一章 四十九話


「蜜狩りって?」
「藤森家が襲撃に遭ってんだ。藤森家の血族が持ってる力の事を蜜って呼ぶだろ。蜜狩りって、藤森家の血族を傷つけて血を採ったり、誘拐したりする事を指すんだ。前にも蜜狩りが起きた事が遭って、二度と起きない様に結界が強くなった筈なのに、なんでそんな事が起きてるんだ!?」
「藤森家が襲撃って、彰華君とか伯母さまが危ないってこと!?」
「彰華は神華だから、陽の守護家が確り守ってる。彰華を狙うのはリスクが大きいからまずないと思う。それより、狙われやすいのは、直系の血を少しでも引いてる分家の方だ」
「結界があるんじゃなかったの?」
「それが破られたんだ。だからヤバいんだろ。何処までの結界が破られたんだ?」
 藤森家にはいくつかの結界がある。第一の結界が華守市全体ある。それだけが破られたなら、藤森家内部には影響はない。藤森家を守る、守護家は五つの家からなる。それに加え岩本家と言う藤森家を管理する家を合わせると、力の大きさを考えなければ優に五百人以上の術者が華守市に居る。藤森家は本家と分家を合わせても二十人弱。たとえ、襲われたとしても、結束すれば撃退する事は可能のはずだ。
 だが前の蜜狩りの際、藤森家から一人の少年が誘拐された。それに、守護家や岩本家に被害があり怪我人が大勢出た。

 なぜ、結界が破られたのか。
「それって……。もしかして、勾玉廻りが途中だったって事と関係があったり?」
 麗華の顔が青ざめる。菊華から勾玉廻りの説明を受けた時、結界を強める為と言っていた。その途中で麗華が藤森家から出てしまった所為で、藤森家が襲撃に遭っているのだろうか。
 大輝はその可能性に気が付いて苦い顔をする。勾玉廻りが途中な事は危惧していた。でも、藤森家には彰華がいるから、何とかして勾玉廻りを完成させると思っていた。ただ、大輝の火山家の陰の祠にある勾玉だけ、大輝がいないと開けられない。無理をすれば火山家の当主が祠を開けられるはずだ。
 勾玉廻りが途中の所為で結界が不安定だった事が影響しているのなら、麗華が藤森家を出る原因を作った真琴達の責任だ。
 自分たちで襲撃者を撃退して、藤森家を守ればいい。

「勾玉廻りが途中だったから、結界が破られたのかもしれない。だけど、藤森家って守る人沢山いんだから、集団で襲って来ても撃退出来る」
「でも、私が引き受けた事途中で投げ出した所為なら、どうしよう……」
 術の事が良く分からない麗華は、勾玉廻りの大切さを理解して居なかった。一度、菊華に大切な儀式と言われたけれど、見えていない結界を強めると言われても、今一実感がなかった。勾玉廻りもただ祠から勾玉を取り出して、菊華に預けるだけの簡単な儀式の為、そんなに重要な事と思っていなかった。
 結界が破れて、藤森家が襲われているのなら、どうしたらいいのだろう。
「どうしようもない。彰華がいるんだから、結界を再度強くして張り直しが出来るはずだ。だから大丈夫だって。むしろ、麗華が藤森家から出た時で良かったと思うぜ」
「え?」
「だって、お前見えてないし、格好の標的になるじゃんか。ここなら襲われる心配もないし、『蜜狩り』で血で血を洗う戦場になってんだろうから、そんな所に居なくて良かった」
 大輝は簡単に言うけれど、もし、麗華が勾玉廻りを完了させなかった所為で蜜狩りが起きたなら、藤森家に居なくて良かったと簡単に思えるはずかない。蜜狩りの原因を作ったのは自分なのだから。
「藤森家の人に連絡取れないかな? どうなっているか知りたい」
 戦場と化しているのなら、力の見えない麗華が行ったら足手まといだ。せめて、藤森家がどうなっているか知りたい。
「電話してみても繋がらないと思うぜ。結界を張り直すのは結構重労働で、場が歪むから電子機器が使えなくなる」
「だから、真司の携帯に繋がらないの? って事は、結界を張り直してる最中って事?」
「だと思うぜ。つまり、蜜狩りは終息したって事だな。まあ、麗華の話しだと午後から襲撃が遭って今が朝の八時半、撃退するのには十分な時間だな」
「そっか、じゃあ、もう終わっているのね。でも、被害状況とかどうなってるだろう?」
 終息したと聞いて少しホッとするけれど、どうなったのか、気になる。
「……まぁ、これやったら、こっちの居場所バレバレになんだけど、真司に居場所伝えた時点で他にも筒抜けになってんだろうから、式神飛ばして様子見させるか?」
 大輝が鞄から紙を一枚取り出して、紙を人型に折り、何か呟いて窓の方に放った。紙は風を切る速さで、華守市の方へ飛んで行った。
「皆無事だといいんだけど」
 顔を青ざめながら祈る様に胸元を押さえる麗華を大輝は見る。

「もし。もし、向こうでなんか遭ったとしたら、お前、行く?」
「……え? 藤森家にって事?」
「あぁ。術使ってる奴らが戦っていて、妖魔とか紛れ込んで襲ってる場所に行く気ある?」
 麗華は何でそんな事聞くのか不思議だった。さっき麗華が藤森家に居なくて良かったと言っていた。
 そう思って、麗華自身が襲撃の最中に居なくて良かったと思っている事を知る。自分の所為で襲われたかもしれないと後ろめたく思っていた。それでも、襲撃された時藤森家に居て巻き込まれなくて良かったと心のどこかで思っていた。
 自分って卑怯だ。分かってる。でも。恐い。
 術がほんの少し見える様になったけれど、まだまだ、見えていない。それなのに、見えない力を使って戦っている場所に行きたいと思えない。また、怪我を負って傷つくのは嫌だ。本当に苦しくて、息が出来なくて、気が狂いそうな激痛を味わいたくない。
 そう、思ってしまう。

「わり、変な事聞いた」
 麗華の顔色が死人の様に白くなり、手が軽く震えているのを見て大輝は慌てて謝った。
「いや、お前が、藤森家に行きたいって言い出すじゃないかって心配しただけ」
 藤森家がどうなっているか心配なのは本当だ。でも、戦場になっていると考えると足がすくむ。たった三回。見えないモノに襲われただけ。そう思う。でも、あの恐怖は、簡単に忘れられない。肌に感じる見えないモノの息遣い、存在感。抵抗する余地もなく攻撃され突然激痛が走る感覚。見えないと言う事がどれだけ恐怖か、見えている大輝にはきっと分からない。
 早く、父のかけた術を解きたい。
 そうすれば、見る事ぐらい出来る様になる。足手まといである事は変わりがないけれど、自分で逃げる事ぐらい出来るようになるはずだ。
 菫に言われた力を解放する為の方法をまたやる。目を閉じて力が入ってる箱を想像して開ける。だけど、今度の箱には鍵が掛っているようで開ける事が出来ない。何度やっても開けられなくて、もどかしく思う。

 そうこうしている間に、大輝が放った式神が華守市に着いた感覚を受け取る。なにやら、華守市に別の種の結界が張られていて、式神が中に入る事が出来なくなっている。侵入者を入れない様にする結界だ。いつも、華守市に張ってある結界ではなく、緊急に造った結界の様だ。
「だめだ。弾かれて中に入る事が出来ない。一体中はどうなってんだ!?」
「どういう事?」
「彰華が張った結界っぽい感じがするけど、俺の式まで弾くってどういう事だよ!?」
 大輝は守護家で、藤森家の結界を抜ける事が出来る。それなのに、彰華が造った真新しい結界には弾かれて中に入る事が出来ない。
「まだ、戦いが続いてるって事?」
「……そうかもしれない。もしくは何か、別の理由があるのかも」
「どんな?」
「わかんねぇーよ!」
 ちんけな襲撃者なんて簡単に排除出来るだけの力が守護家にはあると思っていた。それが違うのだろうか。大輝の頭の中に家族の安否が過る。最近まともに顔を合わせて居ないけれど、結界が弱って一番影響を受ける火山家の様子が気になった。
 大輝が憤っている。その様子を見て、麗華は改めて華守市の様子が気になった。大輝の家族は戦いの中に居るのだ。彰華や菊華、真司、蓮、真琴、優斗、守護家の人々は無事でいるのだろうか。
 居間に飾られている小学校の入学式の写真に目を遣る。亡き母と麗華が笑って映っている。
 お母さん、私に何が出来る?
 問いかけても、写真から返事はない。でも、一つの案が浮かんだ。
「すみれ君。幽体離脱もう一回出来るかな?」
 口をはさむ事なく麗華と大輝のやり取りを見ていた菫に、麗華は話しかける。
「体に負担があるでしょうが、可能だ」
 まだ、菫の声が聞こえない麗華は大輝に通訳してもらう。
「藤森家の様子を見に行こう。結界に弾かれると思う?」
「小僧程度の式と私を一緒にして頂きたくありませんな」
「じゃあ、様子を見に行こう。あ、でも、帰ってきたらまた寝ちゃうかな?」
「霊体を戻した後休息をとらなければ、麗華姫の体の負担は大きくなる」
「少しだけなら違う?」
「そうだな。十分程度ならば、負担も少なくすむでしょう」
「分かった。じゃあ手早く見て回ろう。大輝君、藤森家や、火山家の様子見てくるから」
「おい、危険はないのか」
「私が付いて居る限り危険はない」
「じゃあ、すみれ君お願いします」
 椅子に座って菫がいる場所を見てから瞳を閉じる。
「では、行きましょう」
 


 次に目を開けた時、華守市の駅に居た。特に変わったところは見られない駅前の朝の光景だ。
 でも、前の幽体離脱の時は藤森家に居たはずなのに、何故ここに出たのだろう。隣に居る菫を見る。
「うむ。藤森家に張ってある結界に弾かれてた。予想以上に強い結界が張ってある。藤森家の敷地内には入れなかったが、他の家ならば見に行く事が可能だ。何処へ見に行く?」
 それでも、華守市には入れた。まずは、大輝に言ったように火山家を見に行く事にした。
 火山家に来たのは初めてだ。壮大な門が外れて焼けた跡がある。何かの襲撃に遭ったのが分かる。緊迫した空気が家の中に満ちていた。何かと戦っている様子はないが、部屋で負傷した人の手当てをしている。病院に行かないのか不思議に思うが、術を使って治しているようだ。
 霊体でも、霊を見る事が出来れば麗華が見てしまう。人に見つからない様に見て回る。幾つかの部屋が壊れ、森が焼けた様な後や、地面が凹み戦った痕跡がある。
 予想以上に酷く言葉が出ない。
 
「麗華姫。他の様子を探りに参るか?」
「…………」
 唖然として焼けた森を見つめる。写真やテレビでは見た事のある光景が目の前に広がっている。これは現実に起きた事なのだろうか。
「麗華姫」
「あ。うん。他の家に行ってみよう。出来れば、守護家の誰かがいる所」
「承知した」
 誰かに話を聞いてみようと思った。真司は恐らく藤森家内に居る。でも、真琴と優斗は家に帰されて家に居るはずだ。

 次に目を開けた時、行った事のない家の前に居た。真琴の水谷家ではない。和風の屋敷で門には荒木家と書かれている。
 優斗か。麗華は渋い顔をする。優斗とまともに話が出来るだろうか。優斗にされた事が思い出されて、胸が締め付けられる。でも、ここに優斗がいれば状況を聞く事が出来る筈だ。
 麗華は屋敷内に入る。門は壊れていない。門の内側で、六人目の男が瞑り懸命に結界を強める術を呟き続けていた。すんなり入れた麗華は男達が掛けている術の効果はあるのだろうかと不安に為る。菫が優斗の居る場所を見つけ案内してくれる。屋敷は壊れている様子はない。だが、荒木家でも負傷者が出たらしく部屋で数十人が治療を受けていた。
 菫が部屋の前で止まりこの部屋の中に居ると視線で告げる。
 軽く深呼吸してから、戸をすり抜けた。

 優斗の自室らしいき部屋の中に優斗がいた。頭と腕に包帯を巻いて、頬にもすれた様な痕があり赤くなっていた。血色の好いはずの顔にクマが出来て憔悴した様子で、刀の手入れをしている。部屋の侵入者に気が付き顔を上げる。
 痛々しい優斗の様子を心配そうに見る麗華を見て驚きで目を見開く。
「…………麗華さん?」
「優斗君……傷は大丈夫?」
 麗華が霊体でいる事が信じられないらしく、本物か確かめる様に手を伸ばす。麗華の手に触れる少し手前で、優斗は思いとどまり手を戻す。
「本物みたいだ」
「本物だよ。その傷は大丈夫?」
 優斗は苦笑する。
「このくらい平気だよ。本物なら何でそんな状態で、ここに居るの?」
「霊体なのは藤森家の様子が知りたくて。襲撃に遭ったんでしょ?」
「なんで、知ってるの? いや、真司辺りが教えたんだろう。それで、藤森家の様子だっけ」
「うん。彰華君とか伯母さまは大丈夫?」
「彰華は神華だよ。陽の守護家が守っているから、大丈夫だ。彰華が結界を張ったから、藤森家に手は出せない」
「そっか、良かった。でも、守護家の方の被害は?」
「死者は出ていないよ」
 怪我人は多数出ている。でも死傷者は居ない。
「襲撃は終わったの?」
「……麗華さんが聞いて意味があるの?」
 優斗は呆れたように笑う。
「麗華さんはもう関係ないだろ。藤森家は大丈夫だから心配はいらないよ」
 突き放す様に言われて胸が痛む。
「こっちはこっちで、何とかする。だから、麗華さんは自分の所に帰りなよ。藤森家に関わる必要はないよ」
「…………私に出来る事は?」
「出来る事って、何もないよ。力も見えない唯の人なんだから」
 優斗の言葉に見えない棘があるようだ。
「……そうだよね」
「そうだよ。勾玉廻りの途中だったとか気にする必要はないよ」
 嫌味を言われた気がする。
「結界が破られたのって、やっぱりそれが理由なの?」
「……他に考えられない。でも、神華じゃない人に勾玉廻りを任せた事自体が失敗だったんだよ。彰華がちゃんと元の状態に戻すようにしてくれている」
「私が、神華じゃないって認めたんだね」
 優斗は視線を逸らしてうつむく。それから、開き直ったように麗華を見つめた。
「あぁ、神華じゃない。無意味な事した俺が馬鹿だったよ」
「バカだった?」
 期待した言葉はそんな言葉じゃない。優斗達の行為が発覚して三日経つ。他に言う言葉があるはずだ。
「無駄な事に時間を費やした。考えてみれば、初めから何も感じ取れなかったんだから、勘違いだったんだ。だから、神華じゃなくて気に病む事はないよ」
「気に病んではいないけど」
「そう? そうだよね。神華じゃない方が気楽だろうし。藤森家にいても役に立たないんだから、もう華守市に来る必要もないよ」
 麗華の眉間に皺が寄る。確かに、神華じゃない。でも血に力があると言っていたのに、役立たず呼ばわりされ少し頭に来る。
「その言い様はないんじゃないの?」
「事実じゃないか。なにか出来るの?」
「出来ないけど」
「だよね。もう、自分の体に戻りなよ。こっちは大丈夫だから」
 守護家は被害を受けている、が藤森家は無事なようだ。情報は手に入った。

「ねぇ、何か、私に言う言葉があるんじゃないの?」
 あれだけの事をしたのに、優斗から謝罪がないのは納得がいかない。あの時、悪いと思っていないのに謝るなと言った。でも、三日も経つんだから、一言謝罪があっても良いと思う。
「言う言葉? そんなのないよ。……いや、一つあった。大輝を少しでいいから華守市に帰してくれないかな」
「え?」
「麗華さんの傍に居る必要はないだろ。今、守護家の大輝が藤森家の傍に居ない事が問題なんだ」
「でも、私、藤森家の血族だから、一人にさせられないって」
「今まで、一人でも平気だったじゃないか」
 まさか、優斗にそんな言葉を言われるとは思ってもいなかった麗華は唖然とする。神華じゃないと分かると、こうも態度を変えられるのか。段々ある感情が胸の中を疼く。
「そうだけど」
「ずっとじゃない。守護家の大輝は祭典が終わるまでは華守市に居る必要がある。結界を強めるのには守護家も必要なんだ。でも麗華さんは来なくていいよ」
「……分かってる。今更、華守市に行っても私は必要ないんでしょ。何度も何度も強調して言わなくてもいいよ」
「ならいいね」
「大輝君には、華守市に戻る様に言う。でも、一つやり忘れた事があるの。それを遣りに、私もそっち行くわ」
「え? なんで、麗華さんまで」
「一発、優斗君を殴りに行く。何よりも大切な事でしょ?」
 麗華は腹の中に疼くモノを頬笑みに変える。
 優斗の態度がムカつく。危険な場所だと分かっている。麗華が行けば足手まといで邪魔になるだろう。そんな事を通り越して、優斗を殴って遣らなければ気が済まない。あんなに恐い思いをして、今でも辛いのに、神華じゃなければ本当にどうでもいいと言う態度が頭に来る。謝る気のない態度。自分のしたことが今でも間違っていないと思っている。違う、時間の無駄、労力を無駄にしたと後悔はしているようだ。
 力がないから役立たずだって?
 麗華は今、父に掛けられた術が解ける様に四苦八苦している。まだ、ほんの一部しか術は解けていない。でも、確実に術は解けてきている。血には力があるのだから、呪力の補給役だって出来る筈だ。
 勾玉廻りも、祠から勾玉を出し菊華に渡すだけだから、優斗を殴るついでに完了させる。

 本心からの謝罪はもういい。それよりも、役立たずと、必要ないと言った事を後悔させてやる。


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2011.2.24

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