一章 十六話 消えた勾玉





 麗華に呼ばれて、やってきた彰華と瑛子は、凹んだ地面と去って行った二人の後ろ姿を見て何があったか理解したようだ。瑛子は短い髪を軽くかきあげて小さく唸る。
「うちの兄さま方が迷惑かけたみたいでごめんなさい。ケガはない?」
 麗華は軽く首を振る。
「大丈夫。蓮さんがかばってくれてたし。来てくれて有難う」
 自分では戦闘は回避できそうに無かったけれど、人を頼らなければならないと言うのもなんだか情けない話だ。

「土屋家は藤森家に思うところがあるようだな」

 日が照り蒸し暑いはずなのに、その場の空気が彰華の一言で緊張し肌にしびれるような寒さを感じ、背中に嫌な汗が流れる。初めて聞いたその声に麗華は驚いて彰華を見た。うっすら浮かべる笑みがとても恐ろしくぞっとする。隣にいる蓮が唾を呑む音が聞こえ、前に居る瑛子は身体を震わせて青ざめていた。
 藤森家の使いで来た麗華を土屋家の者が危険に合わせた事はよほど許されない事だったらしい。
「彰華君、あの、そんなに怒らなくても……」
 麗華が言いかけている途中で、蓮と瑛子はその場で土下座した。
「申し訳ありませんでした。けして、土屋家は藤森家に逆らう意思は御座いません」
「兄の非礼大変申し訳ございません」
 地面に額をつけて謝る二人を見て、麗華は彰華の一言に異常にまで反応して謝る姿が奇妙に見えた。何もしていない瑛子まで震えて謝るのは、兄のとった行動は土屋家全体の責任になり、藤森家の者を傷つけようとする行為がどれだけ重大な事なのかを示しているようだった。
 今朝見た、傷だらけの状態で今にも気絶しそうだった大輝を思い出す。寝ていた優斗をたたき起し怪我していると伝えると、原因がすぐに思いついた様子で心配することないから後は任せてと言われた。その時の優斗の様子から、昨日麗華を傷つけたことによる制裁のようなものがあったのだと知ってその時も驚いた。

 藤森家と守護家の関係は予想以上に厳格のようだ。

 突然術を使われて、喧嘩を吹っ掛けられたようなモノだが、兄たちに言い返し煽るような事をしたのは麗華だ。
「私が悪かったの。蓮さんは止めようとしてくれたんだけど、ついカッとして挑発するような事を言っちゃったから」
「たとえ、挑発したのが麗華だとしても、初めにちょっかいを掛けてきたのは土屋家だろ」
「そうだけど―」
「この事は、母上にも報告させてもらう」
 伏せる瑛子の肩がふるえている。大輝は少し傷つけただけで、気絶寸前の制裁のようなものを受けていた。それなら、正式に藤森家の使いとして来た麗華を蔑にした土屋家はどんな制裁を受けるのだろう。
 麗華の常識を超える旧家だからこそ、想像の及ばない恐ろしいものを感じ震えそうになる手を強く握る。
 確かにあの兄たちは腹立たしいが、蓮たちは違う。無邪気に彰華と仲よさそうにしている瑛子とはあまり話した事は無いが、単純な行動がかわいらしいと思う。蓮は麗華の事を避けているようだが、聞けば答えてくれるし嫌われているからと言って、麗華も嫌いだとは思っていない。二人ともそのうち仲良くなれたらいいと思っている。

 その二人まで巻き込んで土屋家に制裁があるのは嫌だ。こんなことなら安易に喧嘩を買わなければよかった。彰華に止めてもらうべきでは無かった。

「あの、ほら、別に蓮さんたちは悪い事したわけじゃないし、私も平気だし、喧嘩売ってきたのはあの二人なだからそこまで大事みたいにしなくていいんじゃない?」
「麗華。勾玉廻りはしてこなかったのか?」
「へ?」
 急に話を変えられて、間抜けな声が出る。何変な事を言ってるのだろうと不思議に思いながら、先ほど蓮から渡された勾玉の入った箱を彰華に見せようと出そうとした。だがしまったはずの場所に箱が見当たらない。慌てて着物の袖やら懐など入りそうな場所を探してみるが無い。周りを見て地面に落ちていないか確認してみるが見当たらない。

 かすかに顔をあげ麗華の様子を見ていた蓮と瑛子と眼が合う。二人もとても嫌な予感がある様に、眉を顰めていた。麗華もこれはまずい事になったと、焦り始める。どう考えても、あの短距離で大切にしまっていたモノをなくすはずがない。何かあったとしたら、あの二人に襲われたときに盗られたとしか考えられなかった。

 ここで、麗華があの兄二人に勾玉を盗られたと言ったらさらなる制裁があるかもしれない。ごまかして、あの二人から勾玉を返してもらうのが一番だ。

「それが、実はまだしてないんだよね。庭が綺麗だなって眺めていたらごたごたになっちゃって、今から行ってくるよ。初めてだから、珍しい事だらけで手間どうかも。この暑さでしょ、外にいると熱中症とかになりそうだから、部屋で待っててよ」
 彰華が静かに麗華の目を見つめるが、麗華は軽く微笑み返す。
「遅くてごめんね。ほら、二人とも立って、立って。あ、それと伯母さまに報告するの、ちょっと待ってよ。初めて伯母さまに頼まれ事されて、それをまっとうしようとしてるのに、その前のちょっとしたごたごたのあった所為で、なんだか私があまりにも情けなーいイメージになっちゃうじゃない。
 だからさ、今回は無かった事にしてくれないかな。すごく良くしてあげてるのに簡単な事もまともに出来ないのかって、伯母さまを失望されたくないんだよね。なんて言っても、いま藤森家を追い出されたら私一文無しのまま徒歩で家まで帰らなきゃいけなくなるでしょ。それが恐いんだよ」
「母上はそんなことしないと思うが」
「思うだけでしょ。もし本当になったら嫌じゃない。不安要素は避けておきたいの。お願い、かわいい従妹のお願い聞いてよ」
 手を合わせて、軽く上目づかいで言う。この頼み方はやたら甘え上手な友人の真似だ。よくこの仕草をされて宿題を見せてあげた事を思い出しやってみた。
 彰華は頭を押さえて軽くため息をつく。
「どこが、かわいいんだ。すぐに暴力振るうは、口は悪いは、かわいげない従妹の間違えだろ」
「失礼な」
「……分かった。それじゃあ、日暮れまでに勾玉を持って来れたら、無かった事にしよう」
「ありがと」
「貸し一つな」

 彰華も麗華の嘘に気がついただろう。それでも、持って来れたら土屋家の失態をなかったことにしてくれる。その気遣いが嬉しかった。

 彰華は隣に立った瑛子にハンカチを差し出し渡すと手で服に着いた土を払う。瑛子はまだ緊張したような表情で青ざめていたが、彰華が軽く頭をなでると嬉しそうに笑って彼に飛びついていた。それから二人が立ち去る後ろ姿を見送って、蓮の方を見た。

 蓮は眉間にしわを寄せて、携帯電話であの二人に連絡を取ろうとしていた。だが留守電に繋がるらしく、連絡は取れなかった。

「すまない。俺のミスだ。あの人たち元より、勾玉を狙っていたんだろう」
「ううん。私が持っていたんだから、気が付かず盗られたのが悪かった。こんなことなら手に持って歩いてればよかったね」
 二人が去った方向を見る。木々が生い茂り森のようになっていた。
「携帯が通じないなら、術を使って見つけ出すとか出来ないの? ほら、奴らの気を向こうから感じる、あっちだ! みたいな」
「漫画やアニメの見すぎだ。近くにいれば気配を読み取ることは出来るが、こう離れていると居場所を掴むのは無理だ」
「あれ、じゃあ私が藤森家から旅館に帰る時、追っかけて来たのは、どうやったの?」
「それは単純に後ろ姿が見えたからだ」
「あーなるほど」
 振り切って逃げれたと思っていたが違ったらしい。
 ここに居ても仕方がないので麗華たちは、兄二人が向かった森に行く事にした。
 暑い日差しが木蔭に入る事により少し和らいだ。罠が仕掛けられているかも知れないので、用心しながら森の中を歩く。

「あの勾玉、土屋家にとっても大事なモノなんでしょ。なんで、あの人たちそれを持って行ったのかな。すぐにばれるし、怒られるのは分かりそうなものだけど」
「嫌がらせだろう」
 表情一つ変えず言う蓮に、麗華は眉を顰める。いくら蓮が愛人の子供だからと言って、そんな嫌がらせしてはまずいだろう。彰華のあの怒りようからして、土屋家にとって都合が悪い事になるのは目に見えている。あの二人が襲ってきた時も蓮は藤森家の使いに手を出すなと再三言っていた。それなのに無視したのは向こうだ。
「そんな嫌がらせして、他の人は何も言わないの?」
「……守護家がそばにいたのに、勾玉を盗られるようでは使えないと、叱りを受けるのは俺だろう」
「なにそれ、嫌がらせした人は何も言われないの?」
「軽く罰は受ける」
 その扱いの違いに違和感を覚える。ふと二人が言っていた言葉を思いだす。
「ねぇ、守護家に選ばれた人と普通に術が使える人では、力に差があるの?」
「あぁ。使える術の幅が違う、それに術者の最上級に当たる事になる。優遇もされるが、それと同じぐらいに決まりごとも多い」

 守護家に選ばれる事はすごい事らしいというのは知っていたけど、最上級という事は土屋家で今一番強いのは蓮と瑛子になる。
 瑛子は兄たちからも可愛がられていた。はやり陰の神華がいないと言うだけで、扱いも違ってくるのだ。
 でも陰の神華がいないのは蓮の所為はない。なのに、肩身狭そうにしているのを見るのは嫌な気分だ。

 なんとかして、今の彼らの状態を変えられないだろうか。

 
 しばらく森を歩きながら、あの二人の名前を呼んでみたりして探す。瑛子から入った連絡では、あの二人はまだ土屋家に戻ってきていないらしい。二人で森を探していても、見当たらないので、二手に分かれて探すことにした。
 初めは二手に分かれるのは危険だと、断られたが二人でいても出てこないという事は、どちらかが一人になる機会をうかがっているのかも知れない。それなら二手に分かれて彼らが出てきやすい状況を作った方がいいと説得した。携帯電話の番号を交換し合い、何かあったらすぐに電話することを約束して、二手に分かれる。


 どちらに行こうか迷った時、近くにあった木の枝に印をつけ投げてる。くじ運が悪い事を知っているので、印が向いていない方に向かう事にした。そうやってしばらく歩いていると、青年の話し声が聞こえてきた。
 木の陰から様子をうかがうと、あの二人だと分かる。手には勾玉の入った箱を持っており軽く手の上で投げながら何かを話している。

 二人を見つけたらすぐに蓮に連絡を入れる約束だったので、携帯電話を取り出し通話ボタンを押そうとした。その時、むなしくピーっと機械音が鳴る。コンビニで買った携帯充電器で充電をしていたが、こんな時に限って充電が切れてしまった。使えない携帯だと、ため息をつきながら電話を閉める。
 携帯電話の機械音は森の中で意外に響いたらしく、二人を木の陰から覗き込むと目が合った。

 どうしよう。また、術を使われたら麗華ではとても太刀打ちできない。だからと言って、この場で逃げても何もならない。
 ここは冷静に、穏やかに話を進めて、勾玉を返してもらおう。
 麗華は、手を握り自分に軽く気合を入れて二人のいる方に向かって歩いた。



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2009.9.22

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