私の可愛い未来のご主人様 その三




「さすがお嬢様はにこにこ笑っているだけで花に為るよな」
 結納の式が終わり彪毛村に移住して三日の昼、赤毛を少し跳ねて遊ばせている少年が私の前に来てそう言った。これは明らかに私への果たし状だ。彪毛村の凪沼家は予想を上回る狭さ。なんと、お手伝いさんが居ないのだ。料理を作るのも部屋を掃除するのも、女の仕事。私は産まれてから料理なんて作った事はない。あるとしても学生の時の調理実習。掃除なんてもっとした事がない。
 何もできない私を、未来のお義母様は少し困ったように笑って、いい所のお嬢様に嫁いで頂くのだもの、気にしないでと言う。お義母様は嫌味で言っているのではなく、私の家との位の違いを知っているので、逆に何かさせるのを悪い事だと思っているようだ。
 何もできない事を恥じていると、出てきたのがこの少年。十六歳で田矢と言う雅仁様の従兄だ。凪沼家に来た時から何かと突っかかって来る。まるで小姑のようだ。
「お褒め頂き光栄ですわ」
 ふふふ、と微笑む。黙れこのクソガキ、お前程度とは育ちが違うんだよ!
「ただ飯食いっていいよなぁ。ごろごろしてそれ以上丸くならないでくださいよ。床が抜けてしまう」
「まぁ、そのような心配をなさるなど田矢様は、凪沼家の床が頼りないと申されますの?」
「お嬢様の実家の豪邸よりは頼りないだろうな」
「わたくしの実家はいつも軋む音がしますわ。凪沼家の方が真新しいですもの」
「……図々しいおばさん」
 ぼそりと禁句を言う。このガキが。
「お嬢様、そんな恐い顔すると、眉間の皺が戻らなくなるよ。老け顔が更にふけるのは雅仁が可哀そうだ」
 ムカつく。チクチクと毎日挨拶の様に文句を言う。私はまだ二十四歳。そんな戻らなくなるような皺があるわけないじゃない。老け顔なんて失礼極まりない。
「お黙りなさい!」
「お。ばばぁが切れたー!」
 田矢は笑いながら逃げる。このガキ。今日と言う今日は許せない。ただ飯食いと言われるのも気に入らない。一体いくら持参金を持ってきたと思っているの。私が作れる術札だって高価なのよ。まだ表だって行動していないけれど、私が嫁いだら凪沼家の利益がどれだけ上がると思っているのよ。
「有言なる我が言霊、以下の事を実行せよ。田矢の足を止めなさい」
 我が家に伝わる術は言霊。言葉に呪力を放つとその事柄は実行される。廊下を走って逃げようとした田矢の足が廊下に縫いつけられた様に止まり、身動きが取れないでいる。どう痛みつけてやろう。術者は総じて力社会。このガキと私では、遥かに私の方が強い。二度と私に刃向かえない様にお灸を添えて上げましょう。
 喋れない様に口を封じ、足をゆっくりと開かせる。股が極限まで開いて痛そうにしているのを、くすりと笑う。
「田矢様は身体が固いようですわ。訓練時にストレッチを確りとした方がよろしいですわよ。微力ながら、わたくしが手をお貸しいたします」
 田矢の腕を背中側に回す。
「こうやって腕の筋を伸ばすのも大切な事でしてよ」
「綾奈さん? なにしているの?」
 ほほほと笑いながら、腕をひねっている所に未来の主人が現れた。すぐさま、田矢にかけた術を解く。
「雅仁様ごきげんよう。田矢様にストレッチを教えて差し上げておりました」
「嘘付くな! この鬼ばばぁ! 気を付けろよ、雅仁! この鬼ばばぁ、恐ろしく凶暴だぞ!」
「まぁ、田矢様。品のない言葉をお使いに為らないでくださいませ」
「田矢、綾奈さんが凶暴なのは僕も分かってるよ」
 聞き捨てならない。
「雅仁様、そのような事を言われるとわたくし心が痛みます」
 雅仁様は幼い顔で苦笑いする。
「本当の事だし……。綾奈さんに話があるんだ。ちょっといいかな?」
「はい」
 未来の主人の後ろを歩いて、誰も使っていない部屋に着く。
 私の方が、背が高いから立ったままだと私が見下ろす形になる。その事が気に入らないのか、未来の主人は話す時いつも座る様に勧めてくる。
「田矢とよく話すの?」
「良くと言うほどではありませんわ」
「なんか、綾奈さん田矢と話してる時生き生きしていたから……」
 田矢でストレスを発散させていたんだから、それは生き生きもする。
「田矢様と話す事は、わたくしほんの少し煩わしく思います」
「そんな風に見えなかったよ。…………あまり田矢に近づかないで欲しい」
 未来の主人が言い辛そうに言う。でも田矢は一応凪沼家の近い親族。親しくしておいた方が後々の為だ。
「何故でしょう」
「…………一応、僕の婚約者だから」
 あ。そうか。田矢は未来の主人には女好きで色男と映っているのね。私には唯の子供で対象外もいい所。更に言い寄られる可能性なんて皆無だ。
 凪沼家では澄ました顔をして、跡取り息子として沈着冷静の印象がある未来の主人である少年は、私が田矢に遊ばれると思っているのね。もしくは私が、火遊びするかもしれないと。
 『一応、僕の婚約者』と言う言葉もなんだか少しくすぐったい。
「安心してくださいませ。わたくし、未来の主人以外の殿方に興味はございません」
 未来の主人の頬が淡い桜色に染まる。あらあら。可愛らしい。十四歳なんて興味もないけれど、少し遊んでみたくなる。未来の主人の膝を指で軽く触る。
「ですから、雅仁様。……可愛がってくださいましね」
「!!!」
 吐息を洩らす様に囁くと、未来の主人は林檎の様に顔を赤くした。
 ふふふ、美味しそうな林檎だわ。




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