一章 五十一話



 夏の茹だる暑さの中、花守公園のベンチに座り長身で黒髪、鋭い目つきの青年は今後の事を考えながら眼鏡のずれを直す。

 藤森家を出入り禁止になり、土屋家に帰る事は出来ない。実家の事を考える。六歳の時に土屋家本家の養子に入った。蓮が土屋家に引き取られた事により、実家の地位も上がり華守市に転居していた。実の弟は花守学園に通う事を許可され学園でたまに会う。だが、蓮が土屋家に引き取られてから一度も実家に帰った事はない。土屋家の会合で実の両親と顔を合わせる事はあるが、本家に養子として引き取られた子として、どう接していいのか両親からは戸惑いを感じていた。土屋家本家に入った時に、実家とは縁が切れたと教えられていた。守護家として、土屋家の恥に為らない様に、全身全霊で神華を守る様に指導された。
 実家には今更帰れる筈がない。

 こんな事になったのは、自分達の所為だ。麗華だと思った。それが間違いだった。

 森で桃華の首飾りを見つけて、菊華に報告した時。ついに長年待ち望んだ神華が現れたのだと歓喜した。真琴が本当に神華かどうか確かめに行った後、気を失った麗華を真琴が藤森家に連れてきた。神華かどうか確認をした真琴は何か考えているようで詳細を説明しようとしなかった。今思えば、真琴は麗華と会った時に神華じゃないと気が付いたのだ。その事を知らされずに、神華かもしれない麗華の目覚めを期待と緊張しながら待っていた。本来藤森家の客をもてなすのは家を管理している岩本家の仕事だが、部屋での世話は小百合達、陽の守護家が行う事になる。陰の守護家が陽の神華、彰華の友人役であるように陽の守護家は、元々陰の神華の友人役としても教育を受けている。
 菊華の元までの案内役を蓮は自分から買って出た。
 艶やかでまっすぐ伸びる長い黒髪に少し困惑気味の栗色の瞳の麗華と目が合う。ついに会う事が出来て心が躍った。愛らしい人、俺の神華。胸が熱くなり、何時から笑っていないか思い出せないほどなのに、自然と笑みがこぼれていた。蓮が挨拶するのを見て、戸惑いながらも麗華も挨拶する。優しげで落ち着いた声。耳に届くたびに心が癒される。
 菊華の元に案内する間、麗華が神華だと思っている間は幸せだった。
 だが、麗華が神華じゃないと分かると、それまでの幸福感が消え失せて、地獄の底に突き落とされた気がした。麗華が悪いわけではないのに、力のないモノを神華だと思い浮かれた自分が愚かで虚しく思えた。麗華を旅館まで案内するように言われた時はまだ心の整理が出来ていなかった。普段から人と関わる事が得意ではなく、言葉がきついとか冷たいとか言われていたが、麗華に対する態度は先ほどまでの幸福感の反動で普段以上冷たい態度をとる。そんな蓮の態度に麗華も不愉快に思い、案内を拒否された。逃げられて追いかける。簡単な拘束の術はいくらでもあるのに、道に障壁を作り本当に見えていないか確認してみた。何らかの理由で見えている事を隠しているのかもしれないと思ったのだ。少しの期待があった。でも予想は外れて、派手に障壁にぶつかり倒れた麗華を見ると、本当に見えていないと確信できた。
 この時何もかも、終わったと思った。
 陰の神華は何処にも居ないのだ。そう思うと、自分の右手の平の印が憎らしくさえ思えた。この印が現れたから、実家から土屋家に養子入りした。陰の神華を守るために選ばれた者だと、誉れ高い事だと言われ、神華を守る為に厳しい修行にも耐えてきた。
 絶望感に苛まれながらも、一応藤森家の血族と言う事で旅館まで送る事にする。この時、蓮以外にも岩本家の二人が麗華に気がつかれない様に尾行している事に気が付いて居た。恐らく菊華の指示だろう。守護家の蓮が暴走しない様に見張らせているのか、麗華を見張らせているのか、それとも別の目的かは分からない。
 気にせず歩きだすと、麗華が血を出しているのが目には入る。
 激しい飢えに襲われる。藤森家の血族が血を流すのを見ても、ここまでに為る事はない。なのに、少し擦りむいた様子を見ただけで手を掴み、血を飲みたい衝動に駆られた。隣の麗華は蓮の飢餓状態に気が付かない様子で、桜色の舌で血を舐めている。出血と言うほどではなく、すぐに血は止まったようだ。だが、これ以上傍に居れば、押さえつけている衝動が爆発しそうだ。傷のある藤森家の血族を一人にはさせられないが、後ろに岩本家の二人がいる。
 蓮は麗華から離れる事にした。欲情に似た感情を力のない麗華にぶつけるよりは、岩本家に任せた方が賢明だ。

 急いで帰り彰華から補給を受けた。状況を彰華に話すと何故か彰華は満足げに笑っていた。

 そのうち、麗華が藤森家に滞在する事になり、二人体制で麗華を守る事に為る。何故、岩本家ではなく陰の守護家が護衛をするのか不思議だったが、菊華の命令には従うしかない。買い物に行った際、真琴がとにかく様子を見ようと提案した。大輝、真司、蓮は関わるのも嫌だと拒否するので、真琴が影から様子を見ると言う。二人体制の為あと一人誰かが護衛しなければいけない。公平にくじ引きで決めたら、蓮が選ばれた。だが、結果麗華が真司を捕まえたので、蓮は護衛役を免除された。
 買い物の途中で、大輝とやり合ったと聞いて、力もないのに愚かな奴だと思う。

 勾玉廻りの儀式が始まり、麗華が妖犬に襲われ間一髪のところで救出する。この時、麗華が襲われた犯人は誰なの蓮はまだ知らなかった。
初めは力のない麗華を護衛しなければいけないなど、厄介で面倒な事だと思ったが無謀でお節介な麗華に助けられた事で気持ちは変わり始めた。
 誰が襲わせたのか、本気で心配し犯人探しをする事に為る。

 この事件で何より気に為る事があった。それは、麗華が藤森家の森の各所にある結界を通行手形の御守りなしに通過した事と、勾玉の光が見えると言う事。
ここである仮説が浮かぶ。本当は神華で、何らかの理由で力が封じられているのではないだろうか。
 藤森の結界は神華ならば通過できる。神華が舞う事により結界を強める神界の力を授かり勾玉に補充する。その力が勾玉の淡く光る原因だ。祠におさめられている時、勾玉は淡く光る。それは勾玉が安定して結界を維持している事を示しており、祠から出すと光は消える。高位の神界の力は、守護家や唯の術者には酷く見えにくい。だが、力を補充できる神華には勾玉の光が見えると言われている。
 何らかの理由で麗華の力が封印されていたとしても、神界の力を見る力を封じる事は無理だったのではないだろうか。
 この話を、他の守護家に話すか迷う。もし、麗華が神華ならば封印が解けるように持てる力や術の書物を読み解き全力を尽くす。だが、これでまた違うとなれば、他の守護家は今より落胆する事に為る。独自に調べながらもう少し様子を見る事にした。

 麗華と大輝の間で問題が発生する。
 大輝は麗華が靴を無くした事や、何より力がない麗華が藤森家に居る事が気に入らないらしい。大輝の不満を少しでも減らそうと、誰にも言わなかった麗華が陰の神華かもしれないと勾玉廻りの時に起きた出来事を説明した。
 だが大輝の理解能力は予想より低く、あり得ないと端から否定して更に暴れる事に為る。勾玉廻りを終えて帰ってきた優斗にまで「麗華が神華なんてありえない!」とわめき散らす始末で手に負えない。
 大輝は単細胞のガキだ。と優斗と意見が一致する。

 麗華と真司が行方不明に為り、真琴、優斗、蓮は情報を共有する事に為る。この時初めて、真琴と優斗が土屋家の勾玉廻りの際に麗華を襲った妖犬は二人の作戦で、麗華が持つ携帯のストラップが原因だと知る。愚かな作戦だと、初めは猛反対する。だが、優斗と真琴にこのまま麗華の封印が解けなければどうなると言われる。麗華に術が掛けられているとして、それを解く為に出来る事は? と言われる。でもそれでも襲うなんて愚かな作戦だ。反対する気持ちの方が強い。

 麗華と真司が藤森家に帰ってきた。そして、麗華の血の味を知る。
 麗華が神華だと、確信するに値する血の味と効果。この時まで、真琴と優斗の作戦を止めようと思っていたのに、麗華の何らかの術が掛けられているのなら少し無理をしても解かなければいけないと、妄信してしまう。

 大輝が麗華を藤森家から連れ出した時、真琴が大輝に監視する式神を付けていたのですぐに気が付いた。血の味を知った大輝が暴走しない様に、見張らせていたモノだ。今思えば、暴走していたのは蓮達の方だ。
 二人の行動を見ながら、何時作戦を実行するか考える。大輝一人ぐらいなら、障害なく作戦を実行できる。花守公園で大輝が麗華を置き去りにして去っていく。
 様子を見ながら、前に捕獲していた妖魔を放つ。結果は最悪だ。

 麗華は大怪我を負う。もっと早くに作戦を止めて助けるべきだった。
 翌日、大輝を真司が何故連れ出して一人にしたと責めていた。本来責められるのは蓮達だ。だから、何も言えなかった。酷い目に遭わせてしまい麗華に申し訳なかった。
 真琴の家、水谷家の勾玉廻りの護衛に選ばれた時、後ろめたい気持ちで麗華と目も合わせられない。足を引きずる姿が痛々しい。
 もう、麗華を襲うべきではないと真琴に話す。真琴も同じ考えだった様で、別の方法を考えるべきだと意見が一致する。

 今後の対策を考えていると優斗がまた行動を起こす。いつかは誰が犯人だったかを、明らかにしなければいけない事だった。その結果がどうなろうとも初めから覚悟はしていた。
 菊華に話が行き、陰陽の守護家にくわえ、各家の当主が集められる。前代未聞の出来事で、厳しい言葉が飛び交う。真琴、蓮、優斗の処遇を話合ううちに夜が明け、麗華と大輝が藤森家を出た事がわかった。
 麗華が誰にも気づかれずに藤森家を出たのは、彰華の手助けがあったからだとすぐに判明する。菊華が何故そんな事をしたのか、問いただしても彰華は何も言わない。ただ、麗華も大輝も無事でいるだろうと言う。
 菊華はすぐに岩本家に指示を出し、麗華と大輝を連れ戻す様に命じた。
 麗華の手紙のお陰で、処罰は軽減される。瀕死の目に遭わせたのに、麗華が蓮達の事を考えて手紙を残していた事が信じられなかった。
 何処までお人よし何だろうと思う。最後に見た時の麗華の顔が頭を過り、激しく自己嫌悪する。何も知らない力のない麗華に最低な事した。

 全ての出来事を話した後、真琴、蓮、優斗は藤森家の出入りを禁じられた。守護家が出入り禁止に為るのは前代未聞の出来事だ。土屋家の当主に二度と顔を見せるなと、言われた。

 麗華を探して、謝罪するべきか迷う。あんな目に遭わせたのだ、二度と蓮の顔など見たくないと思っているだろう。どうやって償えばいいのだろう。
 何より気にかけていた陰の神華の事よりも、麗華の事が気になる。大輝と二人で本当に大丈夫なのだろうか。

 花守公園で、悶々としているとある違和感を覚える。
 何故か術者が力を使っている気配がする。華守市に元々居る術者ではない。何か異変が起きている気がして胸騒ぎがした。
 地面が揺らぐような波動を感じ、藤森家の方を見た。藤森家の敷地を覆うように結界が張られる。こんな結界初めて見た。藤森家で何かが起きている。
 出入り禁止になった身でも、藤森家で起きた異変の正体突きとめたい。藤森家に向かう途中で、第二の結界が張られる。街全体を包み込むような結界だ。藤森家に行く道が結界で出入り出来なくなる。数名の見知らぬ術者を発見し、何をしているのか問い詰めようとすると戦闘になった。
 術者を倒して、何の目的で華守市に来たのか聞き出す。
 『蜜狩り』藤森家の血族を誘拐や傷つけて蜜と呼ばれる力を強制的に奪う行為が行われている。

 蓮は緊急事態に藤森家と連絡を取ろうとするが、連絡が付かない。結界の中に入る事も出来ず、出来るのは同じ様に結界を弾かれた賊の術者を捕まえる事だけだ。
 結界の中で大きな戦闘の衝撃が幾つも伝わって来る。激しい戦闘が繰り広げられている。手助け出来ないもどかしさを、賊を捕まえる事で紛らわせる。花守学園の倉庫に賊を縛り結界をはり閉じ込める。
 ここに麗華が居なくて本当に良かったと思う。術の見えない彼女がここに居れば、格好の標的だ。

 一夜明けたが、藤森家の結界も街を包み込む結界も未だ解けていない。中で何が起きているのか。
 太陽が空の高い位置から傾き始めた頃、街を包む結界に術当てる衝撃波を感じる。感じた事のある炎の波動。まさか、あり得ない。
 麗華と共に、華守市を離れて消息を絶っていたのに、何故この混乱している最中の華守市に大輝は戻ってきたのか。麗華はどうしているのだろう。いくら大輝でも連れてきたとは考えにくい。
 とにかく、無駄に術をぶつける行為を止めに行かなければ、彰華が何故この結界を張ったか分からないが、なんらかの意味があるはずだ。考えなしに結界を解けば、その意味が台無しに為る。

 術が当たった場所に急いで向かう。向かう途中で、人を乗せた赤い毛並みの妖獣が麗華を咥えて走っているのが目に入る。
 一瞬目を疑った。麗華が華守市に来ていると考えてもいなかった。更に妖獣に咥えられて連れ去られようとしている。
 すぐさま戦闘態勢に入り、妖獣の周りに障壁を張り逃げ場を奪う。妖獣と背に乗った人が突如現れた障壁に驚いている隙に術を放ち、妖獣を攻撃する。咥えられていた麗華が宙に投げ出された。地面に落ちる前に麗華を抱きかかえるように捕まえ、無事を確かめる。
「大丈夫か?」
 体を見て怪我をしていないか確認する。腕に青あざの様なものが出来ているが、出血はない。麗華は目を瞬かせて驚いている。
「え、あ。え。蓮さん?」



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2011.3.16

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