一章 六十二話



 彰華に投げられた青色の勾玉が床に転がり、登世子は床に落ちた勾玉と麗華を交互に見て、侮蔑の視線を送る。結界の要の勾玉を人にぶつける暴挙をしたのは長い藤森家の歴史の中でも麗華が初めてだろう。
 麗華が、今ここで一番ムカつく相手は彰華だ。ここに来る際に勾玉の置かれている部屋を通る。その時に麗華がここで勾玉廻りの舞いを踊っていると気が付いたはずだ。それなのに足止めもしないで、連れて来てこの状況を楽しむように笑っている。ちょっと見ない間に性格が歪んだのではないだろうか。いや、彰華は優斗達のした事を黙認していた経緯がある。藤森家から逃がしてはくれたが、元々彰華の基準を元に、麗華に危害や面倒事があっても気にしていないようだ。にやにや笑っているのは性格が悪すぎる。
 勾玉をぶつけられて驚いた様子だったが、落ちた青色の勾玉を拾い上げると麗華に渡す。
「いい腕をしているな」
「ありがとう。本当は全部ぶつけてやりたい気分だよ」
「それは痛そうだから遠慮したいな」
「遠慮なんてしなくていいのに」
 
「勾玉を人にぶつけるなんて、どういう神経しているわけ?」
「癇癪起こして人に術ぶつける人に言われたくない」
 術で切られた服からは胸元が見えそうに為るので、にじみ出てくる血を止血する意味も込めて服で抑えた。何度か術で攻撃を受け免疫があるおかげか、蓮や大輝が麗華を庇うように立っているからか、登世子の事を恐ろしいとは思わなかった。
 
「あのくらい防げて当然でしょう」
「それは、俺達に言ってんのか?」
 登世子の言葉に大輝が反応する。傍に居たのに、登世子の術を防ぐ事が出来なかった。紐が切られるだけで済んで良かったが、もし登世子の術が別のモノだったら大変だっただろう。

「貴方は?」
「火山家、大輝だ」
「なら、何故そちら側に立っているの? 守護家でしょ。本来の役割を果たしたら?」
「お前みたいなの、守る必要があると思えねぇよ」
 大輝に拒絶された登世子は麗華を睨む。
「守護家を手なずけて、良い気に為らないでよ! 私に刃向う様な守護家は要らないわ」
 ふんっと鼻を鳴らし、指を動かすと床におちていた勾玉が登世子の手の中に集まった。
「それ、どうする気?」
「貴方が私の代わりを、やれない様にするのよ」
 瞳を閉じて低い音で呪文を紡いでゆく。
「おい、お前!」
 大輝が登世子の手を止めようとするが、登世子の手に握られていた勾玉が粉々に砕けて割れた陶器の様に四色の欠片がばらばらに床に落ちた。
「な、なんて事を!」
 蓮と大輝が、驚きの声を発する。周囲の空気が波打つような肌に濡れた風が当たる様な奇妙な感覚がした。それとほぼ同時に、麗華が舞台に入ってから光りを発していた、舞台を囲う五つの石の光が消えた。周囲は不気味な静けさの暗闇に包まれる。
 結界の役割を持つ勾玉が破壊され、これからなにが起きるのか分からない緊張が大輝達に走る。

「勾玉って、簡単に割れるモノなんだね」
 麗華の間の抜けた声が静寂を破る。
「割れるかよ!」
 大輝が思わず突っ込む。
「あれ? 私が持ってる方も、割れてるみたい」
「はぁ、マジで?」
 大輝が火の玉を作り辺りを照らす。麗華の持っていた青色の勾玉も二つに分かれていた。
「良かったわね。これで、貴女も封印の舞いから解放されたわよ」
「お前なに遣ったか自分で分かってんのか?」
 大輝が登世子の胸倉を掴む。
「これで、藤森に掛けられている封印も解けるでしょ!」
 ふふふと笑う登世子は、大輝の手を振り払うと、舞台の中心に置いてある陽の勾玉まで駆け寄った。大輝が追いかけて、途中で登世子の手を掴む。二人は言い争いを初めて、それは次第に術のぶつけ合いに変わる。
 蓮は麗華の傍で異変が起きていないか警戒を強めていた。
 未だにある疲労感に耐えながら麗華は落ちた勾玉を拾い上げハンカチで包む。麗華の胸の中で何かが動いている様な感覚が強くなっていた。痛みまではとは言わないが違和感がある。
「なんで、登世子さんを止めないの?」
 麗華は彰華を見る。勾玉廻りの勾玉が割られる事態が起きて、結界が壊れようとしているのに神華である彰華は止めようと一切していない。勾玉の重要性が分からない麗華でさえ、危険な事態だと分かる。
「麗華も止めてないだろ」
「そうだけど……。いいの? 結界壊れたみたいだけど」
「結界が揺らいだが、完全には壊れてはいない。それに勾玉は一年に一度、祭典の時期に新調しているから、問題ないだろう」
「そうなの?」
 蓮の方を見ると知らなかったらしく驚いている。
「今夜中に舞いを全て舞えば、結界も解かれない」
「じゃあ、彰華君が踊ってこればいいんだね」
「そうだが、麗華も一緒にやって貰うぞ」
「無理だよ。めちゃくちゃ疲れたから、もう一度やったらマジで倒れそう」
「舞いの最中に邪魔したから、術の反動が一気に疲労感として出たのだろう。安心しろ。舞いを踊れば半日はどちらにしろ寝込む事に為る」
「いや、それ安心できないでしょ。って舞いを踊ると寝込むものだったの?」
「それだけ負担がかかるからな」
「そうなんだ……。というかさ。彰華君は一体何がしたいの。舞いの最中に止められたら疲れるって分かってて態々止めた理由はなに?」
「登世子に舞いを踊らせてみたかったんだ。どうなるのか興味あるだろ?」
「陰の神華なんだから、普通に舞いを踊って終わりでしょ。勾玉廻りの舞いさせたかったんなら最初からさせればよかったじゃない。私は二人が出来ないって言うから駆りだされてきたのにさ。しかも、登世子さん藤森に封印されてるモノの封印を解く気満々だよ。彼女舞う気なんてないんじゃないの?」
「そこを上手くのせてやらせようと思ったんだが、勾玉が粉々じゃもう無理だろうな」
 大輝と術を派手にぶつけ合っている登世子に視線を向ける。大輝の方が優勢に見える。
「あれ、どうするの?」
 止めに入るべきだろうか。でも麗華が止めに入れば、術が使えないため足手まといになりそうだ。
「登世子さん陽の勾玉まで壊す気なんでしょ。結界破れて平気なの? というか、封印されてるモノを解放するみたいな感じで登世子さんは言ってるけど、封印してるのって、神華が要なんであって勾玉廻りとは関係ないんじゃなかった?」
 麗華はそう聞かされてていた。なのに、登世子は勾玉廻りの舞いの事を封印の舞いと呼んでいた。
「そうだ。登世子は勘違いしているようだな。勾玉廻りは、藤森家に妖魔が襲えない様に呪力を込めた勾玉を、各守護家を柱として配置し結界を張る。藤森に封印されているモノは、陰陽両方の神華を殺さない限り封印が強制的に解かれる事はないだろう。先程一瞬空気が揺らいだだろう。藤森家を覆っている結界が弱まったからだ。元より俺が張った結界が今は機能している為、妖魔が入って来る事はないだろう」
「なんでそんな勘違いしちゃったんだろう」
「藤森の封印の方は一般的に知られていないからな。勾玉廻りイコール藤森に封印されているモノを解き放つモノと勘違いする者たちからの情報なのだろうな」
「じゃあ、情報通の人が間違って教えたのか」
 やはり、登世子は嘘を教えられて良い様に使われている様にしか、麗華からは見えなかった。

 蓮が何か感じたように後ろに視線を向けて構えている。どうしたのだろうと思っていると、提灯を持った人達が数名此方に向かい走って来ていた。

top≫ ≪menu≫ ≪back≫ ≪next


2011.9.6

inserted by FC2 system