一章  十五話 祠





 土屋家の車を走らせること十分ほどで、麗華たちは土屋家に着いた。本当は優斗も一緒に行きたいと言い張ったのだが、蓮と瑛子は付いてくることを許可しなかった。これは土屋家と藤森家で行う儀式でそこに優斗の荒木家が入ることは許されなかった。
 土屋家は藤森家よりは小さいが立派な屋敷だった。立派な門をくぐると数人が出迎えに来ていて、さすが旧家だと驚いた。案内にしたがい歩くと手入れの行き届いた庭が目に入る。鮮やかな花々が咲き誇っていた。とても綺麗なので見惚れていると、隣を歩く蓮が視線で、キョロキョロするなと言ってきた。不作法だったのかと焦り、視線を前に戻し姿勢を正して歩く。麗華としては、土屋家の屋敷について話しかけてみたかったが、前を歩く彰華と瑛子も話をしないで歩いている。前を歩く数人の案内人と後ろにも数人がついて歩いている気配があるが誰一人話をしていなかったので、気軽に話してはいけないと読み取り、黙って歩くことにした。
 菊華は簡単に土屋家に行って勾玉預かるようにと言ったが、この異様な空気はそれだけではない気がしてきた。
 広い部屋に案内され、土屋家の人たちがずらりと五十人ほど勢揃いしていた。一同がお辞儀した状態で待っており、少し引き気味になるが前を歩く彰華が堂々と入っていくので、それに続いた。上座に用意された席に座ると挨拶が始まった。土屋家の当主の挨拶が長々と始まり、正座をしている足がしびれ出したのを必死に耐えながら聞いた。隣の彰華がするように、麗華もなるべく上品に見えるように微笑、淑やかに返事をするように努めた。
 土屋家の当主は蓮と瑛子の父だと言う。さらに蓮の兄二人を紹介される。四人兄弟とは賑やかだろうな、と家族団欒を想像する。でも、兄二人と瑛子は顔立ちが似ているが、蓮とはあまり似ていない気がした。

 長い話が終わり、麗華と彰華は別の部屋に案内されることになった。立ち上がる時足がしびれてよろめきそうになったが、彰華がさりげなく支えてくれて倒れずにすんだ。
 次の部屋に案内され勾玉の奉納されている場所について話をされる。土屋家にある二つの祠に勾玉が一つずつ置かれてあり、土屋家の者が勾玉を祠から取り、藤森家に渡せばいいという簡単なものだった。
 出迎え方とか、その前の話が長かったせいでもっと難題を言われるのかと内心穏やかではなかったが、それを聞いて安心した。

 祠に行く前に少し、待つように言われ麗華と彰華の二人だけを残して、他の者は下がった。
 部屋の中にクーラーが付いていて涼しい風が流れてくるが、着物はやはり暑かった。帯を背負っている背中や腹回りが特に暑く、息苦しく感じる。隣の彰華は涼しそうな顔をしている。男性用の着物と女性用の着ものでは通気性が全然違うらしい。不公平だと不服に思う。

 待っていると、廊下から話し声が聞こえてきた。

「よう。久しぶり。元気にしていたか?」
「……お久しぶりです」
「なんだー。あんまり元気そうじゃないじゃん」
 障子の向こうの声は男性が三人。一人は蓮の声だとすぐに分かるが、後二人は分からない。
「そりゃそうだろ。桃華さまの娘が見つかったと、と思ったら」
「大外れ、だもんな〜」
 けらけらと二人は笑う。自分の事を言われていると分かり麗華は少し驚く。ここに麗華がいると分かっていて、聞こえるように話しているのは明らかだった。

「神華でもないのに、連れてきて代役だってさ。すっげー、笑える」
「なんか、切羽詰まってる感じ? 知華さんにもやらせなかったのに、彰華さまと同い年って理由で代役だもんな」
「それだけじゃないぞ。極めつけは、力がない!」
「そうそう、マジであり得ない使えないやつを代役に立てなきゃいけないって、そりゃ元気もなくなるよな」
「結局、陰の神華どこにもいないわけだ! 悲劇ー!」
「お前ホント、守護家名乗る必要ないんじゃね? だって陰の神華なんてどこにもいないんだからよ」
「おい、それは、あんまりだろ。陽の神華は居るんだから。どっかには陰の神華は居るんだよ。もしくは居たんだからさ」
「あーそうだな。守られる守護家も居ないで一人でいただろうから、とっくに妖魔に襲われて死んじゃってるかも知んないけどな」
 また、二人はけらけらと下品に笑う。
「役立たずの守護家だよなぁ」
「さすが無用の守護家」
「藤森家に居る必要ないんじゃねぇの」
「待て、待て。それじゃあ土屋家に帰ってくることになるじゃんか。いくら術が上手くてもこんな使えね奴はいらねよ」

 そこまで、聞こえてきたとこを頭の中で整理していた麗華も聞くに堪えなくなり立ち上がり、外に居る人を黙らせようとする。だが彰華に手を掴まれて行くのを邪魔された。
「他家事情も知らないのに、出しゃばるな」
「はぁ? だってあれムカつくじゃん。これ見よがしに言ってるんだから、こっちだってはっきり言ってあげるわよ」
「いいから、座ってろ」
 彰華の言葉を無視して、行こうと手を振り払うと外に、もう一人の声が加わった。

「洋介(ようすけ)兄さま、孝之(たかゆき)兄さま。何してんの?」
「おぉー瑛子。元気だったか?」
「うん、めちゃくちゃ、元気だよ」
「お前はいい子だなぁ。誰かと違って」
「兄さま方、また蓮に絡んでたんでしょー。言っとくけど、兄さま方より何倍も藤森家の役に立ってるんだから、変な風にいちゃもんつけちゃいけないんだよ」
「いちゃもんって、つけてないよなぁー。ただの世間話してただけだよ。な」
「あぁ、そうそう。なぁ、瑛子お前はあの桃華さまの娘どう思う?」
「どうって……。私は守護家だから藤森家の事を他の人には言えないよ。それに、私がどう思うとかそういうのは関係ないよ。菊華さまがお決めになった事に口は出さないよ」
「瑛子は、ホントいい子だな。まさしく守護家の鑑!」
 廊下からは笑い声が聞こえて、それが離れていく。
 声が聞こえなくなると、蓮がお茶を持って入ってきて、事務的に置くとすぐに部屋を出て行った。声をかける余裕もないぐらい麗華は動揺していた。
 陰の神華が現れないから、陰の守護家は比較され不愉快な思いをしていると聞いてはいたが、あんな風に存在を否定するように非難されているとは知らなかった。瑛子はまたと言っていたからそれが日常的に行われているのだろう。蓮を馬鹿にしていた二人は兄だったという事も衝撃だった。なんで、兄弟をあんな風に嫌えるのだろう。蓮は何も答えず、ただ耐えている様子だった。あんなことを言われてなぜ黙っていられるのか凄く不思議だった。麗華が接して知っている蓮は、非難されたとしたら目で殺しそれ以上発言を許さない。そんなイメージだったのに。

「ねぇ、陰の守護家はみんなあんな風に扱われてるの?」
 なんだか、無性に腹立たしい。
「陰では言われているが、面と向かって言われるのは蓮ぐらいじゃないか。土屋家は兄弟仲が悪いからな」
「仲が悪いって、レベルじゃないと思うけど。それに瑛子には普通に仲よさそうだったのに、蓮さんは兄に対して敬語だった。何かあるの?」
「それは、俺じゃなくて蓮に聞け」
 ということは、本当に訳ありらしい。テレビドラマに慣れている麗華は、すぐにピンと来た。蓮はきっと愛人の子供なのだ。だから正妻の子供であるあの三人とは違う扱いを受けるのだ。それなら、顔立ちが違うのも納得がいく。
 それとあとひとつ、蓮は守護家に選ばれたが兄二人は選ばれなかった。守護家に選ばれることが大変名誉なことならば、その嫉妬もあるのではないだろうか。



 それから、少しすると準備が整ったと呼ばれ裏庭に案内される。左右に分かれ祠があるので彰華と瑛子と別れて、麗華と蓮で向かうことになった。
 他に土屋家の人が付いてこないことに一安心した。ぞろぞろと人に付き添われるのは好かないし、先ほどの一件があるため土屋家に対する印象が悪くなっていた。だから、たとえ全身から話しかけるなオーラを発している蓮と二人きりでも苦にはならなかった。
 蓮と二人きりになる時間は限られている。本当は先ほどの一件について聞いてみたかったが、単なる好奇心で話題に出すのは無神経だ。蓮も聞かれたくない話題だろう。だからその話題には触れないようにしようと思った。

 しばらく歩いていると、小さな蔵のようなものが見えた。鉄で出来た扉を開けると、中に地下に降りる階段があった。中も暑いだろうと予想されたが、思ったよりも涼しかった。慣れた動作で扉の近くにあるたいまつに火をつけ階段を下りようとする蓮を止める。
「ちょっと、待ってください。この下に祠があるんですか?」
 たいまつから灯油のにおいがして少しむせる。なぜ、この文明時代にたいまつなのだろう。懐中電灯という便利なものがあるのを知らないのだろうか。
「そうだ。少し急な階段になっているから気をつけろ」
 暗くて、細い階段を眺める。今着ているのは母の着物で汚したくない。埃のたまった地下に下りたら裾が汚れてしまいそうで嫌だった。
「私、ここで待ってるのは駄目ですかね?」
「……すぐ下だぞ」
 蓮から冷たい視線が返ってくる。
「勾玉取ってくるのは蓮さんならここで貰っても、変わりないじゃないですか」
「下で、渡しの手続きがある」
 手続きが何なのか分からないが、儀式の一つならば麗華も従った方がいいのだろう。
「そういうの、あるんですね。分かりました。私も行きます。あの、暗くてよく見えないので、携帯のライトで下照らしても良いですか?」
「ここは特殊な場になっているから電子機器は使えない」
 麗華は、携帯を懐から出してみると本当に電源が入っていなかった。
「ホントだ。どんな原理なんだろ」
「わかったなら、行くぞ」
 麗華は着物の袖が地面に付かないように気をつけながら下に降りる。蓮の言う通り階段を下りるとすぐそばに祠があった。祠の中から淡い光が見える。
 蓮はすぐに祠の前に行き何か呟き、空を数回切った。それから祠を開けて中から淡く光る勾玉を取りだすと、麗華の手の平に乗せる。
「天より授かりし黄の勾玉、誓約により藤森家にお渡しいたします」
「お預かりいたします」
 前もって菊華に教わっていた通りにお辞儀して、勾玉を黄色い布に包んで手のひら程の箱に入れる。

 これで、終わりだ。簡単に済んだ事にほっとする。後は藤森家に帰り菊華に渡すだけだ。

「ねぇ、蓮さん。これって本当は陰の神華がすることだったんですよね? だったら、今まではどうしてたんですか?」
 話しかけるなというオーラを発していても、この儀式の内容ならば答えてくれると思った。だから思い切って気になっていた事を聞いてみることにした。蓮は眼鏡を触り軽く直す。
「彰華が代わりに受け取っていた。他にも陰の神華がやる儀式も代わりにやってもらっている」
「今まで彰華君がやっていたなら、なんで私がやることになったんでしょう? 伯母さまは神華が行う儀式だとかそういう説明は全くしてくれなくて、ただ行って貰ってくればいいからって言ってたんです。彰華君の妹にもやらせなかったって瑛子は言っていましたよね。そんな儀式を力とか見えない私がやっても平気だったんでしょうか?」
 今朝、瑛子が蓮に愚痴を言っているのはすべて聞こえていた。麗華に対する嫉妬の部分は見当違いなので、軽く流したが彰華の妹の知華にもやらせなかったというのが気になっていた。
「菊華さまが、決めたことだから良いのだろう。守護家の五家から其々の勾玉を預かり、つなげて首飾りを作る。それをつけて祭典で神華が舞を踊る。その為のモノだ。毎年、陰の神華の首飾りは、本来陰の神華が座る席に飾りのように置かれる。今回もそうなるだろう」
 土屋家だけから貰って来れば良いと思っていたのに、他の守護家からも勾玉を預からねばいけないと知り少し驚く。菊華はそんな言葉一言も言っていなかった。
「そうなんですか。あの……私がその勾玉つけて舞を踊るってことは無いですよね?」
「ありえない」
 不安になって聞いてみると、蓮はひどく嫌そうな顔をして即答した。舞を踊るのはもちろん嫌だが、そこまで嫌そうな顔で即答しなくてもいいのにと、少し落ち込む。
「祭典は神聖なものだ。神華の代役など許されるはずがないだろ。それも、力の見えないお前に」
「そうですよね。でも、彰華君が舞を踊ることになるから覚悟しておけって言うもんですから、ちょっと不安になったんです」
「ただの奉納舞と一緒にするな。神華の舞はもっと別の意味を持つ舞だ」
「別の意味というのは?」
「結界を強めるために舞う。神華の舞こそが祭典の要なんだ」
「神華の舞ってすごいんですね」
「もういいだろ。上に戻るぞ」
「はい」
 階段を上がり蔵から出ると、暗闇から日の光に変わりとても眩しかった。それに、蒸し暑い。着物は綺麗だがはやり夏に着るものでは無い。流れてくる汗をハンカチで拭きながら歩く。


 隣を歩く蓮の足が不意に止まる。何かと思うと、急に腕を引かれて蓮に抱きつかれた。驚いていると、急に先ほどまで麗華がいた地面が不自然に凹んだ。
「何のつもりです」
 蓮の厳しい声が響く。麗華は今起きたことがいまだに理解できず、凹んだ場所を見つめていた。
「本当に見えないんだなー」
「勾玉持ってるなら力増えるから見えるようになったかなって、確認しただけ」
 姿を現したのは、蓮の兄の二人だ。
 そこでやっと麗華も、何をされたのか理解した。力がなく、術を使っても見えない人に、地面が凹むような術を使ってきたのだ。麗華は二人をにらむ。
「信じらんない。貴方たち頭可笑しいんじゃないの?」
「力ない無能は黙ってろよ」
「そうそう、むしろ感謝してほしいよな。勾玉のお陰で力が見えるようになってるか確認してやったんだから」
「あぁ。本当に可哀そうな脳みそ持ってるようね。普通の確認なら手荒なことしなくても済むはずよ。それなのに態々、術使って自分の方が強いんだって誇示したかったんでしょ。それを押しつけがましく正当化しちゃって」
「はぁ? なんだと!」
 蓮が麗華を背中に隠すように立つ。麗華はいつも以上に不機嫌で、攻撃的だった。
「あらあら、そんなに反応して、図星だったの?」
「挑発するのは止めろ」
 蓮が麗華を睨み黙らせようとする。だが、麗華としては睨まれるのは自分ではなく、向こうの方だと不服に思う。

「無能の癖に口だけは立派だな」
「そりゃ、力は無いけど、人としてまともだからね」
 二人とにらみ合う麗華たちに蓮は危険なモノを感じ取る。これ以上言いあいが続くと、怒った兄たちは麗華を傷つけるだろう。
「こちらは、藤森家の使いで来ています。それを、傷つけるのは許されません。ここはお引き取りを」
「藤森家の使いって言っても、無能じゃん」
「まぁ、無能と無用の守護家同士だしお似合いだよなぁ。いっそ、お前、神華あきらめてその無能に付いてればいいじゃんね」
 けらけらと下品に笑う。
「その無用の守護家にも選ばれなかったからって、僻むのも大概にしたら。見苦しい」
 兄二人に表情が変わった。見下すような笑い顔が消え、心底屈辱だと顔を歪める。
 麗華の予想は当たっていたらしい。

 急に足や身体や髪が引っ張られる、麗華は地面に倒れそうになる。かろうじて倒れなかったのは、蓮が引っ張ってくれたからだ。蓮が何か呟き空を切る。引っ張る感覚がなくなりホッとするのもつかの間。蓮に抱きかかえられて、横に跳びよける。土煙を舞い上げながら地面が大きく凹む。

「無能の癖に生意気なんだよ」
「力があるものが絶対だって言う。ここの流儀教えてやる」
「止めてください。藤森家の使いの者を手荒に扱うつもりですか」
「守護家なんだろ。だったら、無能一人ぐらい守れるだろ」
「特訓の成果見せてくれよ」
 二対一で戦いを始める気らしい。
「ちょ、ちょっと。待ってよ! なんでそうなるの! 口で勝てないからって暴力で決着つけようとするなんて野蛮だよ!」
 慌てて、麗華は止めようとするが他の三人は臨戦態勢で、麗華の声など聞いていないようだ。
 麗華はこんな術者同士の戦いになるとは思っていなかった。思ったことを言ってしまう口が災いしてしまった。自分で招いた事とは言え、目の前で戦いを始められるのは嫌だ。なんとかして止める方法は無いか考える。
 麗華があの二人に謝罪すればいいのか。でも、悪いと思っていないのに謝罪する気にはなれない。むしろ、言い足りないぐらいだ。
 

 悩んでいると、視線の向こうに人影が見えた。祠から出てきて土屋家に戻ろうとする彰華と瑛子だ。藤森家の七光りを麗華は使えないが、彰華は違う。正真正銘の神華で彼らを止めることが出来るだろう。麗華は大きく手を振って、彰華を呼ぶ。

「彰華君!! ちょっと来て!!」
 兄二人は彰華が近づいてきているのを知ると、麗華を睨むと人気のいない方に逃げるように消えていった。
 なんとか、戦いは逃れられたとほっととして、小さくため息をついた。


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2009.9.7

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