猫かぶりお嬢様と腹黒執事

三話 お嬢様は気高い生き物




「お早う御座います。芽衣美お嬢様」

 体を揺らす人物を見て、芽衣美は眠気が一気に吹き飛んだ。昨日鍵をかけたはず、それにチェーンも付けた。それなのに目の前で微笑んでいる男子は、今日も執事の制服を身にまとった佐々がいる。
「な、何しているの?」
「昨日と同様朝の運動をするため、起きて頂きます」
「そう言う事じゃなくて。か、鍵掛けたし、チェーンもした……」
 体を起してドアの方を見ると、何故か昨日買って来たはずのチェーンが無残にも破壊されている。
「鍵を掛けるのは防犯のためにも必要な事だと思います。ですが、チェーンは無駄なのでお止めください」
「無駄って……。破壊しておいて何を」
「芽衣美お嬢様を起こすのは私の務めですので、業務妨害されては困ります」
 美しく微笑む佐々を忌々しく思う。
「私。朝は普通に起きられる体質なので、時間指定してくれればリビングまで行けます」
「いいえ。朝起すのは私にお任せください」
「結構です」
「何をそんなに警戒されているのです?」
「け、警戒なんて」
「私が芽衣美お嬢様に良からぬ事を考えているのではないかと心配なのですか」 
 佐々は小馬鹿にして小さく笑う。そんな風に考えられる事自体が、馬鹿らしいと顔で言っている。
「ち、違うのは分かっています」
 ベッドが軋む。佐々の大きな手が芽衣美の足直ぐ傍に置かれていた。
「さ、佐々君?」
「こうやって触れると?」
 佐々が身を乗り出して、寝起きで乱れた芽衣美の髪を撫でる。驚いた芽衣美は体を固くする。
 髪を触れていた手が肩に落ちる。
 とん、と肩を押されてベッド倒れた。いきなりの行動に芽衣美は驚く。
「な、な」
 ベッドが自分の体重以外の者で沈む。芽衣美に覆いかぶさるように佐々が乗っていた。近すぎる距離に困惑する。
「さ、佐々君……?」
 芽衣美の頬に佐々の手が伸びる。
「こんな風触れられると警戒されているのですか?」
 芽衣美を試す様に微笑む佐々を見て、彼女の中の何かがぶち切れた。

「もう。我慢ならない…………」
「芽衣美お嬢様?」
「離れなさい! この下衆野郎!」
 芽衣美は上に乗っていた佐々の急所を思い切りけり上げた。
「ぐぅ」
 痛みにもがく、佐々から抜け出してベッドから下りる。
「先ほどから許可なく人にべたべたと触るとは非常識よ! 大人しくしていれば付け上がり、ベッドに押したすなんて最低の下衆野郎かしら!」
「め、いみお嬢様?」
「貴方みたいに、顔が良く頭が良ければ、何しても許されると思っている殿方程吐気がするモノはないわ!」
 長い髪を靡かせて芽衣美はオドオドしていた今までの態度一変させて、佐々を汚らわしいものを見る様に見た。
「……酷い言われようだ」
「違うと言うの? エゴイスト。貴方の魂胆は分かっているのよ。母から何を言い使って来たのかほんと分かりやすい話だわ。学校で優秀で女子から人気者の貴方は、うぶな私を落とせって言われたのでしょう。一條家にふさわしい令嬢になってほしくないのは母だもの」
 佐々は目を大きく見開いた後、腹を抱えてベッドの上で転がりながら笑い始めた。部屋中に佐々の笑い声が響く。
「何がそんなにおかしいと言うの」
「あぁ、ごめん。芽衣美お嬢様は凄いなっと思って」
「凄いと言われても嬉しくないわ。貴方がしようとした事に付いて私は憤慨しているのよ」
「ねぇ。学校の人気者の俺と、一般女子の君の言葉どっちを信じるかな? 欲求不満のお嬢様が俺をモノにしようとした。逆レイプされたって行ったら信じるんじゃないかな?」
 佐々はにっこりと笑う。
「逆レイプ!? 何処の誰が貴方を襲ったって言うのよ! 襲われそうになったのは私でしょう!」
「じゃあ。どちらがより信頼されているか、賭けをしてみようか?」
 学校では完璧王子様と呼ばれ学校のアイドル的存在の佐々。先生方からの信頼も篤い。それに対して芽衣美は一般性の底辺に存在する。クラスメイト40人が芽衣美の名前を覚えられているかどうかもわからない、いても居なくても誰も気にしない存在だ。
「佐々君は恥ずかしくないの。そんな嘘をつく自分に」
「いいや。俺は欲しいものが手に入ればそれでいい。芽衣美が言うように下衆野郎だからね」
 さらりと芽衣美を呼び捨てにしてにっこりとほほ笑む佐々は、悪魔の様だ。
「この家から出て行って」
「無理だよ。俺を追い出したら、奥様はどう思われるかな? よく考えてごらんよ」
 完璧な好青年をよこしたのに、追い出したとなれば芽衣美が母の策略に気がついた事が知られる。恐らく再び別の方向で母は策を講じるだろう。
 今は疑似恋愛をさせて芽衣美を陥れようとする程度の可愛らしい策だが、更に悪質なものになるだろう。


 何より、芽衣美を嫌い、弟を愛してやまない母は正気の策を講じるとは思えない。

「どの期間いる予定なの?」
「芽衣美が妊娠するまで」
「本気で言っているの?」
「もちろん。一條家の令嬢を嫁に行けなくするのが俺の仕事だからね」
 何の躊躇もなく言う佐々。背筋に嫌な汗が流れる。この男本気で言っている。
「報奨金はいくら?」
「芽衣美の持ち金全てでも足りないよ」
「それはどうかしら。佐々君は私の貯金の額をしらないじゃない」
 芽衣美の持つ口座の金額を上げれば、佐々を味方に付ける事ができるだろうか。結婚もしていない身で妊娠させられるのは絶対に嫌だ。
「へー。さすがお嬢様だね。いいよ。取引しよう。一カ月一千万払うならその間君に手は出さないし、奥様にも報告はしない」
「馬鹿げた金額を要求するのね。一億あれば人を殺す事を依頼できる世の中よ。佐々君こそよく考えて物を言った方がいいわ」
「恐いなー。芽衣美なら、人に依頼するまでもなく自分で殺せそうだよ」
「そうね。家にいると言うのならいくらでも事故に見せかけて殺せそうね」
 自分を脅してくる佐々が腹立たしい。本当に口封じに殺人を考える事になるのは嫌だが、強姦を考えているこの男を罠にはめて刑務所送りにするくらいはできそうだ。
 芽衣美が不敵に笑うと、佐々も楽しそうにころころと笑う。
「いいね。芽衣美に殺されるのは楽しそうだ!」
「佐々君頭可笑しいわね。病院を紹介してあげるわ」
「産婦人科? 妊娠しやすい様に薬貰いに一緒に行く?」
「行くわけがないでしょう。その気のない私に妊娠させる行為をする事に付いて何も思わないの?」
「芽衣美が俺の子を孕むと考えるだけでぞくぞくするね」
 天使の皮をかぶった悪魔は柔らかく微笑む。倫理観が崩壊しているこの悪魔に何を言っても変わらない。
「…………話を戻すわ。母が一千万円佐々君に支払うとは思えない。私にそれだけの価値があると思っていない人よ。ねぇ、母がそう言う行為をするのか気にならない? 一條家の令嬢である私を何故同級生と関係を持たせたがるのか」
「興味ないね。さっきも言った様に自分の目的が果たせればそれでいいから」
「本当に最低の下衆野郎ね」
「褒め言葉だね」

 芽衣美は佐々と話していても、埒が明かないと部屋を出ようとした。だが、部屋を出る手前で、佐々に引っ張られて抵抗する間もなくベッドに倒される。
 また覆いかぶさり、佐々は笑う。
「ねぇ。正体もばれた事だし、遣る事はやらせてもらうよ。芽衣美お嬢様?」
「私の肌に触れたら舌を噛んで死んでやるわ」
 芽衣美は本気で言っている。屈辱的な事をされ、これから佐々に脅かされて生活するぐらいなら自害する事を選ぶ。
「出来っこないよ」
「私は本気よ。それとも、貴方のナニを噛みちぎってやりましょうか」
「恐いなー」
 佐々は楽しそうに笑い芽衣美の両手を片手で拘束して、ポケットに入っていたハンカチを取り出し、嫌がる芽衣美の口に詰め込んだ。それから用意していたガムテープを取りだし、片手で器用にガムテープを切り芽衣美の口に貼った。
 どんなに抵抗しても男の力には敵わない。
「舌をかまれるのも、噛みちぎられるのも嫌だからね」
 それから、抵抗する芽衣美の手をガムテープで拘束し、執事の制服のネクタイを外して手をベッドにくくり付けた。
「さて。これで動けないね」
 芽衣美を舐めまわすように眺めて笑う。
「綺麗な肌をしているよね」
 指元から下に指が伝っていく。芽衣美が着ているナイトガウンをゆっくりと下げた。
「今日は二人とも学校をさぼって、一日中楽しもうね」
 芽衣美を見つめて笑うと、彼女の異変に気がついた。顔が異常なまでに赤く痙攣している。
「芽衣美? おい、大丈夫!? ちゃんと息をすってよ!」
 口を押さえられ、舌をかむ事が出来なくても、呼吸を止める事はできる。
 本気で死のうとしている芽衣美をみて佐々は焦った。口のガムテープを外し、ハンカチを取り出し芽衣美の頬を叩く。無理矢理口を空けて呼吸をさせようとする。
「俺が悪かったから、息を吸って! お願いだから、止めて! もう何もしないから!」  
 それでも芽衣美は佐々を見ずに瞳を閉じたまま、頑なに息を吸おうとしない。
 芽衣美は本気で死のうと思った。たとえ若い身で死ぬ事になろうとも、これから先佐々に屈辱的な事をされて暮らすぐらいなら、母の策略に陥り道を外れるぐらいなら、自分が出来る最後の抵抗をしようと思った。
 瞳を閉じていれば、自分の葬式で母が嘲笑う姿が思い浮かぶ。あの女はお母さんの葬式と同じ様に芽衣美の葬式でも嗤うのだろう。

 叩いても揺すっても芽衣美は息を吸おうとしない。異常な顔色の芽衣美の姿に佐々は焦った。
「クソ!」
 佐々は人工呼吸の要領で芽衣美の口を塞ぎ、息を吹き込んだ。吹き込まれた息に、芽衣美は生理的に耐えられなくなり、咳き込むように息を吸う。
「はぁ。良かった……。もう本当に触れないから。死のうとはしないで」
 芽衣美が噎せている様子を見てほっとして脱力する。
「信じられない。本気で死ぬ気だったの?」
「…………当然でしょう。貴方に屈するぐらいなら死ぬと言ったわ」
「とんでもないお嬢様だ」
 未だに噎せたように呼吸をしている芽衣美の手に巻いていたガムテープをはがす。赤く手首に痕が残った。

「私を自由に出来るのは私だけよ」
「うん。そうみたいだね」
「分かったなら、今すぐここを出て行って」
「分かった」
 佐々はあっさりと立ち上がり、ドアへ向かう。先ほどと打って変りあっさりした態度に、芽衣美は不信に思いながらも、出て行くと言った事にほっとした。
 佐々はドアの前で立ち止まり振り返り芽衣美を見た。
「こういう事に遭うの、何回目?」
 佐々の言葉に芽衣美は驚いた。
「何故?」
「落ち着きすぎているから」
 初めて強姦に遭う少女は為らば、普通はもっと取りみだす。それなのに、芽衣美が躊躇せず死を選ぼうとした事から佐々は推測した。芽衣美は今までも同じ目にあった事があるのだろうと。

「それに答えたら何があるの?」
「教えてくれたら、二度と手は出さないと誓うよ」
「……ちょっと。出て行くって言うのはこの部屋からだけっていう落ちじゃないでしょうね?」
「もちろん。芽衣美も着替えたいだろうし、部屋から出て行くだけだよ。家から出るなんて誰が言った?」
 佐々は一切懲りた様子なく、悪魔の笑みを見せる。
「でも、いい案だよ? 俺がいれば奥様は他の手を講じない。手も出さないと誓うんだから、番犬の様に俺を置いてくれれば、勉強も教えるし一石二鳥だよ」
「番犬どころか、狂犬じゃない」
「それは、芽衣美しだいだよ」
 
「本家にいた時何回か遭ったわ。十三、四回だと思うけど正確な数は覚えていない」
 全てが母の計画だとは思わないけれど、幼少から狙われる事が多かった。初めて強姦魔がいの事に遭ったのは小学低学年の時だ。本家にいるとそれ以外にも障害があり、祖父に離れて暮らしたいと相談すると、二度と本家に戻る気がない事を察したのだろう。十分すぎる大きな家を芽衣美に高校の入学祝いと言う名目で送ってくれた。
「非処女?」
 佐々の無神経すぎる言葉に苛立つ。
「私が処女だろうと非処女だろうと、貴方に何か関係があるの?」
「気になるだろ。でもさ、十三、四回襲われているって事は、もうやられちゃっているよね」
 悪魔の笑みを浮かべて言う佐々は何を考えているのだろう。非処女だったら、佐々の目的と言うモノが簡単に済ませられるとでも思っているのだろうか。
 本性を見せてからとことん悪魔で卑劣で下衆野郎な嫌な男だ。

「想像に任せるわ」
 本当はまだ処女だ。幸運な事に行為に至る前に逃げ出す事や助けを呼ぶ事が出来てのがれて来たのだ。
「なるほど。まだ処女だね」
 佐々は嬉しそうに笑って、部屋を出て行った。何処で処女だと判断したのか分からないが、図星されて少し驚いてしまう。それに佐々が嬉しそうに出て行った事が気になる。あの男は一体何を考えているのだろう。
 佐々にガムテープで巻かれて赤く痣になった手首をこする。これから本当にあの狂っている男と生活しなきゃいけないのだろうか。
 なんとか追い出す方法を考えなければいけない。やっと手に入れた平穏な生活を、母の策略で送られてきた佐々の所為で崩れるのは耐えられない苦痛だ。
 着替える気すら起きずに、ベッドの上に転がりながら考える。

「痛い……」
 体の下に何か固いものが入り込んだ。体を少し動かして固いものを取りだした。佐々が持っていたシャープだ。さっき落としたのだろう。深緑色のシャープは芽衣美が持っていたシャープと似ている。もしかしてと思い、シャープのノックの部分を取る。父のシャープだったらそこに父のイニシャルが彫ってあるのだ。

≪S.I≫
 一條誠一(いちじょうせいいち)

 書かれているイニシャルを見て、何故佐々がこのシャープを持っているのか不思議に思う。
 小学の時に会った少女の知り合いなのか、それとも……。


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