一章 二十六話



 訓練所の入り口で、麗華と真司は途方に暮れていた。後ろは行き止まりで、前に進めば現れるだろう訓練用の式神や妖魔が待ち構えている。ここから出る為には、前に進み出てくる奴らを倒して最終地点まで行かなければいけない。それか、瀕死の状態になれば自動的に訓練所から排除される。真司一人ならその方法で、抜けるしかないが面倒な事に、麗華が居る。藤森家の血族である麗華を瀕死の状態にさせる事は絶対に出来ない。
 他に何かいい方法はないものか。
 先の見えない廊下の先を見ながら二人は頭を悩ませる。

「そうだ。電話使えないかな」
 麗華は携帯電話を取り出して、使えるかどうか確かめるが祠に入った時と同様に電源も入っていなかった。
「使えるわけがないだろ。ここは一種の異空間何だから、電子機器は使えない」
「じゃあ、やっぱり前に進むしかないんじゃないのかな? 出てくるモノに謝って通してもらうとか……はい。無理だよね。ごめんなさい」
 真司が心底馬鹿にした様な目をしたので麗華はすぐに謝った。真司は大げさにため息を付いた。

 せめて、外に居る優斗たちと連絡を取る方法はないだろうか。真司は僅かな希望をかけて、ズボンの中から札を一枚取り出して、念を込めて優斗の場所にたどり着くように飛ばしてみた。札は上空に飛んで行き姿を消した。無事に優斗の場所にたどり着いてくれば、なにか出る方法を模索してくれはずだ。
 それまでは、むやみに動かない方が得策だ。

「ねぇ。何か音聞こえない?」
 立っている場所に何かが動いている振動の様な違和感を覚えて、床の下がどうなっているのか確かめる為に手すりに掴まりながら下を覗きこんだ。
 濃い霧がかかっていて何も見えない。
「ちょっと、あまり動かないでよ。何があるか分からないんだからさ」
「そうだけど、何か変な感じしない?」
「僕には感じない。気のせいじゃないの」
「でも、私が見えないだけで何かいるのかもよ? 真司君も見てよ」
 真司はため息を付きながら、仕方がないと言う感じで麗華の隣で下を覗き込んだ。
「うぇ」
 真司は焦った様子で麗華の腕を掴んで手すりから離す。真司が見たモノは、この訓練所全体を支える式神の姿。それがゆっくりと移動している。今支えている場所からゆっくりと中央に移動しているのだ。つまり、今いる場所がもうすぐ霧の中に落ちる。ここから廊下の先の試練所の方に進まなければ麗華たちはこの床ごと霧の中に落ちてしまう。
 前に進むしか出来ない。
 なんて厄介な作りなんだ。普通の訓練所ならこんな事にはならない。この訓練所を作った奴は相当根性の捻くれまがった奴だ。真司は毒づいて、廊下を歩く決心をきめる。
 何が居たのか困惑気味の麗華の顔を見て、真実を言うべきか迷う。昨日の今日でまた妖魔や式神に追われる事になれば、麗華は華守市に嫌気がさして地元に即効戻ると言いだす気がする。
「なに? どうしたの?」
「先に進む事にした。あんたは黙ってついてきて、僕の言う事聞いてればいいから」
「え。じっとして居るのは止めたの? 下に何が居たの?」
「もうすぐ、ここが崩れるって分かった。だから先に進むしかない。でもあんた見えないだから、黙って僕に従って。じゃないと、死ぬ事になるからね」
 真司が麗華の腕を掴んだまま歩きだす。麗華は真司が血の気の引いた顔から予想以上に拙い状況であることを知る。自分に出来る事を考えてみるが、ここでは何も見えない麗華はただの足手まといでしかない。真司の言う事を良く聞いて彼の邪魔にならない様に行動しなければ、二人とも危険な目にあう。
「分かった。でも腕を掴まれたままだと歩き辛いよ。掴むなら手にして、それが嫌なら手首とか」
 真司は無意識で掴んでいた麗華の腕を慌てた様子で離した。
「別にあんたが、足手まといにならないで、付いてこられるのなら手を引く必要もないよ」
「わりと体力には自信があるから、ちゃんと付いて行けるように頑張るよ」
「ならいい。行くよ」
 先に何が待ち受けているか分からない不安の中、麗華と真司は廊下を歩きだした。





 一方その頃、麗華と真司の到着を待つ、優斗、蓮、大輝、瑛子の四人はなかなか来ない二人を不思議に思っていた。優斗が付いた時には、蓮と瑛子対大輝で激しく術をぶつけあっていた。なんでこうなったのか、考えるまでもなく優斗には分かる。大輝が簡単に人の言う事を聞く様な聞き分けのいい人な訳がない。たとえ、幼いころから仲のいい瑛子が仲裁役にでたとしても、すんなりと和解するはずがない。ぶつけあっている、所を麗華が来た事を告げて落ち着くように説得した。
 大輝が訳のわからない事をわめいて、麗華なんかと会いたくないと言い張ったが、謝罪の言葉ぐらい聞いてあげるべきだと諭す。
 やっと黙らせたと言うのに、麗華が来なければ意味がない。もう一度電話してみたが、圏外になっていて通じなかった。
「まだ来ないのかよ」
 苛立った様子で大輝が腕から流れる血をハンカチで拭きながら言う。
「ホント、遅いね。そんな離れた場所にいたの?」
 瑛子が足に出来た真新しい痣を気にしながら言う。
「いや、ここから歩いて五分ぐらいの所だから、もう着いていいんだけどなぁ」
「何かあったのか」
 蓮が眼鏡を軽く触って言う。蓮は大輝と瑛子とは違い無傷だ。
「まさか、だって真司が付いているんだ。何かあったら知らせるが来るよ」
「じゃあ、真司があのクソ女に何かしたのかもよ。真司だってクソ女が目障りだろうし」
「ありえない。大輝じゃないんだし。真司はわりとまともだよ。嫌いだって言っても自分のしなきゃいけない行動ぐらいとれる」
 優斗が断言するので、大輝はおもしろくなさそうに舌打ちした。陰の守護家の中で一番仲がいいのは優斗と真司の二人だ。同学年である事もあり子供のころからいつも二人一緒に行動していた。
「それに、この距離なら何か起きたとしても、俺たちが異変に気が付かないのはないだろ」
「迎えに行こう」
 蓮が言うと優斗が来た方向に歩きだす。優斗と瑛子は蓮に賛成して歩き始めるが、大輝は面倒だと言って逃げようとした。だが、すぐに蓮に捕まり引きずられるか自分で歩くかの選択を迫られて、嫌々歩く事にした。
 
 四人は麗華たちがいたと言う場所に着いたが誰もいなかった。争った形跡もない。
「お手洗いにでも行ったのかな?」
 瑛子が首を傾けるが、蓮がきっぱりと否定する。
「それなら、連絡を入れるだろう」
「だよねー」
 一番後ろから嫌々着いて来た大輝が少し離れた場所で地面の中に埋まっている紙切れを見つけ、足で掘り起こしてみる。微かに真司の力を感じるそれを、つまみあげて優斗にゴミでも投げるように投げた。
「それ、真司のじゃね」
「うん。真司の念を感じるけど、何かに力がそがれていて何を伝えたいのか良く分からない。これが埋まっていたの?」
 大輝は掘り起こした場所を足で示す。
「ここに在った」
「いつのだろう。かなり弱いから、昔に使った札の紙切れかも知れない」
「貸してみろ」
 優斗の手から、紙切れを受け取り蓮が読み取りをしてみる。
「……念が薄いが真新しい。今日放ったものだろう。何かから出られないと、伝わってくる」
「まさか何処かに落ちたとか? でも、この辺に試練所系は無いよね」
「あぁ。もう少し読み取ってみよう」
 蓮が紙切れに集中する。ぼんやりと映像が頭に浮かぶが、何か掴めそうなところまで行くと頭の中で映像がはじけて消えてしまう。ただ分かったことは、麗華と真司が一緒に居て、二人では自力で抜け出す事が困難な場所にいると言う事だ。
「瑛子、これを彰華に渡して詳しく読み取れないか聞いてみてくれ。優斗は俺たちの知らない入口が無いか藤森家に戻り確認しろ。大輝は他に異変がないかその辺を捜索。真琴に連絡して来てもらおう。俺は土を掘り起こし、他に紙が埋まっていないか探す」
 蓮の指示に優斗と瑛子はすばやく反応して、各々のやる事に取りかかる。大輝は面倒そうにしていたが、蓮が一言せかすと舌打ちしながら指示に従った。






「ね、ねえ。あの。何が居るのか、教えてもらってもいいかな?」
「……知らない方が身のためって言葉知らないの?」
「うん、知ってるけど、知ってるけどね。で、で、でもね。なんでここ、こんなヌルヌルっとヌメヌメっとグチョグチョってしてるの!?」
 麗華と真司が廊下の先を歩いていると、幾つもの間があり、その中に何匹モノ式神や妖魔が居た。真司は、麗華を恐がらせない様に、派手な動きを取らないように術を使い式神や妖魔たちを倒していった。五つ目の間にいた巨大な蜘蛛の妖魔を倒した所、その死体からさらに中くらいの無数な蜘蛛が出て来て襲いかかって来た。それを一気に潰すと、床一面に死体が散乱したのだ。足元では出来れば見たくもない光景が繰り広げられている。次の間に行くにはその上をどうしても通らなくてはならなかった、真司も今ばかりは何も見えていない麗華がうらやましい。
「愚図愚図してると置いていくよ」
「い、急ぐから置いていかないで」

 麗華は置いていかれまいと先を歩く真司の服の端を掴む。
「ちょ、ちょっと、歩き辛いからやめなよ」
「で、でもね。何かに掴まっていないと、叫び出したくなるの」
 先ほどから、見えない何かと真司が戦っているのは分かる。でも何が居るのか麗華には全く分からない。初めは目をつぶって真司が良いと言うまで身動きを取らないで耐えて居たが、何かが切られる音や息遣いが荒くなる空気や倒れる振動などが、伝わってきて余計に恐くなる。真司は慣れているのだろうが、麗華は今まで何かと戦うと言う生活とは無縁だった。昨日の事が嫌でも思い出されて、今自分が生と死の狭間に居る様な恐怖感が膨れ上がって来る。
 服を掴む手を振り払おうとも思うが、麗華の震える手と青ざめた顔を見るとそんなことは出来ない。真司は軽くため息を付いて、利き手じゃない方で麗華の手を握って歩き始める。置いて行ったりしないと、教えるように少し強めに握られた手に麗華は少し困惑する。
「……真司君?」
「叫んでその拍子に、僕の服を引っ張られたら身動きが取れなくなって迷惑」
 両手を使って戦っていた真司の足手まといになる事は分かっているが、差し出された手を自分から振りほどく事は出来ない。真司の少し冷たい手が今は何よりも心強かった。

「……ありがとう」
「別に、あんたの為じゃない。それに、何か出てきたら、すぐ離すからそのつもりでいてよ」
「うん。ありがとう」
 真司の麗華を心配してくれる気持ちが嬉しくて、握られたてを見つめて笑う。こんな時に嬉しくなって笑っているところを真司に見られたら、即効手を振り払われそうだ。麗華は沈黙も嫌なので話を振る事にした。

「あと、どのくらいで最後まで行くのかな」
「多分、鳥居の数に準えて同じで九つ間があるはず」
「鳥居の数?」
「藤森家の何処かにある鳥居さ。場所は藤森家の限られた人しか知らない。僕ら守護家には秘密の場所にあるらしいよ。その鳥居は神華に与えられる試練の数を表していて、九つの試練がある。試練を一つ乗り越えるたびに鳥居が現れて九つ揃うと神界に繋がる道が開かれる」
「シンカイ?」
「そう。そこで宴が開かれて、祝福が与えられるって伝えられてる」
「本当にそんなことがあるの?」
「さぁ。見たことはないけど、そう言われているんだからあるんだよ」
「彰華君には何か試練があったのかな」
「神華って陰陽両方の神華にとっての試練だから、まだ何も起きてないじゃないかな」
「そっか。じゃあ、後四つだね。行けそう?」
 麗華から見ると、まだまだ余裕のあるように見えるが、真司は五つの間で動きを最小限にして戦っていた為必要以上に術を使っていた。まだ、使える力は残っているが、段々と出てくるモノが強くなっているのがわかる。このまま先に進んではたして最後まで行きつく事が出来るだろうか。
「……今まで誰にも得られなかった、初の秘術の継承になるのが今から楽しみだよ」
 麗華の前で弱気にはなれない。たとえ、これから強いモノが出てきたとしても、何としても勝って見せる。
 真司は決意を込めて、麗華に不敵に笑って見せた。





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2010.6.22

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