二章 三話




 麗華の隣人が術者だと言う情報は初耳だった。真司と優斗は司と会った事のある大輝を見た。大輝がこの中で一番驚いた顔をしていた。
「お前、術者だったのか?」
「大輝、会った事あるのに気が付かなかったのか?」
 呆れた顔で見られて大輝は言い訳する。
「こいつの苗字なんて、聞いてなかったし、式神も見えていないようだったし」
「何で名前ぐらい確認しないんだよ。基本だろ」
「そうそう、家に来たから表札見られただろうと思っていたけど、全く気が付いていないようだったから。初め普通の人かと思ったよ」
 司にまで言われて、大輝はむっとする。
「麗華の家の隣に術者が住んでるなんて誰もおもわないだろ!」
「普通逆だろ。あの麗華の父さんが、フォローできる人間を傍に付けないわけがない。俺の家、麗華の父さんに言われて引っ越したんだし」
「そんなのしらねーよ。麗華の父親なんて会った事ないし、力の強い術者なんだろうって想像ぐらいしかあの時出来ていなかったんだよ」
「杷保君は、じゃあ学校で麗華さんのフォローしていたのか」
「そう、といっても、別に何かと戦う必要とかはないから、普通に友達なだけだけどね」
「麗華には秘密にしてんでしょ。何で自分が術者だって言わないの?」
 真司の言葉に、司は困ったように笑う。
「だって、逃げ道あった方がいいだろ?」
「杷保が逃げ道ってなんだよ」
「麗華は、今まで術者とは関係なく生活してきている。それなのに、術者の中心とも言える場所に、入って生活して行くんだ。感覚が一般人なのに、術者の決まりとか、押しつけられて窮屈になって身動きがとれなくなる時が絶対来ると思う。あいつ、周りに求められたら、嫌って言えないし、変に責任感とかあるから、わがままも言わない。麗華の父さんいなかった時に、自分だけは確りしようと思ったらしい。だからさ、事情は知っているけど、知らないふりをしている友人がいた方が、肩の力抜いて愚痴る事も出来るだろう。実際、愚痴メール何回かきたし」
「愚痴メールなんて送ってたのかよ。どんな内容だよ、言えよ」
「家が広すぎて迷うとか、毎日豪華すぎる食事で太りそうとか、正座で足がおかしくなりそうとか、着物って意外に着ると辛いとか」
 麗華からたまに送られてくるメールの内容を司は思い出しながら言う。初めの頃のメールは親戚にあえて嬉しいとか、初めて着物着たとか、でっかい御屋敷で生活する事になったなど、興奮気味のメールが良く届いていた。
「もちろん、術者については何にも書かれていなかったけどね」
「ずいぶん、麗華の事分かったような口聞くんだね」
 麗華と一緒に生活したのは約三週間、それでも濃い三週間を共にしたと思う。麗華の性格など、改めて言われなくても分かっている。自分だけが知っていると言う様な口ぶりで麗華の事を語られるのは、面白くない。
「そりゃ、小さいときから、一緒にいるから……。というか、さっきっから、三人で睨むのを止めて欲しいんですけど。俺は、友人として、麗華を心配してんの! 別に君たちと違って、下心ないから」
「僕たちだって下心なんて、無い。守護家なんだから神華を気にかけるのは当然だろ」
 司は少し困った顔をする。
「でも、守護家って、神華に子供産ませる為にいるんだろ?」
「はぁ!?」
「え。知らないの? それとも、気がつかないふりしてるとか?」
「こ、子供産ませる為ってなんだよ! んなこと、聞いてねぇ!」
「麗華、メールで自分の部屋が離れにあって、鍵もない、しかも自分の部屋に行く途中に、男子の部屋の前を通るって書いていた。って、つまり、藤森的には何時でも麗華をどうぞ。て的な配置になっていんだなって。麗華はそう言う系に疎いから、無理矢理とか乱暴されてないと良いなと思ってた」
 藤森家の麗華の部屋は確かに離れの奥にある。そして、麗華の部屋に行きつくまでに、守護家の部屋の前を通る。離れには他に住んでいる人は居なく、母屋から少し離れている。岩本家の式神が各部屋の前に配備されているが、物音は母屋までは届かない。
「そんな事をするわけないだろ!?」
「神華って、陽の神華は種馬で、陰の神華は子供産み機にされるって、麗華の母さんが言ってた」
「酷い例え方だ」
 心底心外だと、はき捨てる様に真司が言う。
「でも、先に子供を作った神華が次の藤森の当主になるんだろ? それで、先に子供を作った神華側の守護五家は各家の当主になれる」
 司の言葉に、三人は苦い顔をする。守護家である三人はその話は知っていた。術者の回復薬である蜜を生み出す事の出来る、藤森家は短命が多い。蜜を生み出す行為は寿命を縮めるからだと言われる。その中で、蜜の濃い者が当主に選ばれるが、神華が存在する際は先に子孫を生み出した方が、次の当主に選ばれる事になっていた。藤森家の血縁が減っている今、子供が産める体ならば子孫繁栄の為に早いうちから子作りが推奨されているのは確かだ。
 そして、力の強い守護家の間に生まれる子は、濃い蜜を持つ子が生まれやすい。
 まだ、神華に成ったばかりの麗華にその話は持ち上がっていないが、もう少し落ち着いたら自然とその話は持ち上がって来るだろう。
「術者はさ。最初からそう言う英才教育受けているだろ。お家繁栄の為、強い術者の子を産む為に政略結婚も当然って。でもさ、麗華の母さんがそういうは嫌いで、麗華はそういうのとは無関係でいて欲しいって。あ。俺に言ったわけじゃないよ。親たちが話しているのを聞いちゃって。一般的な感覚で生まれた麗華はきっとそう言うのは理解できないと思う」
 麗華が術者達の掟や、考え方を不思議に思っている所があるのは真司達三人も分かっている。藤森家に来た初めの頃は、掟だからという言葉を聞くたびに、奇妙な世界に片足を入れてしまったという顔をしていた。真司達の常識は麗華にとって非常識だと言っていた事もある。

「何が言いたいんだよ」
「麗華に無理強いはしないでほしい。馴れない事ばかりで、麗華は辛いと思う。君たちは、陰の神華が現れて有頂天だろうけど、麗華は違うと言う事をちゃんと覚えておいてほしい。身動きとれないぐらい周りを固めないで、逃げ道を必ず作ってあげてほしい」
「あんたに言われなくても、そんなの僕たちだって分かってる」
「本当? じゃあ。なんでここにいるの? 麗華は、君たちが来る事を言っていなかった。麗華、陰の神華から少しでも離れたくなくて、黙ってついて来たんだろ?」
 図星されて、真司は言葉を詰まらせる。
「俺達には、神華を危険から守る役目がある。だから、麗華が来ないでといっても、陰から守る必要があるんだよ」
 優斗が代わりに自分達が今ここにいる正当性を言うが、司は呆れたように首を振る。
「そう言うのを、身動きとれないぐらい、周りを固めるって言うんだよ」
 真司たちは、麗華の身動きが取れないほど周りを固めている気なんて全く無い。自分たちは、陰の神華を守る為の存在なのだから、常に傍で守りたいと思っているだけだ。麗華に無理強いをしているつもりも全く無い。だが、陰の神華が麗華だと分かって嬉しかったのは本当で、周りが見えていなかったかもしれないと思えて来た。祭りの時、麗華は良くため息を吐いていた。神華だから花守市に留まり、転校する事に決まった時、ほんの少し顔が陰った気がした。でも、麗華は嫌だとは一度も言わなかったし、神華の仕事を積極的に覚えようとしていた。それが、麗華の負担になるとは全く思わなかった。
 それが、守護家にとって当然のことだからだ。
 司に言われて、守護家の自分たちと、一般人として育ってきた麗華との間に感覚のずれがある事を、改めて認識させられる。

「……わかったよ。僕たちだって、麗華に無理させたくないし、あんたが言った事、ちゃんと覚えておく」
「俺も……前に占った結果が、本当になってほしくないし」
 優斗は、麗華が藤森家に来た初めの頃、占った結果を思い出して頷く。麗華の恋愛運を占った時に、一度は上手くいくが、麗華の方が周りの変化に耐えられなくなり崩壊すると出ていた。それが、この事を指していたのならば、本当に気を付けなければいけないと思った。
「俺は、元より無理矢理なんてする気ねぇし。お前の考え過ぎなんだよ! 偉そうに、保護者面しやがって、ムカつく野郎だ。お前! 麗華の何なんだよ! 惚れられていたからって、でかい面してんじゃねぇよ!」
 大輝が苛立ちを司にぶつける。
「え?」
 今まで落ち着いた様で三人を諭す様に話していた、司の目がきょとんと呆けた顔をしてから、驚き顔に変わる。
「えぇぇ!!! 惚れてたってなに!? 初めて聞いたんだけど! え。麗華って俺の事好きだったの!?」
「馬鹿!」
「阿呆!」
 大輝の頭を真司と優斗が殴る。麗華が司に失恋をした事は周知の事だったが、それをここで本人に言う必要が何処にある。しかも司本人は麗華から告白された様子は全く無く、その事実に驚いてほんの少し頬を赤めていた。
 先ほどからの口ぶりから司が麗華の事を気にかけている事は分かる。そんな相手に態々、麗華が惚れていたと言う事を言わなくてもいい。真司と優斗は余計な事を言った、大輝に腹を立てる。
「全く気が付かなかった。麗華、俺の事を恋愛対象にしてると思えなかったし。だって、あいつ俺の部屋で平気で寝たりするし、海ちゃんとの間取り持ってきたりしたから、眼中にないって凹んだのに、あー、マジか、俺の事好きなのか!」
 どこか嬉しそうに司が言う。
「ちょっと、なに勘違いしてんの。麗華はもう全くもってあんたの事好きじゃないから。彼女がいるんだろ、引っ込んでろよ」
「いるけど、海ちゃんとは上手く行ってるし、めちゃくちゃいい子だし、可愛いし、好きだけど。麗華と海ちゃんって比べる次元が違うと言うか、今まで麗華中心に生活していた俺としては、やっぱり嬉しいし。俺の初恋は麗華だし」
「麗華さん中心生活は二度とないから、麗華さんの事は俺達に任せて、『海ちゃん』とお幸せに。それに、麗華さんの性格上、友人と付き合っている杷保君と付き合うなんて、世界で男が君一人だとしてもあり得ないと思うよ」
 ぽんと悩む司の肩を優斗が叩く。もう片方の肩を真司が頷きながら軽く叩く。
「そうそう。麗華が略奪愛をするとは思えない。だからあんたが、悩む必要は全く無いよ。悩むだけ時間の無駄。良かったね」
 優斗と真司が良かったと微笑んで言うが目は全く笑っていない。
「……わかっているけど、牽制がめちゃくちゃ恐いなぁ……。手に力を入れるのは止めてください。肩が痛い、です」
 二人に囲まれて、小さくなる司は弱弱しく言う。
「麗華を惑わせるような事はしないよね?」
「もちろん。俺は、麗華を困らせる事はしないよ。今のも聞かなかった事にする。彼女とうまくいっているし!」
 真司と優斗は肩から手を離す。司は掴まれていた肩を軽くもみながら、三人を見てわざとらしいほど大きく息を吐いた。
「麗華、これから大変だなぁ」



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2013.7.11

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