二章 十一話



 校舎の中に入ると蓮が先頭を歩き、麗華の隣を真司、その後ろを大輝、優斗が歩いていた。創立百年以上の名門花守学園だが、古い建物ではなく綺麗な建物だった。廊下のところどころに、壁掛けの花瓶が飾っており廊下はふんわりと花の香りがしていた。

「麗華さん、さっきみたいなのはひやひやするから、やめてほしいよ」
 麗華の後ろを歩いている優斗が、女子たちが襲ってきたらどうしようかと思ったと苦笑いする。
「微笑みの貴公子様だよ? あそこで笑わない方が、彰華君に失礼でしょ?」
 彰華が微笑みの貴公子と呼ばれている時、気にした様子なく微笑んでいた。その姿で、呼ばれ慣れていると分かる。
「いつもの事だよ。昔から呼ばれているから、気にした事もなかった」
「そうなの? あ、真司たちにも、二つ名があるの!?」
 気にしたようすのない真司に、麗華は真司たちも女子に人気だったことを思い出した。
「……僕には、ないよ」
「毒薔薇の王子? だったっけ?」
「優斗! 言うなよ!!」
 優斗はさわやかに笑い、真司が掴みかかって来たのを軽く避けていた。
「毒薔薇の王子とはまた、すごい二つ名だね」
「真司が昔、学園祭で女装したことがあってね、その時女装した姿が――」
「優斗! それ以上言うなよ! お前だって、『花守の占い師さま』って、くそ普通だよな! お前!」
「麗華さん、俺には彰華たちみたいに、面白い二つ名はないんだよ」
「占い師さま、も十分面白いけど、毒薔薇の王子には負けちゃうね。女装が関係しているって事は、劇で眠り姫をやったの?」
「麗華、蒸し返すなよ!」
「そうそう、眠り姫だったんだけど、真司って毒舌なところがあるだろ? だから毒薔薇の王子または、姫って呼ばれていた時期もあったけど」
「姫って言った奴は、地獄へ送った。優斗も送ってやるか? 今すぐに」
「遠慮しておくよ」
 優斗は両手をあげて降参を表す。
「麗華、俺たちが付いているから、学園内では何も起きないだろうが、女子の嫉妬は恐ろしいと聞く。あまり、嫉妬を煽るような事は慎むべきだ」
 蓮が眼鏡を整えながら振り返り、麗華に苦言を呈する。
「蓮さん、女子の嫉妬の恐さ。それを女子である私が、わからないと思いますか?」
 麗華は中学の時に父が居ないことで、いじめにあった時期がある。女子の集団になると発生する陰険さをよくわかっている。集団でいることが嫌いだったことも、このいじめがあった事が原因だった。陽の守護家からも、藤森家に来た当初嫉妬の視線を感じていた。今はだいぶ和らいだが、それでも彰華が関わることになると、嫉妬の炎が見える。
「あそこで大笑いすることで、従妹であって、恋敵ではないって、思ってもらえるでしょ? 視線に怯えず堂々としている事が一番」
「……なるほど」
 それに、あそこで麗華が真司たちの背に隠れるだけでは、守ってくれるという陰の守護家に悪い気がした。守るべき存在(陰の神華)が、怯えてただ助けを求めるだけの存在ではいけない。やましいことをしているつもりはないのだから、堂々としている事が一番だ。

 割と早い時間に登校して来ていたが、蓮たちと校内を歩くだけでも人から視線を感じる。女子からは、『夏祭りの』と言う単語と一緒に見られ、男子からは転校生?っと珍しそうな物を見るような視線がある。嫉妬と好奇心の入り混じる視線を、気にすることなく麗華は前だけをみて歩いていこうと思った。


 職員室の前に着くと担任の席まで案内をされ、担任は控室に麗華を案内した。蓮たちは麗華とともにいると言ったが、担任の眞尾(まお)は教室に行くように生徒に促した。麗華も大丈夫と言い、蓮たちと別れる。
 控室へ入ると、麗華の他にもう一人椅子に座っていた。

「……貴女」
 嫌そうな顔をして麗華を見つめる少女、少し釣り目で髪を肩の手前で切りそろえた少女、登世子が居た。麗華と同じ真新しい制服を着て座っている。
「……登世子も転校して来たのね」
 藤森家の蜜狩りの主犯格である、登世子は藤森の家に軟禁されていると聞いていたが、彼女も花守学園へ行くことになることを聞いていなかった。前に、藤森家当主である菊華が、藤森の血縁は花守学園へ行くことが決まっていると言っていた。登世子も藤森家の血族。それも強い呪力を持っている。
「呼び捨てにしないで」
 ふんと、麗華から顔を逸らす登世子から少し離れた席に、麗華は座った。
「私と同じ、緑の制服って事は、登世子も特進科なのね」
「なれなれしく呼ばないでよ。特進科なんて、一般人向けの言葉しか出てこないのね。花守学園は、術者を養育する機関のある特殊な学校だと知らないのね?」
「知らなかった」
 ふん、麗華を見て鼻で笑う。
「陰の神華さまには、なにも教えないのね」
「全くだよね。まぁ、私も聞こうとしていなかったからね」
 蓮たちは麗華が怒ってから、機嫌を損ねないようにしているところがある。大輝に至っては、先ほども一言もしゃべらず黙っていた。麗華の友人を殴り、彼女から冷たい目で見られたことがだいぶ堪えたらしい。
「教えて差し上げましょうか?」
 麗華が何も聞かされていないことに、優越感を覚えた登世子は馬鹿にしたように笑う。
「いや、いいよ。どうせ、これから説明されるでしょ? 全校集会の後に、クラスに案内をするって先生が言っていたから、その前に説明してくれるでしょ」
「貴女って本当に、失礼な人ね」
「そうだね。ねぇ、登世子はあの式神の事をまだ信じているの?」
 父の兄、麗華の伯父であり、神様と言う信じ難い肩書を持つ男が、菫と同じ石を半分に割り作ったという式神は、蜜狩りの主犯だった。登世子はその事について何一つ語らないと、聞いていた。鬱陶しそうな髪の毛と印象的な紫色の目を持つ式神は、登世子の事を刀で突き刺し殺そうとしていた。
 それでも、登世子は彼のしたことだからと言いながら、麗華を襲うほど、かの式神に傾倒しているようだった。あれからあの式神が華守市へ来た様子はなかった。
 登世子は麗華を睨みつける。
「……貴女に、何がわかると言うの……」
「何も? ただ、信じているのかどうか聞いただけだよ」
 菫に、彼と同じ石から出来た式神の行動の真意を聞いた時、何も言わなかった。彼が何を考えていたのか、麗華は今もわからない。でも、今、登世子がここにいることが、その答えの一つなんだろうと、漠然と思った。
 神界の秩序を守る役目にあると言う伯父が、藤森を管理する役職の人に手を貸していたと、式神がやっていた行動で分かる。陰陽の神華をそろえる事、藤森の血が、藤森へ戻る為の計画。
 たとえ、主犯格として襲ってきた登世子だとしても、真の主犯に切り捨てられたとすれば、処断せず情けをかけ保護することになる。
 刺された時、血が噴き出した登世子を見て笑っていた式神が、そのことを考えていたのか真意はわからない。

「貴女に言うわけがないでしょう」
「まぁ。そうだよね」
 あの時、あのまま刺されて倒れただけなら保護対象になったかもしれないが、登世子はその後、治療していた水谷家の人々を切り捨て、彰華を襲おうとし、麗華を襲った。本気で殺そうとしていた、あの時の登世子の目は忘れられない。
そんな彼女とこうして普通に話しているのは、登世子の甲にされている術印があるからだ。
 登世子は誰もが認めてしまうほどの呪力を持っている。その呪力を両手の甲にされた入れ墨の術印で封じていた。その術印は右を彰華が、左を麗華が行ったものだ。彰華と麗華の力を破らない限り、許可なく術を使う事は出来ない。事実上、登世子は呪力を失っている。なので、麗華は落ち着いて登世子と話をしていた。もし、登世子が襲ってきたとしても、体力に自信がある麗華は力で押さえつけられる。
「貴女と話していると、イライラしてくるわ!」
「それは、カルシウム不足かな? 小魚とか食べるといいよ」

「二人とも、同じ転校生同士仲良く盛り上がっているみたいだね」
 控室の戸をのんきな声と共に担任の眞尾が開けて入って来た。三十代前半の男性でのんきそうな顔をしている先生だ。麗華と登世子が話しているのを勘違いしているらしく、いいことだと笑っている。登世子は眞尾を睨みつけ、麗華は苦笑いで先生を見た。
「さて、特進科について二人に説明をしようと思う。中高から存在する特進科は、知っての通り術者を養育する教室だ。全国各地から術を極めたいと思う家の子が、試験を受け入ってくる。大体40名のクラスで構成され、学年に一クラスある。術について学ぶ教室は、一般生徒が入ることのないように、本校舎から渡り廊下で入ることの出来る別校舎になっている。一階が中等部、二階が高等部、三階が図書室や実験室がある。一般生徒が間違ってはいることのないように術が施されているから、その点は安心していいからな」
「一クラスしかないんですか?」
「そうだよ。二人にこれをどうぞ。学園のピンズ。校章の色で学年がわかるようになっている。赤が一年生、青が二年生、緑が三年生」
 眞尾に渡された、花守学園の校章は花のような形をしている。蓮たちも同じものを付けているのだろうが、気が付かなかった。
「裏に、自分の名前が彫られている、なくした時は事務所へ申請を出せば、もらえるからな。あと生徒手帳。この生徒手帳は大切に扱えよ。食堂でご飯を食べる時中に入っているICカードを使って食券を出す。それだけじゃなく、渡り廊下にあるゲートを通る時や、職員室に入る時や、図書室で物を借りる時、ロッカーの鍵もこの生徒手帳を使う」
「意外にハイテクなんですね」
「そう、だから、この生徒手帳は大切に扱うように。無くした場合は速やかに、事務所へ届を出すこと。履歴も残るけれど悪用されると大変だからな」
 麗華は渡された生徒手帳を開けると、一ページ目に名前、写真、住所が書かれているよくある身分証明書のページになっている。次のページは校歌、規則と続き、ぺらぺらとめくっていると違反点と書かれた何かを記入するような形になっているページが出た。
「違反点?」
「遅刻や、校則違反を記す場所だよ。学園には風紀委員や生徒会があってな、もし規則を破っている生徒が居れば、そこに記入することになっている。点数が付けられ、掃除当番という可愛らしいものから、停学とかになる事もあるから気を付けろよ。違反項目は次項に書かれている」
 次のページを捲り違反項目を読みながら、普通に生活をすれば違反点にはならないだろうと判断し、一安心する。
「これを、破り続ければ、退学になれるの?」
 登世子の不穏な声に、眞尾はのんきに答える。
「退学はないよ。生徒に退学にできるほどの権力を与えるわけがないだろ。停学も最大の罰則だからそうそうないよ。安心だろ?」

 りんりんりんと鈴の音がスピーカーから聞こえた。
『全校集会のための移動を行います。混雑防止のため、移動制限があります。始めに一年二組から五組は移動を開始してください。繰り返します。一年二組から五組は移動を開始してください』
 全校集会がそろそろ始まるらしい。
「全校集会の後にクラスに案内するが、横で見るか?」
「いやよ。面倒だわ」
 登世子が即答で断り、麗華は少し考えてから、行くと答えた。
「登世子も行こうよ、私一人で先生方と一緒に見るのは浮きそうでしょ」
「呼び捨てにしないで。それなら、見に行かなければいいでしょう」
「花守学園に転入したのだから、生徒として全校集会を見ておいた方がいいって」
「転入なんて、私の意思ではないわ」
 ふん、と顔を背け動かないと意思を示す。
「そっか、じゃあ、私も行かないでここで待っている事にするよ」
「あら、私に付き合わないで行って来てよ。むしろ、貴女と一緒に居たくないわ。向こうへ行って」
「冷たいなー。同じ転校生同士仲良くしようよ」
「貴女と一緒にしないで! どういう神経しているの!? 私は貴女を視界にもいれたくないぐらい嫌いよ!」
 ばんと、立ち上がり、登世子は叫び控室を出て行った。
「おい、昂然!? どこへ行くんだよ!」
 眞尾は登世子を追って控室を出て行った。残された麗華は登世子が持っていくのを忘れた、生徒手帳を見ながら軽く息を吐く。嫌われて当然な事を登世子にしたし、麗華も登世子がやってきた事を許した訳ではない。
 それでも、本当は転校したくなかったもの同士仲良くなれたら、いいなと思った。
 はっきりと麗華を嫌いだと言う登世子。陰の神華となってから、ころっと態度を変えた他の家の術者とは違い、麗華を嫌い続ける彼女の態度は今の彼女には貴重な存在に思えた。


top≫ ≪menu≫ ≪back≫ ≪next

2015.11.6

inserted by FC2 system