一章 十四話 



 人と違うものが見える家系に生まれた為、見える力は何処にでもある普通の事だと思っていた。
 その中でも自分が特別な存在だと意識したのは幼稚園の頃だった。
 ある夢を見た。髪の短い少女が、一輪の大きな花を持って泣いている夢だった。花が盗まれちゃうと、泣きじゃくる少女を見ると護らなければと強く思った。慰めようと手を伸ばすところで夢から覚めた。
 朝起きると身体に異変が発見された。右手の手のひらに葉の様な痣が出来て在りそれが赤く光っていた。初めは驚いたが、この痣を見ると夢に出てきた少女の顔が浮び、とても愛しく大切なものに思えた。これはあの少女が自分を選んでくれたその証しなのだと思った。

 両親に相談しに行くと、両親は自分よりも慌てた様子で大変な事になったと騒いでいた。
 
 もう一度あの少女が夢に出てきたら、今度は泣いている顔ではなく笑顔が見たかった。きっと、とても愛らしい笑顔を見せてくれるだろう。そのためには、自分に出来る全ての力を使って少女が泣く原因から護ってあげよう。

 そう、ずっと思っていた。

 

 蓮が朝食を取る部屋に入ったときに一番最初に目が入ったのは、頭に包帯を巻いた彰華だった。彰華は昨日は藤森家から出ていないはずなのに、怪我をするような出来事があったのかと、不思議に思い近くに居た麻美に聞く。麻美も何があったか知らないようで、腫れていたので治療したと心配そうな声で答えた。次々と部屋に人が集まってくるがその中に大輝の姿は居ない。昨日、真琴と麻美にしめられたのが効いているらしい。
 朝食の準備が整い、麗華も小百合の案内で部屋にやって来た。麗華も包帯を巻いた彰華に気が付き、席に付くと不思議そうに怪我の理由を聞いた。
「彰華君どうしたの、その包帯?」
「それを君が聞くか?」
 軽く笑って言う彰華の言葉に守護家全員が麗華の方を見た。
「え? あれで包帯巻くような傷を負ったって言うの? 軽く頭突きしただけ――……」
 守護家女子陣から恐ろしいほどの殺気を感じ麗華は口を閉ざす。自分でも言ってはいけない言葉だと気が付いて、口を押さえて顔を青くしている。
「大した事はないが念のためだ」
「どんだけひ弱なのよ……」
 小さく呟いた麗華だが、静まり返った部屋には十分良く響いて聞こえた。守護家女子陣の恐ろしさを分かっていないらしい。女子陣は麗華に文句を言いたそうだが、彰華が軽く視線で止めた。
 優斗は麗華より顔を青くして、その場をやり過ごす為にたわいない話を始めたが、女子陣は誰一人優斗の話を聞かず、麗華に殺気を向けていた。優斗の隣に座る真司は、かすかに相槌を取りながら黙々と朝食を食べている。真琴は初め両者をあきれた顔で見ていたが女子陣を敵に回したくないらしく、なだめ役には回る気はないようだ。蓮も初めから関わる気がなく食事に集中していた。


 食事が終ると、彰華と麗華は菊華に朝の挨拶をするため部屋を出て行った。お膳が片付けられたところで、守護家の朝の会議が始まる。会議の内容は、妖魔の行動や結界の不備がないかの確認、彰華の健康管理や今日一日の行動に付いて話されていく。祭典も近くなっている為、その準備に付いても話し合われた。
 会議中に蓮と瑛子の二人に菊華の元へ行くようにお呼びがかかった。土屋家の二人が呼ばれたという事は、家に関係することらしいと推察する。
 蓮は憂鬱に思いながら、お呼びがかかって嬉しそうに弾んで歩く瑛子と菊華の元に向った。


 菊華の元に行くと予想していた通りの用件だった。
「彰華さんと麗華さんに土屋家から祭典に使う勾玉を預かってくるよう、お使いを頼みました。あなた方が案内するように」
「はい」
 蓮と瑛子は恭しく頭を下げる。祭典に使う勾玉は各守護家に大事に保管されている。儀式の時だけ五つ集められその力を使う事が許されていた。
 神華である彰華が祭典に使う勾玉を土屋家から預かる役目なのは恒例なので納得がいく。だが、まだお披露目すら終っていない麗華がその役目に選ばれるのは納得できなかった。
 各守護家から勾玉を預かり集めるのも勾玉廻りと呼ばれる儀式の一つなのだ。それも、陰陽の神華二人と各家の陰陽の守護家二人で行われる神聖なものだ。

 何故、菊華は麗華に頼んだのだろう。

「麗華さん、土屋家を訪問する際はこれを着なさい。貴女の母、桃華が麗華さんぐらいの年頃に着ていたものよ」
 菊華は着物が入った檜の箱を差し出す。淡い桃色の落ち着いた柄で藤森家の家紋入りの着物だ。お披露目前の麗華が他家で侮られる事のないように、菊華の配慮が窺える。
「わぁ。お母さんが着ていたんですか、綺麗な着物ですね」
 麗華は嬉しそうに着物に触れて、感触を楽しむ。それから何かに気が付いたように顔を不安げに上げた。
「でも、着物の着付けできないですし、夏なのに暑くないですか?」
「着付けは、ほかの者に頼みましょう。他家の訪問するのに洋服では品がありません。着物は女を美しく見せるわ。暑さぐらい女なら耐えなさい。それに、桃華の着ていた着物も麗華さんに着られることを望んでいるでしょう」
 桃華の着物と言う事に麗華は心打たれたようだ。
「……そうですよね。お母さんの着物が着れるのすごく嬉しいです」
「よかったわ。それでは皆さん、勾玉の事よろしく頼みます」


 菊華の部屋から出ると、麗華は直ぐに彰華の隣に行き話しかける。蓮の隣で瑛子が不機嫌そうに頬を膨らしていた。
「ねぇ、もちろん。彰華君も着物着るんでしょうね?」
「あぁ、着るが?」
「ならいいの。ほら、私だけ着物なら浮いちゃいそうだなって思って。着物を着るの初めてだからすごく楽しみ。というか成人式でも着ないだろうなって思ってから、一生の一度の経験になるかも」
 嬉しそうにする麗華。これから土屋家だけではなく、他の守護家も着物で訪問することになるとは想像していないらしい。
「君なら着物も似合いそうだな」
「え、そうかな、嬉しいなぁ」
「なで肩で寸胴に貧乳とくれば着物も似合うだろう」
「何それ! 失礼な!」
 笑っている彰華に麗華が文句を言う後ろ姿を見ながら、瑛子が不満そうに足を鳴らす。

「何あれ、彰華に頭突きしときながら、何であんなに親しそうに話してるの!」
「知るか」
「従妹だからって、彰華に馴れ馴れし過ぎると思わない?」
「どうでもいい」
「それになんで勾玉廻りをあの人がするわけ。そんなの許されるの?」
「菊華さまも考えがあっての事だろ」
「知華にもやらせた事がないのに酷い!」
 祭典の際に彰華の妹、知華に陰の神華の代役にと望むものも多い。だが、菊華は一度たりともそれを受け入れた事はなく、陰の守護家も代役に知華を立てる事を望んでいなかった。
 
「瑛子」
 前に居た彰華が瑛子を呼ぶ。瑛子は先ほどまでの不機嫌をどこかに飛ばしたように、嬉しそうに彰華の隣に行き腕を組む。彰華は瑛子の頭を優しく撫でる。
「俺の出かける準備を手伝ってくれるか?」
「もちろん、です!」
 彰華は女の子の機嫌取りが上手い。
「蓮は麗華を部屋まで案内してくれ。後で着付けを出来る人をやるから準備しておけ」
「わかった」
「あぁ」


 彰華と瑛子と別れて、蓮と麗華は部屋までの長い廊下を歩く。
 麗華が蓮を気にして話し掛けようとしているが、蓮は話をする気は無く無視して歩いた。



 母の着物を着せてもらい、時間になるまで少し部屋で待つようにと言われた。
 着付けをしてくれたのが麻美と小百合で、着物の着付けには詳しくないが、必要以上に帯を締められた気がした。少し息苦しく感じる。今朝、彰華を頭突きしたなどと言わなければ良かったと後悔する。 
 麻美が着物を着て居る時の振る舞い方の指導をしてくれた。彰華に恥を欠かせない為に、麗華がちゃんとした振る舞いを出来るように成らないと、許せないとはっきり言われた。二時間程度の指導は厳しかったが、世話になっている藤森家の使いとして行くのだから礼儀作法の失敗の無いようにしたかったので、とても助かった。
 時間が空いたので麗華は着物の袖をひらひらとさせて楽しむ。記念に携帯電話で振袖姿を写真に撮る。髪を結い化粧までしてくれて、まるでどこかのお嬢様のような出来栄えで自分ではないようだ。
 まだ呼びに来る気配が無かったので、部屋の中でお嬢様ごっこをして遊ぶ。ノリノリで遊んでいるところに部屋の戸が開いた。花瓶の花を優雅に触っているところだったので、気恥ずかしくなって固まってしまう。
 いつも部屋に入る時は声を掛けるのに、何で声を掛けてくれないのか。
 部屋の前に立ったまま、蓮が無表情で麗華を見つめていた。

「じゅ、準備できましたか?」
 麗華は花を花瓶に戻して、気を取り直して蓮を見る。
「……話し声が聞こえたが?」
 蓮は眼鏡を軽く触る。麗華の顔が一気に赤く染まった。花に向いお嬢様風の言葉で話しかけていたのが聞こえてしまったらしい。だから不審に思って戸を開けたのだ。
「な、何でもありません。全く持って気にしなくて大丈夫です」
「……そうか。では、付いてこい。外で車が待っている」
「はい」
 麗華は鞄を持って部屋を出る、慣れない着物はとても歩き辛かった。土屋家とはどんなところだろうと、色々蓮に質問したかったが、蓮からは相変わらず話しかけるなという空気が発しられており聞けなかった。


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2009.8.31

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