌がらせで、勾玉を持って行くのだろうか。

 一人は軽く逆立てた髪をして腕を組み余裕の構えで、もう一人は短めの髪で勾玉の入った箱を手の上で軽く投げて遊んでいる。
 箱を隠さないところを見ると、麗華が勾玉を取り戻しに来たのは分かっているのだろう。


「あれ? 蓮はどうしたんだ」
「分かれて探していたので、別の場所を探していると思います」
「俺たちみたいなのがいるって言うのに無用心だなぁ」
「無用心でも来なきゃいけなかったって分かっていますよね。それ返してください」
 兄二人はにありと笑う。
「返せって言われても、お前にあげたくない」
「そうそう。無能にはいらないだろ」
「私には必要無くても、預かるよう言われてきたので貰って帰ります」
「へー。でもどうやって? 俺たちお前に渡す気ないよ」
「私は伯母さまの頼みで来ているのに、なんで渡したくないんですか?」
「藤森家には渡すさ。後で、彰華さまに渡せばいい。今、お前に渡したくないの」
 子供の言い分のような事を言われて、麗華は少し呆れる。今、勾玉を渡すように言わなくても藤森家に渡るなら、焦る必要もないかとも思うがそれでは、彰華との約束も果たせないし、蓮の件も解決にならない。

「それなら、一つ勝負をしませんか? 私達が勝ったら勾玉を渡してください。負けたら大人しく帰ります」
「勝負ねぇ。でもそれじゃ、俺たちにメリットなんにもないじゃん」
 一人は麗華の誘いに乗る気ではないが、もう一人はいい案が思いついたように笑う。
「ならこうしようぜ。お前の提案にのってやってもいいけど、もし負けたらこの町から出てってもらう。二度と町に来ない、藤森家に二度とかかわらないと約束するならいいぜ」
「いいですよ」
 あっさり頷く。兄二人はあっさり頷かれて意外そうな顔をし、顔を見合わせてからにありと笑う。
「でも、それならもう一つ勝った時の条件をくわえさせてください」
「はぁ? なんでだよ」
「だって私は、二度と親戚の家に行けなくなるのに、勾玉渡してもらうだけじゃ割に合いませんよ。何の手がかりもないまま、親戚を見つけ当てるのにどれだけ苦労したと思っているんですか。母から聞いていた、些細な事柄からその土地を特定しなくてはいけなくて、でも花が綺麗だとか、小川が綺麗だとかそんなことしか教えてもらってなかったから、この広い日本からその場所を特定するのは本当に、本当に、大変だったんですよ。見つけ出すのに十年。私の短い人生の半分以上を探すのに費やしてやっと会えた親戚なのに、もう関わらないと約束するんです。貴方たちが勝てばいい話ですし、もう一つぐらい条件加えてもいいでしょ?」
 本当はテレビがきっかけで見つけたので、そんなに苦労はしていない。テレビで首飾りの話題が出る前は、母の実家に行ってみたいとは思ってはいたが実際に探し出そうとはしなかった。
 兄二人は、麗華の嘘を信じたようで仕方がないといった様子で頷く。
「分かった、その条件ってなんだよ」
「蓮さんに絡むの止めてください。私が控室にいるときにこれ見よがしに言っていましたよね。それにさっきのあれとか、もし私達が勝ったら二度としないでください」
「蓮の事はお前に関係ないだろ」
「それを言うなら、私が親戚とどう付き合おうが貴方には関係ないですよね。良いじゃないですか。『二度』と同士で割に合うでしょ」
 にこりと微笑む麗華に、兄二人は嫌そうな顔をする。
「無能な私と役立たずの蓮さん対、有能な術者のお二人なんですからいいですよね。そのくらい」
 二人は顔を見合わせる。
「まぁ、そうだな。勝負にならなそうだし、そのくらい夢を見させてやってもいいだろ」
「俺達って寛大だなー」
「ホントそうですね。有難う御座います」
「じゃあ、成立な。で、どんな勝負だ」
「その前に、その箱に本当に勾玉が入っているかどうか確認させてください」
「お前疑り深いな」
「普通ですよ。開けて箱だけだったら意味無いじゃないですか」
 強引な新聞の勧誘や強引な訪問販売から六年間一人で家を守ってきた麗華にとって、嫌いな人間は簡単に信用できなかった。
 箱を持っていた方が箱を開けようとするが、もう一人が何かに気が付いたように開けようとした手を静止させた。麗華をちらりと見ると、二人だけが分かるような小声で相談を始める。麗華はその様子を黙って見つめる。
 彼らは箱を開けるのに抵抗があるようだ。それはそうだろう。本当かどうか疑わしいが、あの箱には蓋を閉じた人しか開けらなれないという封印がされている。その説明は土屋家に着いた時、土屋家当主が長々と説明してくれた。その場にいた二人も聞いていたのだから知っている話だ。

 ぽいっと、箱を麗華に投げてよこす。
「お前が開けて確認しろ。俺たちは見てるから下手なまねはするなよ」
「分かってますよ。これ持って逃げても即効つかまるじゃないですか」
 用心深く二人は麗華の手元を見ている。麗華は蓋を開けようとして、手を滑らして箱を地面に落してしまう。草の間で箱から飛び出た黄色い布の下に勾玉が淡く光っているのが見える。
 兄二人は驚いて怒鳴る。
「馬鹿! これがどんな大事なものか分かってんのか!」
「これだから、外の奴は使えねぇだ! もっと注意して扱え!」
 麗華は何事もなかったように黄色い布ごと勾玉を掴み箱にしまう。
「ごめんなさい。なんだか手元に視線が集まってるものですから、緊張して手が震えちゃいました。確かに入ってましたね」
 箱を渡す。
 勝負を決める前に、蓮をここに呼び寄せることにした。勝手に勝負事で勾玉を返してもらうように話を付けた事に怒られそうだが、その辺は勘弁してもらおう。
ほどなくして、酷く不機嫌そうな顔をした蓮が現れた。蓮は麗華を見て、なぜ兄たちにあったら連絡をするように言っていたのにしなかったのかと、問いただしてきた。充電の切れた携帯電話を蓮に見せ、その件は許してもらう。その後、勝負事で勾玉を返してもらう事になったと話すと、蓮は一生分のため息をついたような長く深く重い息をつき、分かったと一言だけ言う。彼の中で麗華の評価が地に落ちた気がした。
 
 麗華だって勝算の無い勝負を持ち出したりはしない。勝てる見込みがあるから、勝負を持ち出した。兄二人から勾玉を返してもらうためには言葉だけでは相手にされない。だから勝敗がはっきり分かるもので、決着を付けるのが一番だと思ったのだ。

「それで、何で決める気なんだ」
「鬼ごっこです。私と蓮さんが貴方方を追います。勾玉を持ってる方を捕まえたら私達の勝ち、今が一時四十分なので二時開始で五時まで逃げ切れたら貴方方の勝ちです。範囲は……この森ってどのくらい広いんですか?」
 範囲を森にしていいか、蓮に確認の意味を込めて聞く。
「お前が想像するよりはるかに広い。藤森家や守護家と繋がってる森だからな」
「え、そうなんですか。じゃあ、このまま森を抜けたら藤森家に出たりするんですね」
「家同士の境には結界が張ってあるから普通は出れない。自由に結界を行き来出来るのは神華とその家の当主位だ」
「なら、丁度いいですね。範囲はこの森の中の土屋家の敷地内でどうです?」
 蓮が麗華の腕を引っ張る。
「おい、そんな向こうに有利な条件でいいのか。土屋家本家の者たちはこの森は幼いころから遊び場で、森を知り尽くしているんだぞ」
「そうでしょうけど、私にしたらこの町自体が知らない場所なので、どこでやっても同じなんです」
「いいじゃん、それで行こうぜ」
 兄二人は有利な条件で始まられそうで余裕の笑みを見せ、蓮は眼鏡の位置を正して渋い顔をしている。
「じゃあ、ハンデとして術は使わないで貰えますか?」
「それは無理だな。俺たちにとって術は息をするぐらい当たり前のモノだから、使うなと言われても従えないな」
 術を使える事に優越を感じている兄二人は容赦なく使ってくるだろう。術を使われたら見えない麗華にはかなり不利になる。回避するためには蓮を頼る事になり、余計な負担がかかってしまうのは明らかだ。自分が言い出した勝負で負担になるのは、避けたかったがこればかりは仕方がない。

「分かりました。どんな術があるのかよく知りませんが、ここで怪我なんてしたくないですし、物理攻撃は禁止という事でどうでしょう?」
「お前に直接攻撃はしないっていう事なら良いぜ」
 藤森家の使いの者を傷つけたくないのか、兄二人は意外にもあっさりと頷く。
「だが、蓮は別な」
 麗華は蓮をみる。兄二人の言い分を分かっていたようで軽く頷く。術の能力的には、守護家である蓮の方が強いはずだ。男同士は殴り合いで相手を認め合うと何処かのテレビドラマで熱く語っていた人がいた事を思い出す。
「分かりました。それで行きましょう」

 
 鬼ごっこが始まる時間は二時。十分前になると兄二人は好きなところ逃げて行った。後ろ姿を見送って、残った麗華と蓮は作戦会議だ。蓮から兄二人ならどちらに行くかとか、どちらの方が勾玉を持っているだろうとかを話し合う。
 一通り、麗華が考えた作戦を蓮に伝え、準備が整った。

「気になっていたんですけど、蓮さんはあの兄たちには自分から話しかける事は無いんですか?」
「なぜそんな事を聞く」
 不愉快そうに眉を顰め、眼鏡に触る。
「さっき、蓮さんはあの人たちと一度も目線を合わせていなかったし、土屋家の――」
 土屋家で兄二人に絡まれていた時の事を話題に出したら、無神経だろうか、と一瞬考える。だが、もうここまで言ってしまったのだから思い切って言う事にした。
「土屋家でもあの人たちと話している時も、否定一つしないで言われるがままだったのが気になったんです」
 案の定蓮が、さらに不愉快そうな顔をする。
「なんで、反論しないんですか? 蓮さんが何も言わないから、嫌がらせも過剰になって行くんじゃないんですかね」
「反論も何も彼らが言っているのは本当の事だ。陰の神華が居ない、用無の守護家だからな」
「うあー。なにそれ。ものすっごく卑屈じゃないですか。私でもそんなこと言ってる奴はいじめたくなりますよ」
「何?」
 長身の蓮が上から麗華を見下ろすように眼鏡を光らせながら睨む。麗華は怯むことなく見つめ返す。
「だって、守護家ってなりたいって思っていてもなれるものじゃないんでしょ。それに選ばれたのに、陰の神華が居ないから用無だとか、うじうじしちゃって。なりたくてもなれなかったあの人たちは、そんな蓮さんを見てたら、それはさぞムカついたと思いますよ」
「お前が思っているような簡単な問題じゃないんだ」
「そうですか? 傍目八目って感じで単純明快にみえますよ。どう見たって、あの人たちは蓮さんに疎ましく思っているというより嫉妬してるように見えるし、蓮さんはその嫉妬を相手にしないで軽く流しちゃうから、余計に酷くなるんじゃないですか。絡まれたらバッサリと言ってやればいいですよ」
「何を」
「陰の神華は必ずいる。守護家に選ばれなかったお前らは黙ってろ。負け犬の遠吠えの様で醜いぞって」
「……それを言ったら、余計に酷く当たってくると思うが」
「だったら、拳で――蓮さんの場合は術ですか、それで黙らせればいいんですよ。蓮さん術は得意なんでしょ。向こうだって術を見せびらかしたいようですし、弱者は強者に従うはずですよ」
 暴力は反対派の麗華だが、時には口で解決できない事があるのを知っている。蓮と兄二人の関係がそれに当たるだろう。
 麗華の提案を考えたくないようで蓮は頭痛がするように頭を押さえた。
「……それが出来たら苦労しないんだ」
「弱気はいけません。私も微力ながら力を貸します。まずは手始めに、これからやる鬼ごっこで華麗に勝利しましょう。そしたらきっと、なにかが変わりますよ」





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2009.10.1

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