一章七十九話

 

 太陽も徐々に沈み始め、祭りの余興は残り打ち上げ花火だけだ。夏祭りの目玉の花火を見ようと、花守公園には更に多くの人達が集まり始めていた。会場で司会進行をしていた彰華達は、花火の打ち上げが始まる前にその役目を他の人に引き継ぎ、関係者席に戻ってきた。
 元々、彰華達は花火の打ち上げが始まる前に花守公園を離れる事になっている。会場には予め結界が張られているが、これ以上人が密集する場所にいる事は華守市に施されていた結界が消えた今、危険が多い。闇に乗じて奇襲に遭う恐れがある為、辺りが完全に暗くなる前に藤森家に戻るのだ。
 最後の花火が見られない事は残念だが、人が大勢いる場所で何かが起きれば大変な事態になってしまう。麗華達も彰華に続き、車に乗り込み祭りの会場を離れた。

 久しぶりに楽しく遊べて麗華は満足していた。ここ最近、結界を作る作業で疲れていたが、いい気分転換が出来た。この後は藤森家で宴が模様される。彰華と共に舞いをしなければいけない。ずっと練習してきたが、まだやっと振り付けが出来るようになった程度の麗華は不安だった。麗華と彰華が舞っている時、笛や太鼓や謡を陰陽の守護家が担当する。
 藤森家と守護家の一族の前だから緊張する事ないと、菊華は言っていたが、一族の前だからこそ緊張するのだ。それに、麗華は菊華の言葉はあてにならないと言う事を、よく知っていた。
 藤森家に着くと休む暇もなく着替えと化粧直しが待っていた。いつも小百合と麻美に着替えを手伝ってもらっているが、彼女達も準備がある為今回は、岩本家の女性が着替えを手伝ってくれる。初めて見る顔ぶれに、少し緊張するが岩本家の女性は丁寧に着付けと化粧直しをしてくれた。
 鏡の前に達麗華は自分の姿を見て、自分じゃないみたいだと思った。麗華の衣装は、緋袴に白衣、その上に薄い桃色の生地に鮮やかな花の刺繍が施されている千早を羽織る。巫女装束に似ているが、千早にされている鮮やか過ぎる花が、巫女装束とは違う。大人っぽい化粧で凛とした顔立ちが出来ていた。扇子に付いている鈴の音が、麗華が歩くたびに音を出す。
 廊下に出ると、同じ様に岩本家の男性に仕度を手伝ってもらっていた彰華とあった。
彰華が着る衣装は紺の紋付の上に白生地の陣羽織でこちらも鮮やかな花の刺繍が施されていた。舞いを舞う衣装にしては麗華も彰華も不思議な格好だが、これが藤森家で代々神華が着る衣装として受け継がれているものだ。
 彰華はどんな衣装でも悠々たる立ち振る舞いで着こなしてしまっている。衣装に着られている麗華とは大違いだ。
 彰華は麗華に目をやると、口元を片方上げて笑った。先導するように岩本家の人が案内しているのと、麗華の後ろにも岩本家の女性が付いて歩いている。人前であるため、麗華は彰華の意味ありげな笑いに、文句を言う事が出来なかった。彰華の隣まで歩いて行き、周りの人にばれないように持っている扇子で彰華の脇を突く。
「どうせ似合っていませんよ」
 彰華は突かれた、脇腹を少し抑えて苦笑いする。
「そのようなことを、思ったわけではありません」
 人前である為、彰華は菊華の前にいる時の様な丁寧な口調に変わっている。
「うそだ。絶対そう言う笑い方だったよ。自分で分かっているよ。着物に着られているって。化粧のお陰で別人みたいな出来になっているしね」
「いえ、これからは、一人ではなく麗華さんが隣にいるのだと。そう思ったら面白いなと思いまして」
 いつも一人で舞っていた夏祭りの舞いだが、これからは陽の神華と陰の神華が舞う事になる。それだけでなく、神華の行事には麗華も参加するようになる。
「そうだね。彰華君は神華の行事って今までひとりだったもんね。でも、私はいつも隣に彰華君いたから、そんな面白いって感じしないな。彰華君が隣なのは当り前な気がするよ」
 朝の朝食や夕食などの席もいつも彰華と隣だ。会議の時も麗華の席は彰華の隣に作られる。だから、こういう行事になると彰華の隣に麗華の席があるのは何時も道理な気がした。彰華は麗華の方を呆れたように見て曖昧に笑う。
「なに?」
「いえ、自覚なさそうですからいいです。舞の最中に足を引っ掛けないでくださいね」
 練習中に、何度かわざとじゃないが彰華に足を引っ掛けて転ばせた事がある。本当にやりそうな気がしてきて、胸を押さえ麗華は細々とした声で気を付けるよと言った。


 桜の間に案内されて、戸をあけられて見えたのは、両脇に演奏者の各守護家が、太鼓や笛や三味線を傍に置きお辞儀している姿だ。桜の間に入るのはこれが初めてだが、廊下の長さから段々と嫌な予感がしてくる。彰華に続き中に入れば、ずらりとお辞儀して出迎える人々。藤森家の一族だけではなく、守護五家の一族が揃っているのでざっと見て六百人程は居た。緊張する事はないと菊華は言っていたが、こんな大勢を前に緊張しない方がおかしい。
 扇子で顔を隠す様にして舞の始まりの位置に着く。横笛の響く音が聞こえて、小太鼓の音、三味線の音が重なっていく。麗華と彰華が持つ扇子に付いている鈴の音がそれに重なる様にして舞は始まった。
 大勢の視線を集めている事に気を取られては行けないと、分かっているけれど、視線が気になる。足が震え、間違えそうになるのを辛うじて耐えた。
 陰の神華が帰還して初めて行われる、陰陽の神華が揃った舞は、それだけ人の注目を浴びていた。そして、麗華と彰華が生み出す神秘的な空気が見るモノを魅了して行った。




 麗華と彰華が上座で、藤森家当主菊華、知華が並び、藤森家血族、守護五家の当主、その後ろに守護家、その他一族と言う席順で宴は盛り上がっていた。真司達とは、かなり席が離れている。
 一度麗華は各守護五家の当主と顔合わせの食事会に出た事があったが、これだけの大人数で宴会は初めてだった。桜の間には六百人近い人が、祭りの宴を楽しんでいる。これでも、まだ花守公園で行われている祭りを警備している人や、花火の打ち上げを準備している人達がいない。終われば合流する事になっているが正月に揃う人数よりははるかに少ないと言うので驚きだ。お酒に酔い歌や踊りだす、賑やかな桜の間。
 会席料理を食べながら、麗華は舞が無事に終わった事にほっとしていた。派手な失敗もなく終わった時は盛大な拍手や、何故か泣いている人達も居て大変驚いた。
 唯、会席料理を食べていると、次々挨拶にやって来る守護家の一族の相手が辛い。○○家の○○で○○とまた従妹だとか、○○家の当主の妹の娘の子供の夫だとか、だんだん家系図がぐちゃぐちゃで、わからなくなる。舞いが綺麗だったとか褒めてくれる事だけ、嬉しかった。一人終わると、次の人が待っていたかのように出て来て、挨拶して行く。隣の彰華を見れば、特に疲れた様子もなく、上手い具合に相手をしていた。
 宴を盛り上げる様にどっかの席で術を使った芸を始めた。桜の間の天井に届く様に火竜が踊っている。それに続くように水竜や土竜がじゃれあうように踊っている。
 その様子に麗華に挨拶に来ていた人達も、驚いて見上げて楽しんでいた。
 そのすきに麗華は隣の彰華に近寄り話しかける。

「これ、何時まで続くの?」
「宴自体は朝方まで続きます。もう少ししたら、酔った人が幻影術を出し合い、これよりさらに幻想的な空間になりますよ。私達がどの術を気にったか、競っているのです。疲れましたか?」
「うん。もう正直寝たい」
 幻想的な空間は確かに楽しそうだが、次々挨拶に来られて疲れた。
「では、下がっても大丈夫ですよ。後は私が相手をしますので」
「彰華君は何時までいるの?」
「私も最後までは付き合いません。ほら、知華ももう下がるようです」
 中学三年生の知華は、銀色と金色に染めた派手な頭の岩本家長男奏に、連れて行かれるのが見える。気のせいだろうか、知華は嫌がっているように見えた。でも奏が楽しそうに知華の手を引っ張り連れて行っている。
「あれ、大丈夫なの?」
 麗華は奏が、ちょっと変わった性格なのを知っている。知華が誘拐された時に、奏が助けて欲しいと麗華達に頼んだ事があった。そのとき、『知華さまを泣かして驚かしていじめていいのはこの俺だけなのに!』と叫んでいた。
「あぁ。心配いりませんよ。奏は知華を本当に大切に扱ってくれています。ただ、不器用なのでしょう」
「そ、そう? でも、彰華君がまだいるなら私も居るよ。幻想的って言う術も見たくなってきたし」
 麗華は自分の席に戻り、冷たい麦茶を一気に飲む。前を見れば、麗華が彰華から離れたとこを見て、また挨拶に行こうとしている人達と目が合った。
 神華になってから、初めてとも言える藤森家一族、守護五家一族との宴。陰の神華に挨拶しておきたい人達はまだいるのだ。彰華が下がる時に一緒に下がる事にして、麗華は挨拶に来た人の相手を再開させた。




 宴から解放されたのはその四時間後だ。深夜の一時に自室に戻ってきた麗華は、寝間着に着替えると用意されていた布団に転がった。
 宴の後半は疲れたけれど、今日一日楽しかった。お祭りで皆と一緒に過ごせた事は、何より夏のいい思い出になった。布団の上で今日一日を思い出しながらウトウトしていると、窓を叩く音で起された。誰だろうと、少し警戒しながら窓に近づく。
「麗華? 俺」
「俺?」
「早く開けろ」
 前にも一度こんなことがあったと思い出しながら、窓を開けると、大輝がいた。麗華は大輝の訪問に首を傾ける。
「どうしたの? 何で窓から? 部屋近いんだから廊下から来てくれればいいのに」
「お前。岩本家の式神を餌付けしただろ? 近寄ろうとしたら、追い返された。騒いだら他の奴も出てくるだろ。だから、窓しかなかったんだよ」
「携帯で連絡取れるでしょ?」
「……忘れてた。いいだろ、それより、出てこいよ」
「なに?」
「いいから、別に危険な事はない」
 大輝が手だして、麗華が窓から出るのを手伝ってくれる。はだしのまま外に出ると、大輝はそのまま麗華を案内する。連れて行かれた場所に屋根に続く梯子が掛っていた。大輝はすたすたと梯子をあがっていく。
「上に何があるの?」
「いいから。早く登れよ」
 屋根に上った大輝が上から麗華に催促する。麗華は不思議に思いながら梯子を上がり屋根の上に出た。
「足元気を付けろよ」
 そのまま瓦屋根を少し登り頂上に辿り着く。頂上に腰をおろして、上を見ると頭上には落ちてきそうなほど綺麗な星空が広がっていた。
「わぁ。綺麗だね」
 誰もが寝静まった夜中に、こうして大輝と星を見ているのは不思議な感じがした。時折離れた場所にある桜の間の笑い声が聞こえてくる。
「まだ、これからだ」
「何?」
「行くぞ!」
 大輝が何か呪文を唱え始めた。何があるのかと、ドキドキしていると、夜空に大輪の花火が打ちあがった。赤や青や緑。色も形も様々な花火が夜空を染めて行く。
「凄い! 綺麗! 凄いよ!」
 麗華は花火を見て感激する。隣で呪文を唱えて花火を作りだしている大輝に、嬉しくなって笑いかける。
「だろ? まだまだ行くぜ!」
 大輝は麗華の喜ぶ顔を見て、更に夜空に花火を作りだした。麗華と大輝二人の花火大会。術で作り出した花火は術者にしか見えないし、音もない為、一般の人は見る事は出来ない。
 麗華はこれ以上ない最高の花火だと思った。
「かっこいい! 有難う大輝君!」
「気に入ったか?」
「うん。めっちゃくちゃ最高!」
「車で、落ち込んでただろ。花火見れないってさ。だから見せてやろうと思って」
「嬉しい、ありがとう!」
 麗華は笑顔でお礼を言うと大輝は満足そうに笑う。
「なぁ、これからも、そうやって笑っていろよ」
「え?」
「なんでもない! こうやって花火作る結構高度な技術いるんだぜ」
「そうなの?」
「麻美なんか出来ないからな」
 大輝の姉である麻美は攻撃の術は得意だが、こういった派手な幻影術はできない。やろうとも思った事はないだろう。大輝が子供の頃から戦闘の術よりも面白いからと遊んで作り上げたものだ。
「そうなんだ、すごいね」
「まーな」
 大輝は満足そうに頷いて、麗華の隣に座る。
「あと四日で学校が始まるな」
「うん。転校なんて初めてだからドキドキだよ」

「大輝! そこにいるのは分かってる! 下りてこい!」
 屋根の下から、真琴と思われる声が聞こえる。
「やべ、真琴にばれた」
 大輝は怒られると苦い顔をする。
「術使ったのがまずかったのかな?」
「いや、どっちかっと言うと」
「麗華を連れ出しただろ! 早くおりろ!」
 麗華を無断で部屋から連れ出した事がまずかったらしい。麗華も大輝と一緒に屋根から下りると、下で待っていた真琴に二人して怒られる事になった。





 あと四日で夏休みが終わる。
 三週間ちょっとの華守市で過ごした夏休みは、この街に来た時に予想もしていなかったモノだった。
 楽しい事も、愉快な事も、恐い事も、痛い事も色々経験した。知らなかった事を知れて、知りたくなかった事がわかった。
 大切にしてくれる人々と大切にしたいと思える人々に会う事が出来た。
 生涯で一番の思い出の夏休みになった。





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2013.3.10

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