私の可愛い未来のご主人様 その二




 終わった。終わった。私の人生終わった。もう、取り返しがつかない。私の健やか家族計画は紙屑、襤褸屑と化す。
「……僕だって同じ気持ちなのに、なんで貴女の方が泣くのさ」
「お黙りなさい。子供には到底分かり得ない大人の事情がありますの」
 結納の式が滞りなく終わり、庭で散歩するように言われて私の未来の主人とで外に出た。その後、左手の薬指にハマっている指輪が虚しく思えて泣いてしまう。
  結婚なんて誰でもいい。そう思っていた。誰の子でも私の子が産めれば、その子に愛情を注げる。それだけが結婚の希望だった。なのに、それが四年もお預け。周りの親類友人の殆どは子供が居る。仲良し公園デビューに憧れていたのに、私は最低でも四年も遅い。
 それだけじゃない。十四歳。十歳も年下の子供の子守りをしなきゃいけない。結納の式の後私は彪毛村に移住する事が決まっている。未来の妻としてそこで生活する事になっているのだ。
 若い妻は喜ばれる。でも老いた妻は疎まれる。そんなの何処の家でも同じでしょう。もう、終わった。
 木の影にしゃがみ込み涙を流していると、未来の主人は懐から手ぬぐいを出して私の涙を拭く。
「決まった事は変えられない。僕にはおばさんを幸せにしてあげられないけど、村では好きにすればいいよ」
 涙も引っ込む暴言を吐かれた。性懲りもなく、またおばさん発言もさることながら、幸せに出来ないと公言して、未来の主人公認で浮気すれと言っている。
 腹立たしい。私を何だと思っているの。
「たとえ雅仁様に満たされる事がなくとも、わたくし、妻として貞操は守るつもりです」
「…………そう。僕は」
 言い辛そうに視線を逸らす未来の主人を見て、ある事に気が付いた。未来の主人にも好きな人が居るのだ。懐かしい思春期の激しく燃えて消え失せる、せつない恋。だからこんな十歳も年上の未来の妻なんて相手に出来ないと、そう言う事だ。
 それもそうだ。私も被害者ならば未来の主人も被害者なのだ。
「第一子はわたくしにくださいませ」
「え?」
「嫁いだ先で跡取りを産めない事は女には苦痛でしかありません。わたくしが雅仁様にお頼みするのはそれだけです」
 恋愛を邪魔なんかしない。でも、嫁ぐからにはこれだけは譲れない。そう言うと未来の主人は気分を害したように憤慨する。
「僕は浮気なんてしない! 父や田矢(たや)と一緒にされると思うと不愉快だ!」
 そういえば、未来の主人の父は女好きと言う噂がある。確かに顔も凛々しく、女性に優しそうだ。未来の主人が大人になればこんな顔に為るのだろうかと思いで見た事しか覚えていない。
「田矢様?」
「僕の従兄だ。村一番の色男で見る度に女が変わってる。一族皆女好きと、陰で言われる。……凪沼(なぎぬま)家に嫁ぐ女は不幸に為るそう囁かれてる」
 知らなかった。結納の式で見た時の未来の義理の両親は特に不幸には見えなかった。というか、何処の旧家も同じだろう。妻を真剣に愛して一緒に愛情で家を守るのではなく、協力者として一緒に伝統と血と家を守る。
 その辺の違いがまだ分からないのだ。十四歳。まだ結婚に憧れがあるのかしら。純粋で真直ぐな気持ちがあるのが少し羨ましい。私が現実にぶつかり遥か昔に捨てたものだ。
「幸せに出来ないと思うのは噂の所為でしょうか?」
「…………ごめん」
 くすりと笑みがこぼれてしまう。
「雅仁様。わたくし、噂などに惑わされなどいたしませんわ。それに初めから幸せになれないと言われるも好みません」
 大人の私が、嘆いてばかりではいけない。結婚するまでに四年もある。物は考えよう。幸せにして貰うのではなく幸せにしてあげよう。
 この感じならば、まだ好きな人も居ないはず。浮気はしないと言うのだから、私も良い妻に為れるように努力しよう。

 そう。逆、紫の上って素敵じゃなくて?




top≫ ≪menu≫ ≪back≫ ≪next

inserted by FC2 system