二章 五話



 麗華たちは、荷物の配送の準備を終えると、菫の石が埋まっていると言う場所に向かった。この街を歩くのも、もうないのかもしれないと少しだけ感傷に浸りながら麗華は歩いた。菫の石が埋まっていると言うのは麗華の家から数分の公園だ。幼いころよく遊んでいた公園に入るのは久しぶりだ。
 公園にある大きな柳の下に埋められているらしい。家から出る事の出来ない菫は、麗華に唯埋められた石を掘り起こせばいいと教えた。術が施されているのなら、掘り起こすのに呪文が必要だと思ったが、要らないらしい。麗華が掘り起こす事で術が解ける様に仕組まれていた。
 石を取り出して、菫に渡せばあとは華守に帰る予定になっている。麗華としては、一日ぐらい実家に泊り地元の友人たちに別れを言いたかった。だが、石を取りだす事によって、今まであった結界が解かれるなら、尚更ここから離れて安全な華守市に戻る必要がある。

 まだ暑さの引かない日中の公園にいる、子どもたちはそれでも元気よく遊んでいた。そんな中、スコップをもって柳の下に立つ麗華たちは怪しい人のようにみられていた。
「タイムカプセルを探している人風にすればきっと通報とかされないと思います……」
 子供の母親達が、麗華達に興味ありげな視線を向けている。
「そんなびくびくしなくても大丈夫よ」
 真琴は視線を送って来る母親たちに愛想の良い笑みを浮かべて手を振る。真琴の美しい笑みを見て、母親たちは黄色い悲鳴を上げていた。
「麗華。ここから、強い力を感じる。ここを掘ってみろ」
 蓮が柳の下の土に触れて、麗華を誘導する。
「この辺ですかね?」
 力を感じると言われても、いまいちわからない麗華は蓮の言う場所を掘ってみた。十センチほど掘ると、菫色の淡い光が見えた。淡い光が文字を描き始め回り始めた。掘れば掘るほどその文字は大きくなり広がっていく。
「これ、掘り続けて大丈夫でしょうか?」
「嫌な感じがするの?」
「嫌な感じはしないんですけど、なんか大丈夫か不安に為ると言うか」
「そう。それなら、掘り起こさないでそのままにしておきましょう」
「え。それじゃあ、菫君が困ると思います」
「菫さんが困ろうと私は困らないし、麗華さんが不安に思うようなら何かあるかもしれないわね」
 菫がなにか企んでいると言う事だろうか。でも、菫がここから解放されたいと思っているのなら、解放させてあげようと思った。それに、元々菫は何か企んでいる様子がある人物だ。それが何か分からないが、とにかく最後は麗華の味方ではいてくれると言っていた。
 麗華はそのまま掘り続ける。スコップが固い何かに当たり弾き返された。その正体を探そうと周りの土をどけると、菫色の石が出て来た。
「アメジストかな?」
 手のひらほどの大きさの紫水晶に文字が彫られている。触れると神様だったという父と同じ気配がした。それから頭お腹に言葉が流れてきた。和歌を詠んでいるような、独特の響きのある言葉で何を言っているのか意味が理解できない。
 菫の石に触れている手を離そうと思ったが、手が動かない。流れる言葉が終わるまで、手を離すことが出来ないようになっていた。不思議と嫌な気持ちにはならなかった。父の字のようにうねうねとミミズが這いつくばったような、響きだと思ったら言葉が頭の中で字に変換された。字に変換されると、意味が理解できるようになる。
 意味は術者除けの範囲を指定と、菫の動ける範囲の指定を事細かに語っている。二回繰り返すと、言葉が消えた。
 父がかけた呪文なのだろう。紫水晶を持ち上げると地面が揺れた。紫水晶から出ていた文字が揺れと共に空気に溶けていく。震度一度ぐらいの小さな揺れが一分間ほど続きおさまった。麗華を心配した、真琴と蓮が彼女を支えていた。
「地震と共に術がほどけたな。空気がまるで違う」
「えぇ、すごいわね。華守市の結界並に強力な結界だったから、土地にまで影響があるのね」
 手に持っていた紫水晶の方を見ると、いつの間にか手から消えていた。
「あれ? 私、手にアメジスト持っていましたよね?」
 大きな紫水晶を落としたとも思えないが、あたりを探してもどこにもない。確かに手に持っていたはずだ。誰かが麗華から奪った気配もない。真琴と蓮も一緒になって探すが、紫水晶が消えていた。


 とにかく、家に帰り菫に話をしようとなり、公園から家に向かった。その途中で、麗華の隣に住んでいる司とばったりと会った。夏らしいTシャツを着た司と会うのは、一度実家に戻って以来の約一週間ぶりだ。
 なぜか司が麗華と顔を合わせると、左右を見渡して少し慌てた様子だった。そのことを不思議に思いながら、麗華は司とあいさつを交わした。
「今回引っ越しを手伝ってくれることになった、こちらが水谷真琴さん、こっちらが土屋蓮さん」
「どうも、隣に住んでいる司です」
 司が頭を軽く下げると、真琴が微笑みながら挨拶をする。
「水谷真琴よ、麗華さんから話は聞いているわ」
「え、麗華、何か変な事を話していないといいんですが」
 司が遠慮がちにそういうと、麗華の方を見た。麗華と目が合うとなぜか顔を赤めて視線を逸らした。
「土屋蓮だ」
 蓮は一言だけ言うとなぜか、横道を睨み始めた。
「これから家に帰るところ?」
 麗華が聞くと、司は首を横に振る。
「ちょっと寄ってから帰るところがあって」
 ちらっと、司は蓮が見ている横道を見てから言う。
「そっか……。あ、扉、有難う」
「いやいや、お安い御用で、一千万は指定の銀行口座へ頼むよ」
「子供銀行でもいい?」
 冗談を言い合い笑いあう。
「私これから、家に寄ったら、華守市に帰るからもしかしたら、ここでお別れかも」
「マジで? 母さんとかに会った? 麗華の事を心配して会いたがっていたよ」
「家にいるかな? もしいたら挨拶していきたいけど」
「……連絡しておくよ。帰る前に絶対家によれよ」
「うん、わかった。それまでに司の用事は終わっているかな?」
「そんなにかかる用事じゃないから、すぐ帰るよ」 
「じゃあ、またあとで」

 司に軽く手を振り麗華は家に向かった。


「こえぇ」
 麗華たちが家に向かい別れた道で、司が小さくつぶやく。真琴と蓮は気配を消して傍に隠れている、大輝たちが横道に隠れているのを見抜いていた。それに麗華の初恋が司だと、あの二人も知っているのだろう、一瞬目が鋭く光っていた。
「行った?」
 横道で隠れていた、大輝、真司、優斗の三人が、麗華たちの姿が見えなくなったのを確認してから憂鬱そうな顔で出てきた。
「気が付いていたな」
「うぁ、絶対後で怒られる。訓練三倍だ」
「これ、水谷さんが後ろにいる人に渡してって」
 別れ際に、真琴が司にさりげなく渡してきた紙を優斗に渡す。
『結界が解けた注意しろ』
 真司が内容読んで、周りを見た。先ほど地震がありその直後、結界が解けた気配があった。そのため、麗華の家に急ごうと四人は急いでいた。
「やっぱり、菫さんが関係していると思う。菫さんが結界を保っていたはずだし」
「あのわかめ仕事を放棄したって事か?」
「仕事を放棄したわけじゃなくて、必要が無くなったんだよ。麗華がここから離れるのに、結界を張り続ける必要はないだろ?」
「それじゃあ、もう術者除けはされていないのか」
「おそらく」
 周りの気配を読み取っても、特に妖魔が近くに居るような気配はない。真司が優斗から紙を受け取り何気なく裏を見る。

『訓練五割増し』
 そう書かれていて、三人はさらに肩を落とした。

「俺が、術者だと気が付いていると思う?」
 司が聞くと、真司たちは頷く。
「真琴さんや蓮が隣の苗字を確認しないとかありえないと思うから、気が付いていると思う」
「この紙を渡すように言ったのも、態とだろうね」
 真琴ならば、軽く札を飛ばして指示を出せるし、携帯電話もあるのでメールも使える。そこを、司が何の疑いもなく紙を受け取り渡すことを承知した、ことで確信したのだろう。
「だよなー。とにかく、家に向かうか」

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2014.1.9

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