一章 二十九話 早朝の会話 その四
深夜遅くから守護家会議が行われていた。麗華と真司が発見されたのが夜中の二時頃、麗華は無傷だったが真司は立てないほど負傷していた。藤森家に戻ると眠るように気を失った真司の代わりに麗華が昨日の説明をした。
真司と一緒に優斗たちの居る場所に向かう途中に、空間の狭間に落ちたと言う。何らかの原因で空間に歪が出来る事がある。麗華は気が付かずに、その狭間に足を取られてしまい真司に助けを求め、引き上げて貰おうとしたが一緒に狭間に落ちてしまった。どうやっても抜けられない空間で、四苦八苦していると無数の妖魔が襲いかかってきて、真司が必死に戦い妖魔から守ってくれた。なんとか倒して、空間の狭間から抜け出す事に成功した。麗華には妖魔が見えないが、何が起きていたか真司が説明してくれたと言う。
二日続けて恐い思いを森でしたから、二度と森に行きたくないと、熱弁する麗華。
先に麗華を休ませて、守護家と彰華で麗華の話を検討する。空間に歪が出来るとその場の気が乱れ、跡が残る。麗華たちが消えたと思われるところからも、空間から抜けたと言う場所からも気の乱れは発見されなかった。
麗華が説明した事は嘘である可能性が大きい。何のために嘘を付く必要があるのか。明日真司が起きてから、本当の事を聞き出す事になった。
朝方まで続いた会議が終わる。大輝はやっと終わった、くだらない会議から解放されて身体を伸ばす。真琴、優斗、蓮はまだ彰華と話し合いをしているようだが、麗華に付いての話し合いなどに加わる気も起きなかったので一人先に部屋に戻る。
部屋に戻る途中に、縁側で池側に身体を向けて横に転がっている女を発見して舌打ちする。携帯電話で時間を確認すると朝の五時だ。先に休んでいるはずなのに何でここに居るのか。
部屋に戻る為には麗華の後ろを通らないと行けない。徹夜で疲れている大輝は縁側に居る麗華を無視して部屋に戻ろうとする。
起きているのかと思ったら、麗華は転がって寝ていた。長い髪を髪留めで留め、キャミソールに短パン。いつも大輝をまっすぐ見つめてくる、くりっとした大きな黒い瞳は伏せられて眉間にしわを寄せながらうなされている。昨日の出来ごとの所為でうなされて居るのだろうか。少しだけ、本当に少しだけ、うなされているのが気になった。
そういえば、藤森家に来てから寝付けないとぼやいていた。優斗か真琴に寝られない事を言えば寝られるように薬湯を作ってくれるはず。寝られない事を自分以外に言っていないのだろうかと不思議に思う。
「……お豆腐ブルー、しっかりしてステーキが! あぁ、ステーキ! ステーキ!」
麗華の悲痛な寝言に力が抜ける。麗華たちが行方をくらました所為で徹夜したと言うのに、事もあろうにその本人はステーキの夢を見て寝ているのだ。腹が立って来た。大輝は寝ている麗華の脇腹を踏みつけて縁側から地面に落ちるように転がす。寝ていた麗華は地面に落ちた衝撃で目を覚ました。
「い、痛い……。なに?」
肩から落ちたらしく、肩を押さえながら自分に何が起きたか理解できないといった面持ちで起き上がる。縁側に居た大輝と目が合う。
「お前、寝相悪いじゃね?」
見下したように見られた麗華は脇腹を押える。
「……何で落ちた反対側の脇腹が痛いんだろうね?」
大輝が落としたと気が付いた様だ。
「しらねーよ」
大輝は地面に落ちている麗華を気にせず自室に戻る事にした。すると、麗華が後ろから追って来た。
「なんだよ。まさかまた迷ったとか言うんじゃねぇよな」
麗華は短パンのポケットから御守りを取り出して持っている事を示す。
「今日は迷ったりしないよ。正直起こしてくれて助かったよ。ありがと」
落とされてお礼を言われると思わなかった。調子が狂う。大輝は麗華を鬱陶しそうに見て舌打ちした。
「ちょっと寝付けなくて、また池を見てたら、いつの間にか寝ちゃってたみたい。今までずっと会議だったの?」
聞かれるが答える義理は無いので無視をする。大輝の態度に麗華は気を落とす。
「そうだよね。まだ、怒ってるよね……。靴、本当にごめんなさい」
麗華に言われるまで、すっかり靴の事を忘れていた。気を落としている麗華を見ていると、今まで腹を立てて居た事がどうでもいい事に思えてきた。
「……もういい」
「え?」
「靴の事はもういいから」
「……なんで?」
大輝がもう靴の事を気にしないと言っているのに、麗華は不思議そうに首を傾ける。大輝がそんな言葉を言うのが信じられないと言った様子だ。人が許してやるって言っているのに、その態度に腹が立つ。大輝は舌打ちして歩く速度を早くする。
「あ、ねぇ。本当にもういいの? 許してくれるの?」
小走りで追って来た麗華に舌打ちして睨む。
「しつけーな!」
「ありがとう! 大輝君って心広いね!」
睨んだのに麗華は笑って喜ぶ。その姿が予想外に愛らしくて不意打ちを食らい何故か、胸が熱くなる。何で麗華の喜ぶ姿を見て嬉しくなるのだ。きっとこれは疲れで思考回路がおかしくなっている。早く休息を取りたい。
麗華に今の気持ちがばれないように、気持ちを引き締める為に麗華を睨む。
「心広いって嫌味かよ」
「違うよ。本当にそう思ったの。私なら大事な物無くされたら、その人が何でもするから許してっていっても簡単に許せないもの」
「へー」
「うん。だから、ありがとう」
「やっぱ、気が変わった」
「……え?」
「許してやるかわりに、お前今日一日俺の奴隷。はい、決定」
「えええ!? な、なんでそんな事に?」
「お前が言ったんじゃん」
自分が墓穴を掘った事に気が付いて、衝撃を受け軽くよろめいている。麗華の言葉で思いついた嫌がらせだが、これは思った以上に今日一日楽しく過ごせそうだ。麗華が、藤森家を自分から出て行きたくなるくらい、いろんな嫌がらせしてやつもりだ。
「異存はないよな。お前が言った事だし」
「……分かった。今日一日だけなら」
麗華は腹をくくった様子で首を縦に振る。
眠気も疲労感もいつの間にか何処かに消えたようで、手始めに今から麗華が嫌っている森まで散歩でも行こうと考える。
「じゃあ。森に散歩しに行くぞ」
「い、いや。でも。大輝君徹夜で、寝不足でしょ? 昨日一日探させてしまったんだもの、今はゆっくり寝たらいいよ」
「眠くないから平気。朝の散歩ぐらい付き合えよ。奴隷ちゃん」
見下したように言うと麗華は軽くため息を付く。
「……大輝君。趣味変わってるね……」
「あぁ゙!?」
「その年で、ご主人様願望があったとは……。あ、そうだね。今日一日は、ご主人様って呼ぼうか? それとも大輝様?」
「お前、ふざけてんのかよ! 今の立場分かってんのかぁ!?」
「分かってるし。真剣そのものだよ。あ、ちがった。立場は重々承知いたしております。今日一日、真剣に取り組ませて頂きたいとおもいます。ご主人様」
麗華が綺麗に一礼する。そんな態度が、大輝の神経を逆なでした。
「そっちがその気なら、いいさ。お前、俺の言う事、全部聞けよ! 俺の奴隷なんだからな!」
「はーい。ご主人様」
「じゃあ、床に這いつくばって俺の足を舐めろ」
大輝が足を麗華の方に差し出す。麗華後ろに下がって距離を取る。
「あー。それは、奴隷のする事なの? なんか違わない?」
「黙って言う事聞けよ。奴隷なんだから」
「でも、そういうのはしたくない。もっと普通の事言ってよ。ジュース買いに町まで走れとか、肩揉んでとか、ご飯作れとか」
「そんなことやらせても、楽しくないだろ」
「じゃあ、大輝君は足舐めさせるのって楽しいの? そういう性癖もってんの?」
さらに一歩大輝から離れるように下がる。
「うるせぇな! んな性癖ねぇーよ! だけど、お前は一日奴隷なんだら、俺のしたいようにしていいんだよ!」
大輝は指を軽く動かし術を使い麗華を床に倒して、身動きが取れない様に拘束する。
「ちょ、ちょっと! こうやって術使うのはずるくない!?」
「自分で何でもするって言っただろ」
「だけど、こういう事をするとは思わなかった。嫌がってるのにそういうことして楽しいの?」
「黙れ。奴隷に人権なんてないんだよ」
仰向けで拘束されている麗華の頬を軽く足で蹴ろうとした。
だが踏む前に衝撃波を正面から受けて、壁に叩きつけられた。激しい痛みにむせると、上から押しつけられるような重い拘束の術をかけられる。
誰の術かすぐに分かる。いつも容赦なく術を使うのは一人しかいない。
「あらあら。とっても楽しそうなプレー中だった? 真琴も混ぜて貰おうかなぁ?」
「クソッ」
長い黒髪を指でもてあそびながら真琴が近づいてくる。後ろには険しい表情の蓮に優斗も居る。大輝の前に来ると容赦なく顔を踏みつける。
「こんな感じ? ねぇ、気持ちいかしら? 興奮しちゃう?」
「や、やめろよ!」
大輝がもがくと真琴は足をどけて、腹に一発蹴りを入れる。
「馬鹿やってないで、さっさと寝ろ。こっちは寝不足で機嫌悪いんだよ」
鳩尾を蹴られて、むせるように苦しむ大輝の金髪を掴み頭を持ち上げる。
「大輝、昨夜から働き通しで眠いだろ。いい夢を見ろよ」
頭を捨てるように離す。蓮たちに術を解いてもらった麗華は思わぬ展開に動揺しているようだ。
「さぁ。睡眠不足はお肌の大敵。皆、一度寝るわよ。起床は十時ね」
「た、大輝君は大丈夫?」
気絶するように倒れたまま動かなくなった大輝を心配そうに見る。
「夢の中に行っただけよ。放っておきなさい」
真琴はそういうと、自室に向かって行ってしまう。
途中まではいい感じで大輝と話せていたのに調子に乗って大輝をからかった事を後悔する。床に放置された大輝を放って置く訳にもいかない。麗華の力で気を失っている大輝を動かすのは大変だ。傍に居た蓮と優斗に手伝って貰い大輝を自室まで運ぶ事になった。
その間、優斗からは大輝を逆なでするような事はしない方が身の為だと諭された。
2010.7.28