一章 七十七話


 無事に真司と大輝と合流した麗華は蓮と別れて、元居た関係者席に戻り丁度休憩に入った彰華達と昼食を食べる。
 この後、ステージでは浴衣美人コンテストが行われる。麗華達が戻って来る前に会場では参加者を決める整理券を配っていた。その整理券から抽選で十人選び、その中から順位を付けるという。
 会場に浴衣を着た女の子が多い事に納得がいく。抽選で選ばれるから、浴衣で着飾って来ていたのだろう。優勝者の商品は一万円分の商品券と温泉の宿泊券と彰華とツーショット写真と言うものらしい。最初の二つはコンテストらしい商品だが、最後の彰華との写真は嬉しいのだろうかと、疑問に思うが、学園の人気者とのツーショット写真は貴重でそれを目的にコンテストに参加するものが大半だと言う。
 気のせいか、関係者席の方を会場の女の子達が注目していた。焼き鳥をかじりながら、隣にいる真司に聞いてみる。
「なんか、やたらと視線感じない?」
「あぁ。彰華がここで食べているからじゃないの。去年は一度家に帰ったし」
「そうなの?」
 この視線は彰華を見ていたのか。食べる所まで注目されるのは疲れそうだな、と思い彰華を見る。両脇に陽の守護家を侍らせて、焼きそばを食べていた。瑛子が『あーん』と彰華の口元に焼き鳥を差し出して、隣にいる莉奈にげんこつを落とされ怒られる。瑛子が凹んでいる所を、彰華が食べていた焼きそばを瑛子の唇に持って行き食べさせる。そうすると、他の陽の守護家達が騒ぎ出し、『ずるい! 私も私も!』と言い始めた。彰華は満更でもない顔で笑っている。
 いつもの光景だが、見せつけられるたびに体力が消耗する。
「……まぁ。楽しそうみたいだから、外で食べて良かったんじゃない。私ちょっと、お手洗い行ってくる」
 麗華は焼き鳥のくしを置いて立ち上がる。
「じゃあ、僕も行くよ」
 真司も立ち上がり麗華に続く。もしかして、お手洗いも一人で行けないのだろうかと少し考えてしまうが、偶々真司も行きたくなっただけなのだろうと深く考えるのを止めた。


「落しましたよ〜?」
 ようを済ませて手を洗っていると少し間延びした高い声が聞こえる。振り返ると紙切れを麗華に差し出している少女がいた。渡されて濡れた手で反射的に受け取ってしまう。受け取ったけれど、麗華は見た事の無い紙だ。
「これ、私のじゃないですよ」
 麗華は受け取った紙を返そうとするが、少女はすでにいなくなっていた。周りにいた他の人に紙を落とした人がいないか聞いてみるが落とした人はいなかった。
 この紙をどうしようと思いながら、手洗い場から外に出る。
 外で待っていた真司と合流する。
「これ、どうしよう」
「どうしたの?」
 麗華が手に持つ紙は浴衣美人コンテストの整理券だ。
「誰かが落したみたい。一応落し物の所に預けてくるかな?」
「捨てちゃえば?」
「いや、でも。これが当たったりしたら、落した子かわいそうじゃん。それに、どうする? 熱狂的な彰華君ファンとかが落していたら……考えるだけで恐い」
 特製うちわで彰華を応援しているぐらいだから、彰華のファンは恐そうだ。この日の為に浴衣を着て気合入れている子もいるだろう。たかが一枚の整理券が特別な整理券に変わる可能性があるのだ。
「彰華のファンって学園じゃ大人しいよ。そんな恐がるもんじゃないだろ」
 真司をじっと見つめる。
「……『真司うちわ』もあったよね。それに百人切り……」
「はぁ?」
「真司は女の子が集団になった時の恐さを知らないのよ。男の前だとコロっと態度変えたりするんだから」
「なに? 麗華いじめられたりしていたの?」
「小中高でいじめとまでは行かなくても、無視や仲間はずれや陰口に一度も遭った事のない人って少ないんじゃないかな?」
 麗華の場合小学生の時に母が亡くなり、父がいなくなった。その事を周囲の人間が噂し、悪い方に面白おかしく伝えて行った。父子家庭となった麗華だが、一度も三者面談に来た事がない父は実は刑務所に入っているとか、借金から逃げ回っているとか、変な噂が流れたのだ。一時的にクラスから仲間はずれに遭った。それでも麗華の場合他のクラスに友達がいたので学校が嫌いになる事はなかった。だが、今思えば集団行動が苦手になった原因は中学の時の仲間はずれかも知れない。当時六人グループに居たが、手のひらを返したように話さなくなった。その事を思い出して、少し気持ちが低下する。
「誰? 麗華をいじめた奴の名前教えなよ。僕が一人残らず地獄を見せてあげる」
 にっこりと笑って言う真司だが、目が笑っていない。
「何言ってんの。もう済んだ事なんだからいいよ」
「遠慮しなくていいよ」
「普通するし。気持ちだけ貰っとく」
「まぁ。これからは僕たちと同じ学校に通う事になるんだから、そんな心配はないだろうけどね」
 今まで通っていた高校ではいじめの様な事はうけた事はない。中学生だったあの時だけだ。むしろ、これからの方が異常なまでに人気な彰華達と居ることで、嫉妬させて仲間はずれに遭うなどありそうだと危惧していた。
「……そうだね」
 麗華と同じ高校に行く事を楽しみにしているらしい真司に水を差すような事は言えない。面倒な事に巻き込まれないように気を付けよう。

 唯の整理券だけど、祭り会場にある落し物センターに届ける事にした。真司と共にやってきた落し物センターは岩本家の管轄だ。受付を見ると見知った顔がある。
 長テーブル越しに立っている背の高い黒髪の青年、さわやかに微笑んで受け付けをしてくれるのは、岩本家三男、岩本怜(いわもとりょう)だ。
「お疲れ様です。何か落し物でしょうか? こちらの書類に落ちていた場所と発見時間をお書きください」
 怜に差し出された表に、場所と時間を書いていると、前から間延びした声が聞こえる。
「まぁ〜。そんな整理券落とし物として届けるまでもないですよ〜」
 聞き覚えのある声だと思い書いている手を止めて、顔を上げるとふわふわした髪をツインテールに縛った女の子がいた。確か、トイレで整理券を渡して来た女の子の声だ。そして彼女は岩本家の末娘、岩本祥子(いわもとしょうこ)大きな瞳に桃色のぷっくりした唇、小柄な体でかわいらしい女の子だ。
「あなた、これを――」
「きゃあ! 麗華さま。初めてこうしてお話いたしますね〜! 私、岩本祥子です〜。以後宜しくお願いしますね!」
 麗華の前に出て来て、未だにボールペンを片手にしていた麗華の手を握り締めて、にっこりとほほ笑む。
「中々、守護五家のガードが固くてお逢いする事が叶いませんでした〜。本来ならこのような場所ではなく御挨拶に伺うべきなのですが、お許しくださいね?」
「え。あ、いえ。岩澤麗華です。こちらこそ、挨拶が遅れました。宜しくお願いします」
 にぎにぎとボールペンごと手を握られて、麗華は挨拶しながらも少し戸惑う。この浴衣美人コンテストの整理券を麗華に渡した本人だ。麗華だと気がつかなかったはずがない。そして渡して来た本人だと言われるのが嫌なようで、眩しいほどの愛らしい笑みを麗華に向けてくる。
「祥子、いつまで握っているつもりだよ」
「あら? 真ちゃん、お勤めお疲れ様です〜。麗華さまの手すべすべで触っていて気持ちが良いんですよ? 真ちゃんも触りたいです?」
「はぁ?」
「ふふふ。でも今は私がこのすべすべを楽しんでいるので、譲ってなんてあげませんよ〜。握るなら本部に戻る時に人ごみにまぎれながらさりげなく触ればいいですよ〜。見失っちゃ困るから〜とか、下心見え見えの嘘付きながらに握っちゃってくださいね」
「何言ってんだよ」
 真司が祥子を睨むが、彼女は気にした様子なく微笑む。
「あ。ごめんなさ〜い。言わない方がいい事までいっちゃいました? さりげなくやれるチャンス奪っちゃいましたね」
「祥子、麗華さまが困惑されている、手を離しなさい」
 祥子の隣に居た怜が、言うと祥子は名残惜しそうに手を離す。
「麗華さまの手何か保湿液付けています? なにを使っているのか是非教えていただきたいです〜」
「何も付けてないですよ。それより、これ」
「美人浴衣コンテスの整理券ですね。折角だから出ればいいじゃないですか〜。拾った物は自分の物ってよく言いますし?」
「その台詞聞いた事ないですよ」
「出て麗華さまの可愛らしさを、会場の女どもに見せつけちゃいましょう! お化粧直しは僭越ながら私が致しますぅ」
 麗華は美人浴衣コンテストの券を見つめる。当選も決まっていない整理券が当たると分かっている様な話しぶり。明らかに、目の前の少女が仕組んでいる。『彰華さまうちわ』の発行者だと言う祥子が、果たして唯のお節介な女の子なのだろうか。
「これ、出なきゃいけないのでしょうか? ……大体、藤森家の主催しているお祭りで血縁者がコンテストに出るとかいいんですか? 出て八百長で優勝とか、させられるの嫌なんですけど」
「麗華さまが藤森家の血族だって知っている人は、皆さま麗華さまの味方ですよ〜? 心配はいりませ〜ん」
「さらっと、イカサマする気満々のようなこと言われても……」
「でも。麗華さま」
 祥子は身を乗り出して麗華の耳元で小さな声でささやく。
「今のうちに、学園の皆さまに格の違いを知らしめておけば学園生活が快適になりますよ?」
 愛らしく片方の瞳を閉じてウインクされるが、逆に不安が広がる。
 八百長の美人浴衣コンテストに出たからと、今後の学園生活が快適になるとはとても思えない。
「…………どっちかって言うと逆になるんじゃ?」
「そんなことないですよ〜。私にお任せいただきたいです!」
「麗華、辞めておいた方がいいよ。こいつが関わると事が大きくなるだけじゃなく、面倒事が次々ふりかかる事になる。祥子も出過ぎたまねはやめろ」
「私は、麗華さまの事、ひいては藤森家の事を考えているだけですよ〜。面倒事がふりかかる、なんて失礼な事言わないでいただきたいですぅ〜」
 ぷくっと頬を膨らませ、ふわふわしたツインテールを揺らして真司に怒る。
「お気持ちだけで。これはお返ししますね」
 麗華は手に持っていた、整理券を祥子の手に握らせて返す。
「本当に出る気はないのですか〜?」
「目立つ事はあまり好きじゃないんです。じゃあ、私達はこれで」
 麗華は二人に軽く会釈してその場を離れた。

 会場に戻る途中で浴衣の来た少女達とすれ違う。手にコンテストの整理券を大事そうに持ち、一人の少女に祝福の言葉をかけていた。整理券が当たったらしい少女は、それだけで幸せだと言うように感激していた。
 コンテストに出なくて良かったと、少女を見て思う。祥子の言う通りコンテストに出されていたら、純粋にコンテストに参加した人達に申し訳ない。




「も〜。麗華さまが意外に頭の固い方で残念です〜」
 麗華と真司が去った後祥子は手に持った当選が確定している整理券を見つめて肩を落とす。
「祥子、妙な企みは止めなさい」
「私、妙な企みなんてしてませんよ〜。本当に、麗華さまを優勝にして差し上げて、学園の女子が愚かな考えをしないようにしてあげようと思ったんです〜。それに私、彰華さまと麗華さまのツーショット写真が欲しくて! 怜兄様はご覧になりました? あの二人が揃うと、背後に陰華と陽華が浮かび上がっているかのような神々しいまでの華やかさ! いつも、似非くさい頬笑みをしている彰華さまが、本当に優しそうに大切そうに微笑むんですよ! 麗華さまもそれはそれは、可憐に微笑まれて! いつも邪魔な守護家達が周りに居る所為で、どんなに盗撮しても、ツーショット写真が撮れなくて、私がどれだけもどかしい思いをしているか! それがやっと叶えられるかと楽しみにしていたのに〜。神華崇拝者に極秘に売ればいい値段になったのに非常に残念です〜」
「……それが目的ですか」
「でも、めげませんよ〜。これから色々イベントを作れるでしょうし! ふふふ、楽しみです〜!」
 妹の祥子が妙な遣る気を出している事に呆れて言葉が出ない。止めても聞かない性格の妹の暴走を、陰から阻止する日々が始まるのだろうと、怜はそっと小さく息を漏らした。

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2012.8.30

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