神華 一章 七十五話




 夏祭り会場は出店の屋台がずらりとならび、広場には盆踊り会場が設置されていた。十時から始まる祭りはまだ始まっていないが、公園の周りには、すでに人が集まり始めていた。その中に浴衣を着た着飾った女の子が多い。手に『彰華さま』と書かれているうちわを持っている子が数名見当たるが、あれは何だろうと不思議に思う。
 麗華は真司と大輝と一緒に祭りの会場に来ていた。麗華と同じ様に真司と大輝も浴衣姿だ。屋台から美味しそうな匂いがして、麗華は昼に何を食べようか屋台の前を通り盆踊り会場の脇にある関係者席に向かう。麗華より先に来ていた、彰華と守護家女子陣と蓮と真琴が何か話し合いをしていた。
 少し離れた場所からも、彼らは目立っていた。彰華も夏祭りらしい浴衣姿で、彼を囲う様に居る守護家女子陣は色とりどりの華やかな浴衣で皆一様に容姿が整っている煌びやかな一団だ。それに、真琴は男のしておくのがもったいないほど美しい容姿、眼鏡に鋭い目つきの蓮だが身長が高く男らしい。
 普通の人は遠巻きにしか見られないような、気軽に話しかけてはいけない雰囲気が彼らには漂っていた。
 実際に会場スタッフの男達に、守護家女子陣の浴衣姿をうっとりと見つめている人が数名目に入った。
 鮮やかな紫色の花の咲いた浴衣姿の麻美や、蝶の舞う黒生地の浴衣姿の莉奈の傍に行けば、比べられそうで足が止まる。麗華が着ている桃色生地の花柄の浴衣も可愛いし髪も浴衣風に結ってくれているが、美男美女の揃うあの場に行きづらい。

「なに止まってるの?」
 真司が足を止めた麗華を不思議そうに見つめる。紺色の浴衣を着た真司の顔を見ると、長いまつげに少し茶色の髪、一見女の子かと見間違えそうになるほど整った綺麗な顔立ちだ。そう言えば彼も美男子だと諦めてため息がもれる。
「なにさ。ため息なんかついて」
「なんでもないよ」
 最近、藤森家や守護家の間を行き来していたので、普通の人と接する機会がなかった。外に出て他の人を見ると余計に、彼らの容姿が整っていると感じてしまう。

 彰華達の元に行くと今日の予定を皆で改めて確認する。裏方の手伝いと言っても麗華がやる事は殆どない。藤森家主催の夏祭りだから関係者席で見て居て欲しいと言われた事ぐらいだ。彰華は特設ステージで司会をする事になっていた。その補佐に麻美が付く。
 司会進行や祭りの話を打ち合わせが始まった。前に麗華も手伝うと言ったが、初めての祭りを唯楽しめばいいと菊華らから言われていた。それでも何か出来る事があると思うと手伝うと言い張ったのは麗華だ。でも実際、行事ごとの参加は初めてで、どのようにすればいいか良く分からなかった。

「麗華さんどうそ」
 話し合いをしている所に、こっそりと真琴が椅子を差し出してくれる。日陰で話してはいるが、真夏の気温は蒸し暑かった。でも、皆立って話しているのに、一人だけ座るのもどうかと思い遠慮する。
「遠慮しないの。足だってまだ完治していないでしょ」
 確かにまだ、足の傷は完全には癒えていなく長時間立つ事がつらい。真琴に手を差しのべられて、周りを見ると、話し合いをしながら目線で座るようにと他の人も勧めてくる。
「じゃあ。お言葉に甘えて」
 椅子に座って他の人の話しあいの続きを聞いていた。貰った予定表を見ながら出し物を見る。ビンゴ大会やのど自慢大会、浴衣美人コンテストなるモノまである。面白そうだと思いながら見ていると、話し合いが終わった。彰華たちはステージを見に行くと言って居なくなり、大輝も大輝の火山家の出し物に不具合が出たと呼びだされて、しぶしぶ離れて行った。蓮は会場の警備に戻り、麗華の隣には大輝が帰るまで護衛役になった真琴と、真司の二人になった。

 祭りの開催合図の花火が上がり、特設会場に人が集まってきた。会場の席を色とりどりの浴衣を着た女の子たちであっという間に埋まっていく。中には男の姿もあるが八割は女の子だ。アイドルのライブでもあるかのような盛り上がりで、公園の入り口で見た『彰華さまうちわ』を持った女の子が大勢いる。中には守護家女子陣と守護家男子陣の名前が書かれたうちわもあり驚く。
「あれ。なに?」
「学園の女子みたいね。夏休みを早めに切り上げて来たのね。あの子達、彰華を近くで見られる事って少ないから、こうしたイベント事だとやたらとはりきるのよ」
「は、はりきる。ってレベルのなの?」
「あいつらが持っているうちわあるだろ。あれ、岩本家の末娘が販売して学園に広げたんだよ」
「岩本家の末娘って、あのくりくりした目のふわふわした感じの女の子だよね」
 各家の顔合わせの時に見かけていた。岩本家長男、金と銀色に染められた派手な髪形をしている奏は顔を知っているし話もした事がある。その隣に二男の智(さとる)に、三男の怜(りょう)がいて最後に可愛らしい女の子が居た。
 まだ、話した事はないがふわふわとした可愛らしい女の子だったので良く覚えている。
「あれには気を付けた方がいい。新聞部兼写真部の部長なんだけどさ、僕たちの写真知らぬ間に撮って女子に売ったりしてんだよ」
「面白い子なんだけどね。真司みたいにターゲットにされると大変よね。校内新聞に今日で百人切りなんて書かれたりね」
「百人切り?」
「何言ってるんですか!? 真琴さん!?」
「告白を断った回数よ。顔は可愛いし成績もいいから、女の子に人気があるのよ。あ、男からも告白された数も入っているわね」
「ばらさないでくださいよ!」
「男子からも告白される事あるんだ」
 確かに真司は可愛い顔をしている。
「中学校二年の時に女装してその所為で、お兄さん方にモテモテなのよ。ツンツンしてる妹みたいで可愛いってね。今度その時の写真見せてあげるわ」
「持ってるんですか!? 捨ててください。燃やしてください! むしろ僕が葬る!」
「ほほほ、やれるならやってみなさい。でも、私の部屋に入ったら、後悔する事になるわよ。次の日には藤森家中の廊下に真ちゃんの可愛らしい写真を張り付けてあげるわ」
「く――っ。だいたい! 僕より、男からの告白が多いのは真琴さんでしょう!」
「私は、わざとやっているのよ。素でやって、もてる真ちゃんには敵わないわ〜」
 反撃のつもりが、カウンターを食らった真司が悔しそうな顔をしている。二人のやりとりを見て笑ってしまう。
「笑うな」
 女顔を気にしているらしい、真司に怒られる。
「でもさ、真司は人に好かれてて、いいじゃない。私なんて、告白一度もされた事ないよ」
「はぁ? 一度もないの? なんで?」
 真司が信じられないと驚いた声を出す。何人にも告白されている真司からすると、一度も告白された事がない麗華が信じられないらしい。思わずむっとして真司の腹を軽く殴る。
「悪かったわね。誰かさんみたいに男女からもてたりしないわよ」
「いや、そう言う意味じゃ」
「きゃぁぁぁぁ!!!」
 女性の黄色い悲鳴が広場に響き渡る。何事かと思うと、ステージ上に彰華と麻美が上がり祭りの司会を始めていた。
「…………すごい人気だね」
 思わず身を引いてしまう。
「あぁ。なんか毎回だから馴れた」
 特に気にとめた様子のない真司をみると、本当に毎回なのだろう。


 暑さで喉の渇いた麗華の為にじゃんけんで負けた真司が飲み物を取りに行ってくれている。ステージ上ではのど自慢大会が開催されていた。麗華の目線は、のど自慢大会よりも会場に集まる女の子に向けられていた。
 可愛らしく着飾った女の子達の手に持ったうちわ。それがものわたっているのが、学園での彰華や守護家達の人気の高さだ。
 夏休みが終われば、麗華は花守学園に転校する事が決まっている。本当は転校をしたくなかったのだが、陰の神華なので我がまま言えず、花守市にとどまらなければいけない。
 転校など初めてで不安だが、真司達が居ると思うと安心できたのに、この異常なまでの人気の高さを目の前にするとため息が漏れる。彰華の周りにいつも居るのは守護家女子陣だ。彼女達は皆可愛く、綺麗だ。それに比べて一度も告白をされた事がない麗華が彰華や守護家男性陣と共に行動していたら、要らぬ嫉妬を受けるかもしれない。
 すでに、守護家女子陣から嫉妬の様な眼差しを受ける様になって来ている麗華は、またため息が漏れる。彰華の部屋で寝ていた事が今でも彼女達の中に引っ掛かっているらしい。直接麗華にものを言う事はないが、今まで以上に敬語がとげとげしい。辛うじて、土屋家で蓮の義妹の瑛子は普通に接してくれるが、女子だけになると空気が恐い。麗華としては彰華と何かあるわけがないので、無用な嫉妬をされるのは見当違いで、守護家女子陣とも仲良くなりたいと思っているのだが、現実は難しい。またため息が漏れてしまう。
 もう少し、自分が綺麗ならあの中に入っても違和感がないだろうか。母似の美人に生まれたかった。

「疲れた?」
「いえ。大丈夫です」
 ふわっとした涼しい風が麗華の周りを回る。薄い水色が見えて真琴を見るとウインクする。真琴が術を使い、風を起こしてこの真夏の暑さを紛らわせてくれた。
「有難う御座います」
「どういたしまして。さっきからなにを見ているの?」
「女の子、可愛いなって……」
 ぽろりと、本音が出てしまう。これでは、真司に言われた言葉を気にしている事がばれてしまう。
「着飾った子って可愛いですよね」
 少し慌てて付け加える。
「そうね。浴衣って夏ならではで、目の保養になるわ」
「ですよね」
「でも、この世界で麗華さん以上に可愛い子なんていないよ」
「ですよね……え?」
 いつの間にか、座っている麗華の横に跪いて麗華を見ていた。
「この会場にいる誰よりも可愛いよ」
「な、何言ってるんですか!? いきなり」
 真琴の言葉に顔が火照って来る。
「麗華さんが誰からも告白された事がないって聞いて、俺はほっとしたよ。それと同時に見る目のない男どもにがっかりした。こんな愛らしくて素直で可愛い子が傍にいるのに、見ていないなんて。それとも、麗華さんが可愛すぎて告白する勇気がもてなかったのかもしれないな」
 真琴が麗華の手を取り真剣な眼差しで語るので、鼓動が速くなり顔がどんどん赤くなる。軽く可愛いと言われる事はあっても、正面から言われた事などなかった。
「あ、いや、あの。ほんと、真琴さん急にどうしちゃったの? 暑さにやられた?」
 焦ってどうしていいか分からず、乾いた笑いでごまかそうとする。
「暑さより、麗華さんの可愛さにやられた。麗華さんの告白者第一号に立候補したいな」
「えぇえ!!」
「麗華さんを世界で一番幸せな女の子にする権利を俺にください」
 真琴が麗華の手の甲に軽く唇を落とす。
「まま、ま、真琴さん! からかってるんでしょ!? そう何度も悪い男に引っ掛かりませんよ!?」
 真琴の手を振り払い、勢いよく立ち上がる。立ち上がって、頭に血が上っている所為でふらりとする。揺れたところを真琴にそっと支えられて、肩に手が回っていると思うと触れられた部分が熱くなる。
 真琴が本気で言っているはずないと分かっていても、正面から言われた事のない台詞を立て続けに言われると激しく動揺してしまう。
「私をそんなに、からかわないでくださいね」
 混乱して半泣きになりながら引きつった笑いが顔で、真琴が冗談だと笑ってくれるのを待つ。
 真琴が苦笑する。
「ごめん。麗華さんがいじけてるようだったから」
「もう! 止めてください! 心臓に悪すぎです!!」
 真琴の胸を叩いて抗議する。
「ごめん、ごめん」
 麗華を宥めるように背中をぽんぽんと叩いていると後ろから、苛立った声がする。
「なにやってんの?」
 火山家の仕事から帰って来た大輝が麗華と真琴を見ていた。抱き合っている麗華を離す様に手を引っ張る。
「顔真っ赤、熱でもあるのか!?」
 大輝が麗華の額に手を当てる。
「なんでもないよ!」
 麗華は大輝の手をどけさせて、火照る顔を自分の両手を使い扇いで冷まそうと手を動かす。
 そんな麗華を不思議そうに大輝は見つめ真琴は苦笑いした。


「ちょっと、焦り過ぎたな。もう少し時間をかけてから再チャレンジする事にするか」
 真琴は少し残念そうに小さく呟いた。


top≫ ≪menu≫ ≪back≫ ≪next



2012.7.11

inserted by FC2 system