一章 十三話 早朝の会話 その二


 朝日がさしてきた頃、大輝は森から必死の思い出抜け出すことに成功する。形振りかまわず必死に出てきたので、着ていた服は所々擦り切れ襤褸切れ同然だ。体中に傷を負い立っているのもやっとだ。
 昨夜、本家に戻る気がしなく、町をうろついている所を麻美と真琴に捕まった。強制的に森に追いやられ、麗華に傷を負わせた事を散々怒られた挙句、訓練の洞窟に落とされた。その上、麻美と真琴が作り上げた戦闘用式神に、大輝を本気で殺すように命じ二人は居なくなった。麻美と真琴が力をあわせて作った式神は非常に強く、大輝は散々苦戦した。

 こんな目にあったのは、全て麗華の所為だ。麗華が来てから散々だと、悪態を付ながら覚束ない足取りで自室に向う。

 寝巻きのまま縁側に座り、足をゆらして空を見ている女を発見する。それが、今最も会いたくない麗華であると判り、うんざりして舌打ちする。
 麗華は大輝に気が付き、驚いたように立ち上がり微かに後ろに下がった。今までの大輝の態度から警戒されて当然なのだが、なぜか癇に障る。
「……おはよう。ひどい格好だけど、どうしたの?」
 お前の所為だと、怒鳴りつけたかったがそんな気力すら残っていなかった。廊下に上がり、麗華を睨みつける。麗華は睨まれているのを全く気にしていない様子で大輝に近づいて来た。
「痛そう、酷い傷だね……。人を呼んでこようか?」
 麗華が伸ばしてきた手を叩き落す。
「うるせぇ。俺にかまうな」
「痛いなぁ。でもさ、ふらふらしてて危なっかしいよ。何があったの?」
 麗華は叩かれた手を擦りながら言う。これ以上、麗華に答えるの気力もなく無視して、自分の部屋に向う事にする。麗華の横を通り過ぎる時、昨日ナイフで傷つけてしまった傷跡が目に入り舌打ちする。
 あの時、麗華を傷つける気など全くなかった。少し、脅せば逃げると思っていたのに、生意気に口答えをするからつい乱暴に扱ってしまった。まさか血を流させてしまうとは、失態だった。藤森家の血と言う事もあるが、女の身体に傷を付けるのは男として最低だと麻美に責められた言葉が頭を過ぎる。もし、傷が残ってしまったらどうしようと、不安になり、そんな事を心配している自分に苛立ってくる。

「あ、大輝君!」
 傷が痛み、よろめくと直ぐに麗華が手を伸ばして大輝を支える。放すように手を振り払うが、バランスを崩して倒れそうになり、また支えられる。麗華は心配そうに見てくるが、こんなボロボロの姿を見られていることが、何より嫌だった。
「……私さ。実はまた迷ったんだよね。昨日優斗君に聞いたんだけど、私の部屋に行く途中に大輝君の部屋在ったよね。途中まで案内してよ。肩を貸すのはその案内料って事で、ね。お願い、昨日は部屋にたどり着くのに二時間ぐらいかかっちゃってホント大変だったんだよ」
「……御守りはどうした」
「部屋にあるよ。あぁ、そういえば彰華君も御守り持ち歩けって言ってたっけ。忘れてた」
 御守りを持つように二度も説明受けて、忘れるとは頭の悪い奴だ。更に屋敷を二時間も迷っていたら岩本家の式神が気付き、報告しているはずなのに放っておかれたとは、岩本家にも藤森家の一族として認められていないらしい。
 岩本家は藤森家を影で支える事に誇りを持っている。ある意味、藤森家よりも厳格でよそ者が藤森家に出入りする事を嫌っている。これは、大輝が麗華を追い出す作戦を練っている間に、岩本家が先に麗華を追い出そうとするかもしれない。

 麗華の肩を借りて歩くのは癪だが、このままでは廊下で気を失いそうだ。そうなると、真琴に連絡が入り、瀕死の状態を見て笑うだろう。さらに、日頃の鍛練が足りない所為だと言われ、今まで以上に辛い鍛練が待っているのだ。
 大輝は嫌々麗華に肩を持たれたまま歩く。

「……朝早くから何やってたんだ?」
 どうせ、今日も藤森家の調度品の値踏みでもしていたのだろうと、冷ややかに言う。
「なんか、最近変な夢ばっか見るから、よく寝れないんだよね。ふとんに居ても、寝れないからさ、外の空気でも吸えば気分転換にもいいかなって。またあの池でも見に行こうと思ってたんだけど途中で迷って、仕方ないからあそこでぼっとしてたの」
 トイレの次は寝付けないからと、良く在り来たりな嘘ばかり思いつく。こんな状態でなかったら、文句を言ってやるのにと、舌打ちする。


 自分の部屋まで帰ってきた大輝はベッドに倒れこむ。傷の手当てをすると麗華が言い出したら鬱陶しいと思っていたが、麗華はあっさり大輝を部屋まで送ると自分の部屋に帰っていった。意外に薄情だと思い、手当てされなかった事を残念に思っている自分が居る事を知り、苛立ってくる。
守護家の人間は普通の人より傷の回復は早いが、ここまで傷を負っていると二、三日は動けないだろう。

 最悪だ、と呟いて意識を手放した。


 誰かが部屋に入ってくる気配を感じ、大輝は目を開ける。
「ずいぶん派手にやったね。普段の鍛練が足りないからそこまでやられるんだよ。ほら、薬湯作ってきたから飲みなよ」
 目に入ってきたのは、薬湯と救急箱を持った優斗だった。重い身体を起こして、苦い薬湯を飲む。大輝が怪我してもいつもは、世話など焼かないのに、何で来たのか不審に思う。
「まだ、朝の四時だって言うのに麗華さんにたたき起こされたんだよ。自分は嫌われてるから、手当てさせてくれないだろうからって」
 あっさり居なくなったのは、優斗を呼ぶためだったのだと納得する。優斗は手馴れた手つきで大輝の傷の手当てをしていく。
「なんで、優斗はあいつの言う事聞くんだ」
「なんでって、大輝が怪我してるって言われたら普通は手当てしにくるだろ。いくら自業自得の怪我って言ってもさ」
「いつもは無視するくせによく言うぜ」
「馬鹿な喧嘩の傷や、無謀に一人で妖魔と戦って負った傷の事言ってるの? そんなのは、自分で手当てできる範囲だろ。でも今回は本当にやばそうだから、特別だよ」
「他にも理由あるだろ」
「他に? あ、その薬湯、俺が作った試作品だってバレた? 傷の治りは早くなるけど、幻覚や幻聴の副作用があるかも知れないんだよね。もし、副作用が出たらどのくらいの期間あったか教えてよ。次の参考にするから」
「何飲ませてんだよ!」
「あれ、気が付いたんじゃないのか。大丈夫だって、死にはしないから」
「くそ、さり気なく、人を騙すの得意だよなお前」
「騙してないだろ。試作品でも薬湯は薬湯だろ。一日安静にしてれば治るようにしてやったのに、文句言うなよ」
 優斗は包帯を巻いていた手に力を入れる。傷に響いて痛さが増す。大輝は慌てて優斗に謝った。
「俺が悪かった。手当てしてくれてアリガトウ!」
「よろしい。それで、大輝は一体何の事言ってんの」
「あの女にいい所見せたかったんじゃないのかって」
 優斗の手が止まり、大輝をじっと見つめて深くため息を付く。

「だからガキって言われるんだよ。あのさ、麗華さんは菊華さまの姪で藤森家の一族なんだよ。それをあの女、呼ばわりは良くない」
「姪だって言うけどホントかどうか怪しいだろ、式神すら見えないんだぜ」
「藤森家でも力の薄い人が生まれることがあるの知ってるだろ。現に知華ちゃんだって力は殆どない」
「知華は式神も護り玉も見えるじゃんか」
「それでも、妖魔を見ることは出来ないだろ。麗華さんの場合、父親の血の所為で覚醒していないって事も考えられるし。真司の話によるとかなり癖のある人物らしいよ」
「覚醒なんてないだろ。力は生まれたときから備わってるものだ」
「でも、不審な点はいろいろあるだよ。真琴さんの話に因ると麗華さんの背中に傷があってそこから瘴気を感じたって。本人は野犬に襲われた傷だって言ってたらしいけど、野犬の傷跡から瘴気を感じるのは変だろ」
「……瘴気を感じた?」
「他にも幾つか気になる点がある。菊華さまも姪だと認めるだけの、何か核心があったんだと思うよ。だからこれからは、麗華さんに変に突っかかるのは止めなよ」

 何の力もないのに、本当に藤森家の一族なのだろうか。覚醒する事なんて本当にあるのだろうか。
 もし本当に藤森家の者だったら、今まで自分がしてきた態度は、許されるものではない。

 色々考えていると頭が痛くなり大輝はベッドに倒れた。

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2009.8.18

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