一章  二話 森にて





 いつもと同じ朝だと思っていたが、今日はいつもと違う朝になった。朝食の前に日課になっている石占いやると、その結果が驚くべきものだった。間違えかと思って、震える手で本来は禁じられている二回目をやってみたが、何度やっても同じ結果が出た。
「まさか。そんな……」
 本家に誂えられている自分の部屋から飛び出して、隣の真司(しんじ)の部屋に許可なく戸をあけて入る。
「し、しん、真司!」
 畳の上に転がって雑誌を読んでいた茶髪で中性的な顔立ちの少年は、顔を向けると嫌そうな顔をする。
「ちょっと。優斗(ゆうと)。勝手に僕の部屋に入らないでよね」
「そんなこと言ってる場合じゃ、ないんだよ! 見てよ、これ!」
 そう言うと、手に持っていた占い用の石を床にばらまく。真司の読んでいた雑誌の上にも石が転がってきた。
「触るな。いい。今から占いの結果を言うから!」
 雑誌の上の石をどけようとする真司を、普段しない厳しい目で静止させて優斗は畳の上に転がった石が表した結果をよみ始める。
「この、陰華の刻んだ石が陽華の刻んだ石の傍にある。これは、今までになかったことだ! ここ、注目すべきは、この暁の石が二つの石の前にあること。つまりすでに出会っていると言う事。現れたよ! ついにシンカが!」
 転がっていた、真司は眼を大きく開けてから起き上がり、優斗の指さす石をまじまじと見る。
「……ほんと?」
「この俺の占いが、外れたことがある?」
 真司は優斗が今まで一度も外れた事のない優秀な占い師であることを知っていた。
「じゃあ、本当に、現れた!? 嘘じゃないよね! いつ、いつ会えるの!」
「ほら、これ、金の石と木の石。この場合俺らを示す石なんだけどこれが、朝の石と神森の石のそばにある。つまり朝に森で会えるって!」
 優斗と真司は興奮した様子で喜び合う。
「やった!! じゃあ、今すぐ行こう!」
「うん、行こう!」
 真司は興奮した様子で、服を軽く整えるとすぐ部屋を出て行った。優斗は部屋を出る前に占いの石を片づけようと手を伸ばす。そこで、今まで気がつかなかった石があることに気が付いた。
 勘違い、間違えを示す石が中央に置いてある。なぜ、気が付かなかったのか。顔の血の気が引いていく。まさか、今言った占い結果が間違えだったのだろうか。また、よみ直してみるが、結果は合っている。
では、この石は何を示しているのだろう。








 今日も天気は真夏らしい快晴。旅館の料理は最高に美味しくて、麗華は朝からご機嫌だ。この町について早々嫌なことがあったが、そんなことは朝食で吹き飛んでしまった。
朝食を持ってきてくれた仲居に『なんとか鑑定団』でこの町の人が出ていたことを話題に出した。仲居は愛想良く有名な旧家で、この町の花守学校を経営している有名な人だと教えてくれる。話を弾ませて、どの辺に住んでいるのかそれとなく聞き出すことに成功する。
 早速、聞きだした家に行こうと朝からその場所に行ったのだが、なぜかその場所が見当たらない。地元でも有名な豪邸だと旅館の窓から仲居が指をさして教えてくれ、屋根を確認したのに見当たらないのだ。麗華は方向音知ではない。住所が分かれば知らない土地でも何処にでも辿りつけるし、地図の見方もうまい方だ。現に旅館にはすんなり辿り着いた。
妙に思って付近を彷徨っているうちに、森に入ってしまったようだ。不思議な森だと思う。住宅街から少し離れた所を歩いては居たが、こんな鬱蒼とした森は旅館から見た時は無かった。まるで、突然森が現れたようだ。
 しばらく森を歩く。夏の煩わしい暑さも森の中では少し和らぎ、木々の匂いとたま吹く風が心地よかった。そばに流れている小川に手を入れて、暑さを紛らわせようと腕を濡らす。それから、落ちている石を川に投げて遊ぶ。鞄に入れてある母の形見の首飾りを取り出して手に握る。この近くに母の実家かも知れない場所があるということは、昔母もこの不思議な森で遊んでいたのだろうか。小川を上流に向かって歩きながら、幼いころの母を想像する。子供だった麗華よりも好奇心の強い母だったから、きっとやんちゃに遊んでいたのだろう。葉を発見して口に当てて吹いてみる。麗華は鳴らすだけしかできないけど、母は器用に音階を作って鳴らしていた。真似してやってみるがかすれた音しか出ない。
 昔、母と一緒に草笛をしたことを今でも鮮明に覚えていた。そのことに、安堵して手に握っている首飾りを軽く握る。
 
 大丈夫。私はまだ、大丈夫。
 
 草笛を吹いていると、草を踏む音が聞こえてそちらを向く。そこには一人の少年が立っていた。青いシャツに白っぽいTシャツを着た大人しそうだが綺麗な少年だ。少年は呆けた顔をして麗華を見る。不思議に思ったが、自分が葉を口に当てたままの姿であることに気がつき慌てて放す。間抜けな姿に見えたのだと思うと恥ずかしくなって、頬が赤くなる。

「……君、ここで何してるの?」
「散歩だけど?」
 少年は質問してきたのに、なぜか自分の右手のひらを見て左手腕を見ている。それから、麗華にもわかるほど肩を落とし落胆する。
「……ここ、うちの私有地だよ」
「え、そうなの? ごめんなさい、知らずに入っちゃった」
「早く出た方がいい。この森、毒蛇いるから危険だよ」
「毒蛇が居るの? じゃあ早く出るね」
 引き返そうと来た道を見るが、うろうろと歩いていたせいで来た道が分からない。
「……森抜けるのってどっち行ったらいいかな?」
「向こうの方に行くと抜けれるけど、一人で大丈夫?」
「大丈夫。まっすぐ行けばいいのよね」
 少年は少し考える。
「……案内するよ。ここ他にも危険なことあるから」
「ありがとう」
 麗華は少年の方に駆け寄って、少年の案内で歩きだす。
「綺麗な森だね。小川の水も澄んでてすごく綺麗」
「俺も気に入ってる。野鳥やリスとか動物も結構いるんだ。ほら、あの木の上リスが居るの分かる?」
 少年の指さす方を見て、小さなリスを見つけて麗華はその愛くるしい姿に笑う。
「可愛い! 野性のって初めて見た。あ、足早いね。もう木の陰に隠れちゃった」
「……そうだね」
 少年も麗華につられるように微笑む。
「地元の人じゃないよね?」
「ん? あ、うん。夏休みに入ったから旅行に来たの」
「こんなところに? 有名な観光所じゃないよね」
「ちょっとね。事情があって。でも、花とかで有名でしょ?」
「事情って?」
「たいした事じゃないよ」
「言いづらいこと?」
 やけに聞いてくると不思議に思うが、隠すようなことでもないと思う。
「お母さんの実家かも知れないから来たの」
「実家かも知れない?」
 
「優斗!」
 反対側から、茶髪の少年が走ってくる。
「そいつ!?」
 それから麗華の方を見て、満面の笑みを向ける。中性的な顔立ちの綺麗な少年で、思わずドキッと胸の鼓動が速くなる。優斗と呼ばれた少年は、今にでも麗華に飛びつきそうな勢いの少年の腕をつかむ。
「真司、落ち着いて違うみたい。ほら、確認してみなよ」
「……違う?」
 真司と呼ばれた少年は、右手の手のひらを見てからTシャツをめくって腹を見る。それから、麗華でも分かるほど落胆して肩を落とす。舌打ちして麗華を睨む。
「紛らわしいんだよ!」
「真司」
 優斗がなだめるように言う。笑顔から一変した真司の豹変ぶりに、麗華は驚く。
「あんた、なに?」
「……岩澤麗華」
「はぁ? 馬鹿? 名前なんか聞いてないよ」
「真司。彼女は偶々この森に入った人、迷ったみたいだから出口まで案内してる」
「入口に私有地にて立ち入り禁止って立札何本も立ってただろ。目、付いてないの?」
「……ごめんなさい。気がつかなかった」
「真司やめなよ。案内してくるから探すの、つづけて」
 真司は麗華を品定めするように見る。それから、人差指と中指を口に当て軽く息を吹く。麗華は不思議な行動に首を傾ける。
「真司!」
 優斗が声を荒げる。真司は軽く肩を上げ、面倒そうに答える。
「確認してみただけ。気づきもしないなら本当に関係ないやつだろ」
「そうだけど……」
 優斗と真司が呆けた顔の麗華を見る。真司が馬鹿にした笑みを浮かべる。
「ほら、間抜けな顔してる」
「な、なによ?」
 優斗は溜息をつく。
「気はすんだだろ。解きなよ。ごめんね、気にしないで」
 前半は真司に言い、後半は麗華に言う。麗華は真司に馬鹿にされている気がしたが、優斗が気にするなと言うので軽く流すことにした。
「……うん」
「ごめんね。じゃあ、あと少しで出れるから行こうか。真司またあとで」
 優斗は麗華に歩くように促し、麗華はそれに従い歩き出す。
「待てよ。僕も行く」
「え? 探さないの?」
「別に、出口まですぐだろ」
「俺はいいけど」
 軽く睨んでくる真司と困った顔の優斗が麗華の方を見る。麗華に判断を任せているようだ。正直、真司と一緒にいたいとは思わない。だが、私有地に無断で入り出口まで案内してもらっている身では、「付いてこないで」とは言えない。
「私もいいよ。あと少しらしいけど、よろしくね」
「別にあんたについてくわけじゃないし。思ってもないこと言わなくていいよ」
 麗華は円満にこの場を収めようとしただけなのに、予想外のことを言われ、面をくらって目が点になる。
「……ごめんね、こいつ口悪くて。根はわりといい奴なんだよ」
 苦笑いの優斗に麗華は引きつった顔でこたえる。優斗が歩き始めたので、麗華も背に真司の視線を感じながら歩き出す。
 妙な沈黙が続くので、居心地が悪くなった麗華は話を振ることにする。
「……二人は親戚?」
「うん。そんなところ」
「夏休みだから帰省してるとか?」
「俺らは、元々この町の生まれだよ」
「そうなんだ。あ、ねえ。なにかお勧めスポットとかある?」
「お勧めスポット……」
「もうすぐお昼時だし、ランチの美味しいお店知りたいな」
「和食、洋食、中華どれがいい?」
「んー。朝和食だったから、洋食かな……。でも和食も捨てがたい……。でも夜は和食だから、洋食かな」
「それなら、オムライスの美味しい店知ってるよ。連れて行こうか?」
「でも、えっと、優斗君、用事ないの? 私に付き合わせるのは悪い気がする」
 優斗は名前を呼ばれて微かに笑う。
「いいよ、今日は大した用事ないし、ついでに観光案内してあげるっ――わぁ」
 優斗が突然前のめりに倒れる。驚いてみると後ろにいた真司が優斗の背を蹴ったようだ。
「痛いな……」
 訳が分からないと背中をこすりながら優斗が、不機嫌そうな真司を見る。
「なにが、大した用事ないだ。馬鹿かお前。重要な用事あるじゃないかよ」
「なにか、あったっけ?」
 真司が優斗の足を軽く蹴る。
「死ね。それ、本気で言ってるなら今すぐ死ね。むしろ僕が葬ってやる」
「……ごめん、冗談だよ」
 優斗は降参するように両手をあげ、真司は不機嫌そうに鼻をならす。
「つーか、あんたさ。旅行者みたいだけど、何でこんなところまで来たの? 住宅街で観光名所からかけ離れてるじゃん」
 責めるような物言いで話を振られ、麗華は少し逃げ腰になる。
「……家を探してたから」
「家? どこの?」
「藤森って所」
 真司と優斗の表情が少し鋭くなる。麗華は二人の反応に少し驚く。
「何の用事?」
「用事って程じゃないけど……。ちょっと見たかっただけ」
「はぁ? 何それ」
「ほ、ほら。有名な豪邸だって聞いたから。どんなところかなって」
 二人の敏感な反応が恐くて、本当のことを言ったらいけない気がした。
「馬鹿らしい。そんな理由で態々きたの。暇人だね」
 真司は心底馬鹿にしたように言う。
「まぁ、藤森家は有名な豪邸だけど、外からじゃ門があるから何も見えないよ」
「そうなんだ。藤森家に入ったことあるの?」
「あると言うか、ここは藤森家の敷地内だからね」
「えぇ! ほんと!?」
 麗華は驚いたように周りを見渡す。では、ここは本当に母が育って遊んだかもしれない場所なのだ。偶然にも辿りついていたことに嬉しくなって笑う。
「そっか、ここなんだね……」
 母が育った場所を胸に焼き付けるように、周りを見てから小さく深呼吸する。嬉しそうに笑う麗華に、優斗と真司は呆気にとられる。普通興味本位で見にきた家に辿り着いただけで、ここまで幸せそうに笑うだろうか。
「凄いね、知らずに来ちゃった。ねぇ……もう少し見て回りたいなって言ったら怒る?」
「いいよ」
「ダメだ」
 異なる二つの返事が返ってくる。
「ダメに決まってる。こっちは忙しいの。暇人に付き合っていられない。帰れ」
「真司少しぐらいなら、いいんじゃないか?」
「ダメだ。大体、彰華にでも見つかってみなよ、大目玉どころじゃない。こっちが殺される」
「たしかに。あいつ、部外者が森に入るの毛嫌いしてるからな……」
「だろ。つーわけで、あんたはさっさとこの森から出る」
 びしっと、指をさされて、麗華は少し肩を落とす。でも、少しでも母の実家かも知れないところに、来れて良かったと気を取り直す。
「残念だけど、仕方がないよね。二人は藤森家の人なんだよね? 明日とか家に遊びに行ってもいいかな?」
「無理、無理。藤森家は人の出入りうるさいところだから、よそ者が簡単には入れない」
「それに俺達、藤森家の人じゃなくて、分家のようなところの人だから、勝手は出来ないんだ」
「……そっか」
 麗華の落ち込みようをみて優斗は不憫に思う。
「……家の中見てみたいなら、彰華に聞いてみようか? 案外いいって言うかも」
「馬鹿か、何甘いこと言ってるの。興味本位の奴をなんで家に上げなきゃいけない。そういうのって彰華の一番嫌いそうなことだ」
「そうだけど……」
「だけども何もないだろ」
 もめ始めた二人をみて、麗華は慌てて止める。
「いいよ、ごめんね、無理言って。森に入れただけで十分」
「そう?」
「当たり前だ。ほら、もう門も見えてるんだし、早く行くよ」
 真司が前に出て歩き始める。麗華は残りの道をかみしめるように歩いた。
 森との堺線に木で出来た塀が立っている。真司に扉を開けてもらって外に出ると、森から一変して住宅街の風景に変わった。左右に長く続く塀を見てみると、先が何処までも続いておりその広さをものわたっていた。
「向こうの方に行けば駅に出れる。さっき言ったお店は『ムーの店』って所、駅前にあるからすぐわかると思うよ」
「うん、ありがとう」
 麗華は優斗と真司にお礼を言い手を振って別れた。そのあと、優斗の言った方向には行かず、長く続く塀に沿って歩いてみる。家の門を一目見てみようと思った。
 門の前に辿り着くと、その大きさに驚く。まるで江戸時代にタイムスリップしたような立派な門構え。言われた通り豪邸は見えなかった。『藤森家』と書かれた木で出来た表札にそっと触れる。
 本当に母の実家かもしれないし、違うかもしれない。
 入って事情を話してみようか。でも、先ほどの二人には言わないで、逃げたのに今更言えない。

 ここに、祖父母がいるのだろうか。もし、居るなら母の死ぐらい伝えるのが、娘の役目ではないだろうか。

 表札の触れてる手に力が入る。もう少し、普通の家なら入りやすいのに、こんな立派な家では気後れしてしまい入り辛い。
 まだここに滞在するのだから、この大きな門を叩くだけの気合いが入ったら来よう。
 麗華はもう一度門を見上げてその場から離れた。




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