神華 二章 八話



 麗華が通う事になる花守学園は、小学校から大学までのエスカレーター式の学校だ。さらに、中学、高校は全寮制になる。一夜明け、麗華たちが寮へ引っ越す日がやって来た。
 藤森家に帰って来てからも、麗華は大輝たちと口を聞こうとしなかった。荷物を運ぶ時も逃げるように彰華と陽の守護家、小百合の傍に行き今後について聞いていた。

 目を合わしても、すぐに逸らされ大輝は落ち込んでいた。麗華の悪口を言い笑っていた、自称友人の事を懲らしめてやったつもりでいる大輝は、悪いことをしたつもりはない。さすがに、殴った事はやり過ぎたかもしれないが、大輝からすれば、麗華の悪口を言う奴は皆敵だ。当然の事をしたと思っている。すこし、ほんの少しだけ、麗華が付いてくるなと言ったのにも関わらず付いていった事だけは、麗華の気持ちを考えていない行動だった気がして悪い気がした。
 『最低』と言われた言葉が、頭をめぐる。
 麗華に危害を加えていた、優斗や真琴、蓮にもあんな冷たい言葉で履き捨てるように声を出していなかった。大輝は他の守護家よりも、麗華が辛い時に一緒に行動していた自分の方が麗華に好かれていると思い、優越感があった。それなのに、今回の事で麗華に嫌われた。
「どうしよう……」
 藤森家から麗華たちの寮、華白館(はなしろかん)へ向かう途中の車移動中、大輝は頭を抱えて落ち込んでいた。
「それはこっちの台詞だよ」
 隣に座っている真司が同じように頭を抱えていた。麗華は、友人を殴った大輝だけでなく、真司、優斗にも同じような冷やかな侮蔑の視線を送っていた。それに、真琴と蓮も三人がついて来ている事を了承していたと判断したようで、帰りの新幹線の中では誰とも口を聞こうとしていなかった。
「大輝があそこで出て行かなければ、ばれなかったのに。今日も目も合わせようとしないし、挨拶も視線だけよこしてそっぽ向いていたよ……」
「馬鹿ねー。麗華さんきっと優斗たちの事、嫌いになったし、元々地に落ちていた信用も無くしたよ」
 真司の隣に座っている、金髪でセミショートの荒木莉奈は助手席に座っている優斗の座席を掴み揺らし、落ち込む三人を馬鹿にする。本来なら麗華がこの車で真司たちと白華館へ向かう予定になっていたが、麗華が拒否をした。彰華が乗り込んだ車に陽の守護家が乗り込もうとするより早く、麗華が乗り込んだのだ。彰華があきれ顔で、莉奈と席を変えるように指示をだし、今のような座席で移動することになった。

 いつも彰華と一緒の車でいく莉奈は大輝たちがした事の巻き添えになり、彰華と一緒に行動できないことを不服に感じていた。

「素直に謝って、麗華さんと仲直りしたら?」
「謝ったさ。殴った奴にも来ていた自称友人にも謝った。でも麗華の機嫌が直らない。もう、どうしたらいいかわからない……」
「相当頭に来ているのね。でも、麗華さんも守護家が神華を守るように付いていくのは、当たり前のことって思ってくれればいいのにね」
 陽の守護家の莉奈は片時も彰華と離れたいと思わないし、彰華も大抵のところへ行くと気は必ず五人引き連れて行く。誰か一人を優遇することはなく、平等に優しく接する。その姿が、陽の守護家からすれば当たり前の光景のため、麗華が陰の守護家である優斗たち五人を連れて行こうとしなかったことは、莉奈からすれば妙な事に思えた。

大輝が友人を殴った事にも怒っていたのだろうが、約束を破り、ついていった事にも怒っていた。
「一般人の感覚か」
 助手席に座る優斗は、司に注意されたことを思い出していた。麗華は術者と関係のない生活を送っていた。急に神華という特別な存在として祭り上げられても、理解できなく苦しむことになると言っていた。
 守護家からすると、神華を守るために五人で行動することは当たり前の事だが、麗華からすれば違うという事をちゃんと理解していなかった。これからの学園生活、もし麗華の感覚からずれることをすれば、さらに嫌われることになるだろう。

「麗華さんの感覚に合わせた行動をしないと、もっと嫌われるかもしれないな」
「麗華の感覚って言われてもね……」
「俺たちに、それを求められてもよ……」
「難しいよな……」
 守護家として今まで生活してきた大輝たちは、一般人の感覚と言うものがいまいち理解できていない。麗華が藤森家にいる時、真司たちの行動を奇妙なものを見るような目で見て居たのは知っているが、それを実行することは難しそうだった。

 落ち込む三人に莉奈はイライラした声を上げる。
「なんでこんな、暗い車内に私が居なきゃいけないのよ! 彰華と一緒に楽しく行きたかったのに! こんな、馬鹿たちと一緒に居たくない!」
「こっちだって、莉奈みたいな騒がしいやつと、同じ車内は嫌だった」
「生意気! うじうじしていないで、嫌われたくないなら、麗華さんの感覚って言うのを聞いて、嫌がることをしなきゃいいんでしょ! 馬鹿みたいに、隠れてやればばれないって思わないで、嫌がられたら、素直にやめなさいよ! 全く、馬鹿なんだから!」
 莉奈の苛立った声が車内に響く。
「馬鹿ども、よーく覚えておきなさい! せっかく、現れた陰の神華に嫌われるような事はしない。簡単でしょ!」
 莉奈に言われて、大輝たち三人はその忠告を胸の中に刻むことにした。









「麗華」
 車内から窓の外を眺めていた麗華に、隣に座っている彰華が声をかけた。視線だけで彰華を見て返事にした。
「まだ怒っているのか?」
「ん……。考えが甘かったと思って、さ。陰の守護家は、今まで現れていなかった陰の神華が出てきて浮足立っていた。今まで傍にいれなかった分、傍にいようと普段から私の近くから離れようとしていなかった人たちに、留守番が出来るはずないんだよね。私が、最初から実家に五人を連れて行ったら、こんなことには成らなかった」
「わかっていたのか。あいつらは、お前を守るために居る。やる気に満ち溢れているあいつらから、逃れようとするのは無理だ」
 車内には麗華、彰華、小百合、麻美が居る。麗華は、いつも五人引き連れて動いている彰華が、なぜそうしているのか、少しわかった気がした。彰華は、見て居るこっちが恥ずかしくなるような、たらしの典型的な行動を陽の守護家にとる。彼の趣味かと思っていたが、もしかしたら、それで調節をしているのかもしれない。
「大輝君が凶暴なのは知っていたけど、なにも友人を問答無用に殴る事ないと思うのよね」
「弟の大輝が、馬鹿な行動をしてしまい、申し訳ありません。麗華さま」

 色気のある肩をだした服を着ている麻美は、緩くウエーブのかかった髪が膝に付くまで頭を下げて謝罪する。今までも麻美の弟である大輝が麗華に迷惑を度々かけていた。
「別に、麻美さんのせいではありませんから」
 すでに何度も麻美から謝罪を受けている麗華は、このやりとりに疲れていた。もう一度、謝罪する麻美に麗華は軽く息を吐く。守護家の人たちは、悪いと思えば丁寧に謝罪してくれるが、その謝罪のしつこさが嫌になる。荒木家に関わると気は、あいさつ代わりに優斗がしたことについての謝罪が未だにある。もう怒っていないと言っても、もういいと言っても、謝罪する。
 謝罪よりも、謝罪しなければいけないような事柄をしないでほしいと、麗華は思う。

「これからの学校生活も、ずっと5人が付いて回るのかな……」
「麗華さんは、真司さんたちの事が嫌いですか?」
 黒縁眼鏡を規則正しく直すと小百合は助手席から後部座席に座っている麗華に振り返り聞いた。
「嫌いではないけど、今は好きでもない」
「そうですか」
 麗華が言うと、小百合は残念そうに身を助手席に戻す。

「だってさ、妖魔を仕掛けて私を襲わせたって言う前科があるのに、また、私が望んでいないことを、黙ってするんだよ。二度あることは三度ある。って言うじゃない。それはもちろん、私に危害を加えるって言う意味じゃないかもしれないけど、私の知らないところで動いて今回みたいに何かやらかされたら、嫌でしょう?」
「麗華さんの事を思ってやった事でも嫌ですか?」
「私がやらないでって言って了解しておきながら、隠れてやっていたら、怒るのは当然だと思う」
「そうですが、麗華さんを守るために真司さんたちも一生懸命だったのだと思います」
 小百合は守護家の立場だ。
「小百合さんは、彰華君のためって思って暗躍することあるの?」
「…………」
 小百合がちらりと、彰華に視線をやりなんて答えようか悩んでいる。
「彰華君は、暗躍している陽の守護家をどう思う?」
 彰華は長めの前髪をかき上げて笑う。
「それが役目だろ。嫌なら陰の守護家を自在に扱う事の出来る器を持つことだな」
 余裕の顔の彰華を見て麗華は小さく息を吐く。
「器って、難しいことを言うなぁ……」

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2015.10.24

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