二章 十九話

 放課後になり真司たちは生徒会に行くというので、部活も委員会も入っていない麗華は先に華白館へ送ってもらう事になった。学校に用事がない時はいつも日替わりで、送ってもらうようにしているが、今日の担当は蓮だった。教室を出ると廊下に寄りかかるようにして立っていた蓮が、軽く眼鏡に触れて手を差し出してくる。
 麗華が持っている鞄を蓮が無言で奪いそれから歩きだす。鞄ぐらい自分で持てるが、ここで鞄を自分で持つと主張すると、持つ、持たせろとひと悶着があることを経験上知っているので、無用な面倒を避けるため、最近は鞄を奪われたら持ってもらう事にしていた。
 真琴が華神剣の儀を執り行ってから、一週間経つが次に執り行う蓮が次にいつやるか日付を言ってこない。麗華としては、激しい痛みを感じる華神剣の儀を行うのはなるべく先延ばしにしたい。だが彰華からは早めにやるか、別の方法で力を送るように忠告を受けている。
 隣を歩く蓮を見上げて、特に飢餓状態で苦しんでいるわけではないように見えてまだ大丈夫だろうと思う。

「今日は帰りどの位になりそうなんですか?」
「7時ぐらいになる」
「学園祭の準備が始まっているんですよね?」
「花散祭だな。麗華のクラスは出し物の話し合いはもう行ったのか?」
 十月初めに行われる、学園祭の別名花散祭は麗華が花守市に着た時に彰華から聞いていたものだ。二期制の花守学園では、九月三十日で前期が終わり十月から後期になる。九月の中間で生徒会選挙が行われ、十月初めに行われる花散祭は蓮にとって、生徒会としてかかわる最後の行事だ。生徒会選挙の方は選挙管理委員会が別にあるため、蓮が関わることは選挙当日の挨拶ぐらいだという。
「候補が三つありまして、一番人気が教室展示、二番人気が校内装飾、三番人気が放送局です」
「例年通りだな」
「そうなんですか? 私は飲食店とか、販売店とかやってみたかったんですけど、全く人気なかったんですよね」
「中学の時に一度、模擬店をやった事があった。花散祭では特進科棟の出入りさせないために、自教室じゃなく一般棟の教室が振り当てられそこで行われる。一日中行列が途切れることなく、整理券を出しても、一目彰華を見ようと教室前が人だかりになった。それから、彰華が参加して行う模擬店はやらないようになった」
「あぁ。彰華君の人気すごいですもんね」
 疲れたように言う蓮をみて、その騒動の収拾するために駆り出されたのだと分かる。
「大変だったでしょうね。お疲れ様です」
 麗華は蓮を労うように軽く腕に触れた。軽く触れただけだが、蓮が驚くほど体を硬直させた。些細な行動に過敏に反応されて麗華は少し驚く。触れていた手を離して蓮の顔を見ると、軽く眼鏡に何事もないように歩き始めた。
「……恐らく第一希望の教室展示になるだろうな」
 蓮が体を硬直させた理由を誤魔化すように話すので、麗華はその事には触れないように、話を続ける事にする。
「教室展示だったら、当日は当番制で見るだろうけど、大体の人はフリーになりますね。蓮さんのところは何をするんですか?」
「校内装飾だろうな」
「垂れ幕とかですか?」
「そうだな」
「やっぱり花散祭って言うぐらいだから、花が描かれていたりするんですか?」
「あぁ。どこかに花が入る事が規則になっている。他にも展示も花が飾られるようになっている」
「前に、そんなこと言っていたような気が……。なんだか今から、花散祭楽しみになってきました」
 なんとなく、花散祭と言う言葉は好きじゃないけど、校内が今以上に花で満たされるのは華やかで見応えがありそうだ。始まったばかりの花散祭の準備を楽しもうと思う。


 華白館まで無事に帰宅し玄関に入る。白を基調とした玄関はいつも岩本家の二人が掃除や花瓶を活けてくれている。柔らかい花の香りに、華白館に帰って来たことを実感させてくれる。玄関に来ると大抵、怜の式神が出迎えてくれるのだが今日はいないようだ。5歳児ぐらいの式神は尻尾がとても愛らしい姿をしているので、見るのを楽しみにしていたのに残念に思う。
「送ってくれてありがとうございました」
蓮に持っていてもらった鞄を受け取ろうと手を伸ばす。鞄の持ち手を取ると蓮の親指が微かに触れた。なかなか手を離さない蓮を不思議に思い、見上げると眼鏡越しに蓮と目が合う。鞄の手は自然と離されるが、蓮の鋭く少し吊り上がった目が、何か訴えているものを感じてしまい逸らすことが出来ない。
「少しだけ、触れてもいいだろうか」
 蓮からそんなことを言われると思っていなかったので、目をぱちくりさせてしまう。
「ど、どこにですか?」
「……手に」
 手という答えに麗華は安心する。手に触れてどうしたいのだろうと、不思議に思いながら鞄を持っていない左手を差し出す。
「手ですか? 別にいいですよ。どうぞ?」
 蓮は麗華が差し出した手の指先を軽く握るように触ると、親指を少しだけ動かし指の間をなぞる。くすぐったい。何がしたいのだろうと思いながら、蓮の手と麗華の手の大きさの違いに男の人の手だと思う。
「蓮さんの手、大きいですね。私と間接一つぐらい違いますよ。ほら」
 蓮の手と自分の手の大きさの違いが分かるように、彼の手のひらと合わせて笑う。蓮は眉間の皺を増やし麗華を見ている。何かに耐えているような顔に今更気が付いた。
 麗華は蓮たちに夜に手から手へと力を送り、彼らの飢えに苦しむことのないようにしていた。守護家に手で力を分ける時は差し出してくれる手のひらに重ねるようにして、麗華は心の中で『お手のポーズ』と名付けている格好であげている。
 夜に上げている力だけでは、足りていないのかもしない。麗華は手から力が流れるように目を瞑り集中する。合わされていた手を蓮が指をずらし握られ、麗華もそれに合わせて蓮の手を握る。
 力が蓮に流れている気配を感じ上手く行って良かったと思う。隔世遺伝の蓮は他の守護家より力が強い分、飢餓状態にもなりやすいと聞いている。なるべく力を多く流れるようにと集中する。
 頭を撫でられる感触に驚いて目を開けて蓮を見上げる。
「えっと?」
 困惑している麗華をよそに蓮は、彼女の頭から流れる髪に指を滑らせて名残惜しそうに手を離す。
「つい」
 つい、で頭を撫でてくるのか? 何だか恥ずかしくなり集中力が切れ、力を送る事が出来なくなる。手を離そうとするけれど、蓮の方から握られていて離すことが出来ない。
「蓮さん、あの、手そろそろ離しませんか?」
「もう少し――」
「お帰りなさいませ! 麗華さま、レンレン!」
 玄関が勢いよく開いて、入って来たのはツインテールを揺らして満面の笑みを浮かべる、岩本家の祥子だ。祥子も今帰って来たようで片手には鞄が握られている。
「祥子さんもお帰りなさい」
「あれあれ? レンレン抜け駆けですか〜」
 祥子はニヤニヤ笑いながら未だに手を握っている蓮の隣に行く。
「その、レンレンはやめろと何度言えばいいんだ」
「え〜、レンレンはレンレンですもん。他に呼び方なんてないですよ〜。ね、麗華さま」
「いや、私にふられても」
「それよりもレンレン、いつまで手を握っているんですかぁ〜。写真を撮って、まこっちゃんに見せちゃってもいいですかぁ?」
 祥子が制服のポケットからデジタルカメラを取り出そうとしているのを見て、蓮は眉間の皺を作りながら手を離した。
「麗華さま大丈夫ですかぁ?」
「はい。大丈夫です」
「そうですか。じゃあ、今見たこと内緒にしますんで、ちょっと二人に手伝ってほしいことがあるんですけど、いいですかぁ?」
 大きな目を楽しそうに細めて祥子が言う。
「別に、私は秘密にしなくても――」
「分かった。何をすればいい?」
 麗華の言葉を遮るようにして眼鏡を軽く整えた蓮が言う。さっきの事を他の人に知られたくないようだ。
「ふふふ。ちょっと、地下の訓練室から二人でとって来てほしい物があるんですよ。いいですかぁ?」
 楽しそうに言う祥子に、麗華は警戒する。
「それ、訓練室に二人で閉じ込めるとか、そういう事したりしませんよね?」
「え〜。嫌ですね! 麗華さま。私がそんなことするわけないじゃないですかぁ? 第一、レンレンが暴走していたのを、この私が止めたんですよ? 疑われるなんて心外です〜!」
 ツインテールを揺らしながら麗華に抗議する。笑いがこぼれている顔から、胡散臭さが漏れている。
「俺、一人で取りに行こう。何を取ってこればいいんだ?」
「もう、レンレン。せっかく、私が、麗華さまと二人っきりの時間をもっと作ってあげようとしているのに、自分でそのチャンス潰しちゃだめですよぉ」
「そういうのはいい。早く言え」
 蓮が小柄な祥子を見下ろすように言うと、祥子は軽く肩をすくめて大げさにため息を吐く。
「仕方がありませんね。訓練室に私の手鏡があるんです。それを持ってきてください」
「分かった」
 蓮はすぐに中に入り地下に向かった。蓮がいなくなると、祥子は麗華をリビングへ連れて行きソファーに座らせた。
 革張りのソファーは座り心地がよく、体の力が軽く抜ける。
「麗華さま。今日は女子トイレで大変だったみたいですね」
 祥子はにっこりと微笑む。麗華は、学内で起きたことすべて把握しているのではないかと囁かれている彼女の情報収集能力を知らなかった。
「あぁー。まぁ」
 麗華は何といったらいいのかわからなかったので苦笑いで答える。
「女子トイレは魔窟ですからねぇ。真ちゃんたちが傍に居ても、一緒に入る事はないですからね。何が起きるかわからないのが女子トイレ。今後は一人で行っちゃだめですよぉ」
「気を付けます」
 祥子が心配してくれている。麗華は周りに心配をかけることをしてはいけないと、改めて思い真摯に受け止める。
「麗華さまと連れションならいつでもお供しますからね」
「ありがとうございます」
「いえいえ。それで、あのメス豚共どのように処理しますかぁ? 麗華さま、こういうのは苦手そうだから、私に任せてもらっちゃっていいですよねぇ?」
「め、メス豚って」
 麗華は可愛らしく笑っている祥子からとんでもない言葉が出てきたと驚く。
「麗華さま、知らないでやられるのは嫌なようなので、一応確認しておきたかったんですよ」
「別に、何も危害があった訳じゃないので、何もする必要はないです」
「ん〜。麗華さまは嫌な思いをされたわけじゃないって事ですかぁ?」
 嫌な思いはしたけれど、ここでしたと言えば祥子が彼女たちに何かすると思うと言えない。
「そうですね」
「分かりました〜。じゃあ、麗華さまの方は問題なしって事でいいですよねぇ?」
「はい」
 祥子はにっこりしながら頷く。
「じゃあ、メス豚共には私が受けた心的外傷だけの処理にしておきますねぇ」
「祥子さんは関係ないんじゃ?」
「何を言っているんですかぁ。女子トイレでリンチされていたと聞いた私はとって〜も傷ついて、悲しい思いをしました。これは、私の思いなので、麗華さまとは関係ありませんよ」
「なんという、屁理屈。あの出来事を大事にしたくないので何も彼女たちにしないでください」
 祥子は可愛らしく頬に人差し指を当てて首を傾ける。
「麗華さまが、どうしてもって言うなら〜。今回だけは〜、大事にはしないようにします」
「どうしても、お願いしたいです」
「わかりましたぁ」
 祥子はにっこり笑う。麗華は本当に分かっているのかちょっと疑いながら祥子を見る。
「ところで、レンレン戻ってこないと思いません?」
「そうですね」
地下から手鏡を持ってくるぐらいならすぐに帰ってくるはずなのに、先ほどから十分は過ぎている。
「麗華さま、ちょっと様子を見てきてくれませんかぁ?」
「……地下の扉閉めたりしないでくださいよ」
「もう。そんなことはしませんよぉ」
「わかりました。ちょっと様子を見てきますね」
「は〜い。お願いしますねぇ」
 祥子は地下室へ向かった麗華に手を振りながら見送ると、デジタルカメラを取り出して、先ほど撮った蓮と麗華が手を繋ぎ、頭を撫でている写真を呼び出して綺麗に撮れていると満足して笑う。
 さらに再生ボタンを押して、女子トイレで麗華を罵倒していた一般生徒が休学届にサインを泣きながらサインしている写真を見る。退学にすることも出来たけれど、休学で許してあげたのだから優しい方だと祥子は思う。丁度いい見せしめが6人も出てくれたおかげで、これから麗華に妙なちょっかいを出す生徒はいなくなるだろうと、祥子は満足する。
 そろそろ、地下で面白いことが起きているはずだと、祥子はルンルン気分で立ち上がりデジタルカメラを片手に地下へ向かおうとした。
「祥子」
 後ろから、地を這うような低い声が聞こえてもう帰って来たのかと、残念に思う。
「怜兄様、お帰りなさい」
「祥子、本家から呼び出しと嘘を付いて、私を華白館から離れさせましたね。お前、何をやったのですか?」
祥子の兄、怜は祥子が何かやっていると確信して言う。
「ひどいなぁ、怜兄様。私は何もしていないですよぉ」
 怜は祥子が持っているデジタルカメラを奪い、撮っているものを再生させる。
「祥子」
「女子生徒は適切に処理しました。藤森家の、それも陰の神華であられる麗華さまを害しようとした者たちなんですからね!」
 怜は軽く息を吐く。行き過ぎなきもするが、陰の神華を害する危険のある生徒を学園に通わせるわけにはいかない。
「それで、こっちの蓮の方は?」
「そっちは、褒めて欲しいぐらいですぉ。レンレンの欲求不満が爆発して、麗華さまを無理やり!ってならないように、私が一肌脱いで解消させてあげるんですから」
 華神剣の儀を次にやるのは蓮だと聞いていたが、行う様子がみられない。平静を装っているが、傍に待ち望んでいた神華がいて力を十分に得られていないことに、物足りなさを感じているのがわかる。だから、蓮が麗華を送り帰ってくると、朝に話しているのを聞いた時に二人だけにすれば、必ず何か行動を起こすと思った。祥子は華白館にいる怜を、本家からの呼び出しで外させて二人きりの空間を作った。案の定、蓮が麗華に手を出していて思惑通りとほくそ笑んでいた。このまま玄関で事を起こされたら、すぐに帰ってくる怜に何を言われるか分からないので、あえて姿を見せ学校に行く前に仕込んでおいた地下室に二人を追いやった。すべて、予想通りに進んでいる。
「その、一肌脱ぐとは具体的に何をしたのですか?」
「それはもちろん、レンレンと麗華さまが華神剣の儀を、やりたいと思うようにしてみましたぁ」
「二人だけで行わせるのですか」
「そうですよぉ。だって、他の守護家がいたら見せてもらえないじゃないですか」
 華神剣の儀を祥子と怜は直接、見たことは一度もない。神華と行う特別な儀式としての意識が強い守護五家が他家に見せることを拒んでいる。
「怜兄様も見てみたいと思いませんか?」
 怜は自分の妹は困った子だと小さく息を吐く。もちろん、守護五家がそろって神秘的だと絶賛する華神剣の儀を見てみたい気持ちはある。だが、下手に騒ぎ立て、強制的に行わせるとその後、彰華や守護五家から反発があることは想像に難くない。
「好奇心は猫をも殺すと、言う言葉もあるでしょう」
「ふふふ。祥子が猫なら命も九つあるから大丈夫ですよぉ」
「祥子はそこで大人しくしていなさい。私は今すぐ二人の様子を見てきます」
「怜兄様、そんなに慌てなくても、もう手遅れですよ」
 祥子は楽しそうに笑う。
「何をしたのです?」
「安心してください、怜兄様。麗華さまには危険は一つもありません! もちろん、レンレンが暴走して麗華さまをって言うのはちょっとあるかなぁ〜っとも思いますけど。それは、レンレンが堪え性のないだけで、祥子は悪くないと思うし〜」
 怜は祥子から聞きだすことを諦めて、式を飛ばし真琴に祥子がやらかしただろう事を伝える。そして、自分で妹の祥子がやらかしたであろう事を確認し止めるために地下室へ向かった。
 祥子は制服のポケットからもう一つのデジタルカメラを取り出し、楽しく起きているだろうことを見るために怜の後を追った。


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2018.8.31

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