一章 六十七話



 真夏らしいぬるい風が頬をかすめ、頭上に煌めく星空を見上げた。握りしめていた携帯電話から入った連絡にどう対処するべきか。夜空に浮かぶ星を読んで答えを導き出そうとして、息を吐いて首を振る。占いを家業とする荒木家に生まれた優斗は、何か決める時必ず占いをする習慣が出来ていた。

 でも、今占いで答えを導き出す気にはなれなかった。麗華が藤森家を去った日から、占いをする事を止めていた。藤森家を出入り禁止にされ、家に戻された優斗を待っていたのは、彼の行いを賞賛する家の者たちだった。
 何故、藤森家の血族を傷つけて賞賛されるのか、自分が麗華にした事の非情さを理解していた優斗は褒める両親達が信じられなかった。陰の神華が現れない、無用の守護家と罵られ、嫌煙され、無用の守護家を産んで恥ずかしいと母に言われた事もある。その両親が優斗を褒め称えるのはこれが初めてだ。
 初めて褒められたのに、少しも嬉しく思わない。むしろ、麗華を傷付けた事を激怒された方が何倍もいい。褒める両親が奇妙な生き物に思えてきた時、優斗を褒める理由を教えてくれた。
荒木家は占いが家業の為、麗華が来てから藤森家の事を今まで以上に深く占っていた。  

麗華が藤森家にいる事で華守市に最大で最悪の事態が起きると、荒木家の占い師達が読み取ったのだ。藤森家、守護家五家が消滅し、華守市は無くなり何千と言う人が死に絶えると、占いの結果に出た。

 荒木家の当主が藤森家の当主菊華に占いの結果を伝えたが、菊華は信じず相手にされなかった。今まで様々な占いで藤森家の繁栄を支えてきた荒木家は、自分達が導き出した占いを信用してもらえず、菊華に対する憤りと反感を覚える。最大の危機が訪れようとしているのに、麗華に手を出せば、家を潰すとまで言われて荒木家は何も行動を起こす事が出来ずに悔しい思いをしていた。
 誰かが、麗華を藤森家から離さなければいけない。そう考え悩んでいた所に、優斗が麗華を傷付け藤森家から逃げ出す様に仕向けたと知ったのだ。表向きは藤森家の血族を傷付けた優斗に罰を与え軟禁するが、荒木家の中では優斗を称えるささやかな宴さえ開いていた。
 宴に優斗は参加する気も起きずに部屋に籠っていた。

 藤森家が蜜狩りに遭い、荒木家に賊が入り込んだのは宴を開いている最中の出来事だ。突然現れた賊に対処が遅れ、荒木家は大きな損害を出す結果になった。
 
 そして、謹慎中だった優斗も、戦闘にかり出され賊の始末に追われていた。
 戦闘が一息つき、自室で刀の手入れをしている時、麗華の霊体が何処からか藤森家の異変を聞きつけ様子を伺う為にやってきた。
 戦闘で頭や腕を少し傷つけ、包帯を巻いていた優斗の事を気遣う麗華が信じられないぐらいお人よしで、苦笑いが漏れた。大輝を連れて藤森家を離れたと知った時は、大丈夫なのだろうかと、心配したけれど麗華が無事でよかったと思った。
 神華か神華じゃないか。麗華と一緒にいて一番気にしていた事が、もうどうでもよく感じた。何度危機的状況に陥らせても、麗華が覚醒する事はなかった。
今まで自分が占う結果は全て当たっていた。占いになにより自信があったが、一番外してはいけない占いに限り外す、自分は最悪な占い師だ。

 陰の神華を名乗る少女が現れたのだ。今まで神華と思い過剰な行動を取っていたのは、全てが間違いだった。
 愚かな自分。麗華に何度謝罪しても、足りない傷を負わせてしまった。

 荒木家の占い師が出した結果が気になっていたわけではないけれど、麗華が藤森家から離れる事を望んでいるならそれでいい。危険だと分かっている中自分に何かできる事があるのではないだろうかと、健気に考える麗華。散々酷い目に遭わせた優斗達を心配する気さえ起きない様に、憎み嫌うように突き放した。
 
 二度と華守市に来ないと言うと思っていたのに麗華から言われた言葉は別のモノだった。
 
 
 優斗の予想に反して麗華は危険だとわかっている花守市に戻って来てしまった。それも、優斗を殴ると言う理由で。
 さすがに一緒にいるはずの大輝に止められるはずだと思っていたが、入って来る情報によると麗華は花守市に本当にやってきた。
 そして今新しく入った情報によると、陰の神華登世子が連れてきた男が、登世子を刺して逃げた。蓮、大輝、麻美の三人が追っている。

 今、優斗が居るのは藤森家に繋がる森だ。藤森家を出入り禁止になっている優斗は藤森家に他の賊が忍び込む事のない様に、藤森家周囲の警護をしていた。
 優斗は藤森家に戻り、真司と共に麗華の護衛に入るようにと、彰華が電話で指示した。
 いくら彰華の指示だとしても出入り禁止になった身だと言うのに、藤森家に入り麗華の護衛するように指示をだすなど矛盾している。いくら人で不足だからと優斗が護衛するよりも、男を追う方に向かった方がお互いの為な気がする。彰華は何を考えてそのような指示を出したのか。

 今麗華は、真司や彰華の傍にいる陽の守護家や各家の当主と共にいるはずだから、自分は必要ないのではないだろうか。

 正直、麗華と会いたくない。いまさら麗華にどんな顔をして会えば良いか分からない。
 散々酷い事やってしまったから、麗華と向き合うのが恐いのだ。殴られ、罵声を浴びさられて当然だと分かっている。嫌われると分かっていてやっていたのだから、覚悟していた、つもりだった。
 逃げている。麗華に絶交の二文字と共に殴られるのが何よりも恐い。

「女々しいな……俺」

 優斗はため息と共に言葉を吐いて、藤森家に向かい走り始めた。逃げていても仕方がない。今やれる事をしよう。


 森を暫く走ると術者同士の戦いの気配を感じる。火山家の姉弟、大輝と麻美の協力攻撃と思われる巨大な炎で作られた火龍が夜空に舞い攻撃を仕掛けていた。陰の神華登世子を刺した男と戦闘中のようだ。火山家の秘術を使うほど苦戦している相手、優斗は加勢するべきだと判断して大輝達が居る場所に急いで向かった。

 蓮と大輝と麻美が、長袖を着た男一人に苦戦を強いられていた。男が手にしている刀で斬られ、三人共立つのがやっと言うほど傷を負っていた。それなのに、男の方は傷一つ追っていない。大輝と麻美が作った火龍を軽々避けて、余裕の笑みを浮かべて三人に向かい剣を向けていた。
 ここまで、力に差があるモノと出会った事が無い。大輝はともかく、蓮と麻美は修行も真面目に行い力も守護家の中で強い方だ。このままだと、蓮達がやられてしまう。
 優斗は気持ちを引き締め、男の剣を弾くように蓮達の前に障壁を編み出した。優斗の作った障壁は、男の剣を受け止めた。
「おや、横から別の者が邪魔してきましたね」
 男は残念そうに呟き、藍紫色の瞳を夜の森に怪しく光らせて優斗を見つめた。
「優斗!?」
「さぁて。もう少し弱い者いじめをしていたいですが、これ以上やると死んでしまいそうなぐらい弱いですので止めておいてあげましょう。心の広い私に感謝してください」
 男の言い方が癇に障る。今まで自分達が弱いと思った事のない、守護家は初めて感じる屈辱に顔を歪める。
「弱くても、お前を藤森家に行かせる訳にはいかない!」
 蓮が術を放ち男は微笑んだまま剣で弾こうとするが、初めて押されて蓮の術を防ぎきれず右手に食らう。今までと違う気配を、男は感じ優斗の方を見た。優斗が得意なのは攻撃の術ではない。元々、攻撃力強化の術や防御力強化の補佐の術だ。優斗は少し離れた場所から、蓮達の力を強める術を唱え続けている。優斗の術を受け蓮の術が今までよりも強力なものに強化されていた。
「死に急ぐ事はないのですよ?」
「うるせぇ! ここは絶対に死守だ!」
 大輝の放つ術を避け、男は今までより強い術を放つようになった蓮達を興味深そうに見つめた。そして手に持っていた剣を霧の様に消す。
「もう少し遊びたいですが、時間切れですね」
「はぁ?」
「それでは。皆さんごきげんよう」
 男は劇の様なお辞儀をすると、男が立っていた場所の空間が揺らめき姿を消した。

「なに、今の?」
 麻美が呟く。姿を見えなくする術を使った訳ではなく、男は自らが歪めた空間に入った様に見えた。通常空間を歪める事は出来ない。初めて目にする術に驚く。
「なんなんだよ、あいつ! 空間を歪めるなんて人間業じゃねーぞ!」
「皆、大丈夫?」
 優斗は蓮達の居る所に駆け寄った。三人の傷は深く至急手当てが必要だ。優斗が傷の様子を見ようとすると、蓮が優斗の腕を掴む。
「俺たちはいいから、早く藤森家に行け。あいつの狙いは麗華だ!」
 麗華が危ない。
 頭の中に衝撃が走る。蓮が手を放すと同時に、優斗は先に行くと声をかけて藤森家に向かい走る。後ろから、直ぐに後を追うと蓮達の声が聞こえた。

 今まで、行きたくないと思っていた気持など、麗華の危機と聞くと、何処へ消えてしまう。
 あの男の強さはけた外れだ。いくら麗華を護衛する人が沢山いたとしても心配だ。
 夜の森を一刻も早く藤森家に付けるように、全速力で走る。

 藤森家の廊下が見えた。その廊下を暗闇に剣を引きずりながら歩く、少女が見る。陽の守護家とは気配が違う。背筋がぞっとするような、禍々しい嫌な気配がする。
 少女が向かう先に別の誰かが居る事に気が付いた。廊下に座り込み少女と何か話している麗華がそこにいた。他に誰かいないのか、周りを見るが、居るのは麗華と剣を持った少女だけだ。麗華の護衛はどうしたのだ。

 少女が剣を振り上げて麗華に向かい振り下ろした。



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2012.1.30

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