神華 二章 十六話

「あの成績みた?」
「最下位だって、頭悪すぎじゃない!」
「理事長の姪だから裏口入学なんだ」
「私たちは、しっかり血のにじむ努力をして受験でここに入って来たのに! 最低、最悪、ムカつく!」
「そんな人が特進クラスで、しかも、華白館の方々と親しげにしているなんて許せない!」
「ほら、新聞部の洋子が号外ばらまいていたじゃない。あれに、この街の有力者とも仲がいいって書かれていたからでしょ?」
「親戚のコネで、華白館の方々に近づいてのうのうとしているって事よね」
「私たちより、はるかに馬鹿な子が優遇されるなんて、狡すぎ」

 花守学園に麗華の成績が掲示板で知れた後、学園女子たちに衝撃が走った。多くが麗華の成績が悪いことを蔑む内容で、裏口入学で自分たちのアイドルであった彰華や華白館の人たちと仲良くしている事を妬むものだ。
 一般科と特進クラスは渡り廊下で離れて居るため、麗華に対する不満は彼女の耳に直接入ることはない。特進クラスにいる生徒たちは、成績よりも神華である麗華に一目置いている。術者にとって成績よりも、神華と親しくする方がはるかに有益だ。麗華に嫉妬する生徒はいなく、それよりも、麗華と親しくしようとしていた。

 成績表を見て落ち込んでクラスに戻って来た麗華に真司は、理解できないというような顔で横に座る麗華に話しかける。
「お前、そんなに馬鹿だったんだな。成績最下位の奴が近くにいるなんて、天然記念物並に珍しいんだけど」
 真司の言葉が胸に突き刺さり、麗華は机に突っ伏す。
「学力テストが、最下位まで張り出されるなんて残酷すぎる……。普通ありえなくない?」
「学力テストは、そういうものだろ?」
「普通違うよ。少なくても私の行っていた学校は上位50人までで、最下位まで載せないよ。生徒に配慮するでしょ」
「最下位になる奴が悪いんじゃないの?」
 また突き刺さる。
「まぁ、まぁ。ほら転校したばかりで、麗華さんもテストに集中出来なかったんでしょ。しょうがないよ」
「期末テストとかも、成績表が張られるの?」
「期末は上位30人までだよ。学力テストは、全生徒の成績が出る」
「なんて恐ろしい……。成績悪い人に対するいじめだ……」
「勉強しない奴が悪いんだろ」
「してなかったけど……。成績順が表示されるならもうちょっと、頑張ったのに」
「麗華さんの学校が全生徒分の成績が張られない学校だって、俺たち知らなかったんだよ。小学から普通に張り出されていたから」
 優斗たちとの認識の違いに麗華はさらにうめいた。麗華が通って居た学校よりも少し偏差値が高いこの花守学園について行けるのだろうか。藤森家の血族はこの学園に通う事は決まりだからと、転入させられたけれどこんなところで苦しむことになるとは思わなかった。

「麗華さん。担任が職員室まで来てほしいそうです」
 麗華は顔をあげて、声のする方を見ると、そこには長い髪を一つに縛り、規則正しく黒縁眼鏡を触る小百合がいた。小百合は女子の学級委員だという。
「わかった。ありがとう」
 麗華は机に当てて、乱していた髪を軽く直して立ち上がる。
「麗華さん。一緒に行きましょうか?」
「いいの?」
「はい」
 ちらりと、彰華の方を見ると彼はクラスメイトと話をしている。小百合は四六時中、彰華と一緒に居る必要はないようだ。麗華は小百合の申し出をあり難く受け取り感謝を述べて、一緒に職員室へ行くことにした。小百合のほかに真司、優斗と歩く。
 小百合の横を麗華が歩いていると、一般生徒の青色の制服から視線を感じる。好意的な視線ではないようだ。
「……裏口」
 微かに声が漏れてきてそちらを向くと、三人ぐらいの女子が廊下の端に固まり麗華を睨んでいた。
 麗華はやってしまったと、彼女たちの視線から気が付いた。彼女たちの絶大な支持を持つ、彰華たちの近くに、突然現れた頭の悪い従妹として見えるのだ。平穏に過ごそうとしていたところに自分で波風を立ててしまった。
 小百合がその女子に視線を向けると、彼女たちは面白くなさそうにその場から立ち去って行った。なにか悪態をついていなくなったようだが、麗華の耳までその言葉は届くことはなかった。さりげなく、小百合が麗華に気づかれないように、女子たちの声が聞こえないように術を使っていた。

 職員室に入ると、担任の眞尾が学力テスト成績下位者には宿題が出されると渡された、五教科のプリントを受け取った。用事はそれだけだったようでプリントをもらい職員室を後にした。教室から戻るときも、女子たちの視線を感じたが、声が聞こえてくる事はなかった。
一週間以内にやるようにと言う事なので、教室に戻ると麗華はできそうなものから早速取り掛かることにした。



 昨夜は、蓮が麗華と華神剣の儀を行う事になっていたが、麗華が儀の直後から様子がおかしいと、守護家たちは気が付き延期されていた。麗華はそのことを聞いた時嬉しそうにしていた。その時の表情から、蓮たちは華神剣の儀が神華に何か負担がかかるものなのかもしれないと予測した。
 彰華が陽の守護家と執り行う時は、嫌がる素振りは全くなかった。負担がかかるものだとは思いもしていなかった。
 学校から帰って来た蓮たち、陰の守護家は、夕食の後、華白館にある会議室でそのことについて話し合いを行っていた。長く白いテーブルに、十二脚の黒い椅子が置かれてある。その椅子に三、ニで別れて向かい合わせに守護家たちは座っていた。
「麗華さんが、やろうと言いだすまでは、やらない方がいいでしょうね」
 真琴が言うと、大輝、真司、優斗の三人は明らかに不満そうな顔になる。
「自分は、儀式を成功させているからって卑怯だ!」
「麗華は儀式系まだ苦手だろ。自分からやりたいなんて言うのを待っていたらいつになるかわかんないじゃないの?」
「そうだよ。なにかあるとしても、日程を決めて、心構えをさせてあげればいいと思う」
 三人の不満な声に、真琴はすらりとした足を組み替えて腕を組む。
「正直、あの儀式。今の状態のお前たち四人がやったら、麗華さんドン引きして二度と遣りたくないって言う危険性があるんだよな」
「どういう意味だよ」
 四人からの疑わしい視線に真琴はもったいぶったように一人一人を見てから言う。
「……気が飛ぶかと思うほど、全身が満たされる喜びと快感がある」
 それを聞いて、大輝は立ち上がり早くは儀式をしてみたいとテーブルに身を乗り出した。
「いいじゃん! 早く、やりたい!」
「うん、僕たちだって、その感覚を味わいたいよ。真琴さんだけ狡い!」
「いいな。楽しみだ!」
 蓮は息を飲みこみ、その感覚が待ち遠しいと思う。
「これだから、馬鹿な男たちはダメなのよ」
 真琴は大げさにため息を吐いて首を振る。
「なんだよ! ずりー。自分だけ一人占めしたいんだろ!」
「そんなわけないでしょ。落ち着きなさい」
 乗り出してきた大輝の額を真琴の細長い指が弾く。痛いと呻く大輝を放置し話は続く。
「あの儀式中に、快感が全身を駆け巡るとき、喘がない自信がある人は?」
「喘ぐ……」
 椅子に座った意外な事を言われ大輝は、強くはじかれ痛む額を押さえながら考える。他の三人も考える。ずっと待ち望んでいた華神剣の儀に皆、強い憧れがある。
 快感に身を任せて、漏れる声もあるかもしれない。
「もし、あの場で、麗華さんにだらしない声を聞かせて御覧なさい。間違えなくドン引きされて、気持ちが悪いと思われるわよ」
 その光景が簡単に目に浮かぶ。それも、麗華が負担に思っている華神剣の儀の最中に、自分たちだけが快感に浸っていたら完全に嫌われる。
「少なくとも、自分の感情をコントロールできようになってから、麗華さんにお願いしたほうがいいと思うわ」
 真琴の言葉に四人は不服ながらも納得し頷いた。
「まず、蓮。次は貴方の番なんだからしっかりしなさいよ」
 蓮は自分の眼鏡を軽く触る。
「大丈夫だ。精神力の強さには自信がある」
「本当かしら? むっつりスケベは快楽に弱いと思うけど、勢い余って麗華さんを押し倒したりしないでしょうね?」
「誰が、むっつりスケベだ」
 真琴の言葉に蓮が睨む。だが、以前、暴走しかけた記憶のある蓮は完全に大丈夫と言う自信が薄れていく。
「麗華さんから、少しずつ力を分けてもらうのがいいわね。先に満たされていると華神剣の儀も長引かないでしょう」
「そういえば、麻美さんの時は腕が完全に入っていたのに、真琴さんは手首ぐらいで華神剣が生成されていましたね。麗華さんの手から貰える力も相当って事じゃないですか?」
 蜜狩りが起きた際に、麗華が侵入者に誘拐されたことがある。その時に、血を抜かれ気を失っていた麗華に力を分け与えるために、口づけで力の源を流したことがある。実はその時、麗華の力が少し流れてきていた。
 持っている力をすべて麗華に注ぎ倒れたが、少しでも麗華の力が流れてきた事が良かったのか、力の直りは早かった。それから、飢餓状態になることもなく体調は良い。麗華に口づけしたと、誰にも言う気はない真琴は美しい微笑みで四人を見る。
「私が、上手だったってことでしょうね」
 真琴の女性と見間違えそうなほどの美しい笑みを、四人は胡散臭い物を見たような目で見つめた。
「真琴こそ、陰で麗華を押し倒したり、手を出したり、してるんじゃないだろうな!?」
「まさか。私は女性の気持ちを尊重する男だから、無理強いはしないよ」
「怪しい……」
「第一、麗華さんにそんなことしたら、彼女の動言ですぐわかるでしょ?」
「意識がない時とか、ありえるな」
 蓮の鋭い言葉に真琴は、さらに笑みを深める。
「れーん。麗華さんの意識のないうちに、襲おうとか考えないようにね」
「……やらない」
 一瞬の間が信用性を失わせる。繕うように眼鏡を整える蓮に真琴は呆れた視線を送る。
「麗華さんの部屋に式神が来て、良かったんじゃないかしら。意識がないうちならこっそりやれると、考えていそうな人が数人いるようだから」
 ちょっと、意識のないうちなら、いいかもしれないと頭をよぎった人たちが、真琴の視線から逃げるように、テーブル、窓、戸の方を見つめていた。

top≫ ≪menu≫ ≪back≫ ≪next

2016.11.29

inserted by FC2 system