一章  十一話 占い




 優斗の部屋は、十ニ畳ほどで室内は和風の落ち着いた雰囲気できれいに整えられていた。本棚には難しい哲学の本や占いについての本や黒魔術についての本がずらりと並んでいる。棚の上に、地球儀や家庭用プラネタリウムがあり星を見るのが好きな麗華の興味を引いた。バスケボール程の大きさの水晶もある、部屋の中をきょろきょろと見ているうちに、優斗が棚から木でできた箱を取り出して、占いの準備を始める。
 不思議な刺繍の施された布の上に二十七個の石が並ぶ。何気なくひとつの石を取って、刻まれている模様を興味深く見る。
「この石って翡翠?」
「うん。ほかにも色々、意味にあった石があるんだ。その翡翠は陰華が刻まれていて、陰の神華、女性、直感、洞察力、潜在的な力、清らか、知恵を示してるんだ」
「へー。じゃあこっちは陽の神華?」
 同じような模様の青い石を持ち上げる。
「そう、瑠璃で陽華が刻まれてある。陽の神華、男性、指導力、支配、権力、行動力を示してる」
二つの石を戻すと二十七個ある様々な種類の石の説明を丁寧に優斗がしてくれる。それを興味深く聞く。

「なんか、綺麗な石だけど、年季を感じるね」
「これは、俺の家に代々伝わってるモノだからね。本家入りするようになったお祝いに、受け継いだんだ」
「本家入りするって、お祝いするような重要なことなの?」
「うん。神華が現れた時しか藤森家がほかの家の者を本家入りさせないから、何代に二人の誉れ高いことなんだよ。もう一人の荒木家の莉奈いるだろ。金髪セミショートのちょっとキツイ感じの女の子。同い年の従妹なんだけど、俺の方が占い得意だからこれを貰ったのは俺で、莉奈はタロットカード貰ってたけどあまり使ってないみたいだね」
「そうなんだ」
「莉奈には彰華がいるから、占いを頼らなくても存在意義があるからね」
 優斗が苦笑いして言う。
 本来神華を守るためにある守護家だが、陰の神華が居ないため優斗たちは、その意義を見出して居なかった。ただ、藤森家に居るだけしかできない。無用の守護家と他の者たちが蔑んでいるのを彼らは知っている。
 だから、優斗含め他の守護家男性陣は別のもので自分の力を示すしかなかったのだ。
 
 麗華にも優斗が何を思ったのか少しだけ伝わってきた。「だったら、実家に居ればいいのに」など思ってしまうが、それはきっと神華が現れている守護家にとって屈辱的なことなのだろう。

「いつか現れるといいね」
「……うん。そうだね。じゃあ、何の占いがいい? 全体運とか恋愛運とか健康運とか色々出来るけど?」
「恋愛運で! ほ、ほら、最近ちょっと失恋したから新しい恋はできるのか気になって」
「分かった。この石の中から十三個選んでもらっていい?」
 優斗に言われるまま十三個の石を選び、不思議な刺繍の布の中央に置く。優斗が配置移動させて、不思議な模様の入ったお椀のような入れ物に石を入れる。軽く振り、三回に分けて石を布の上に投げた。物凄く適当に投げたように見えたが、石をそうなるように置いたように奇妙な形で布の上に揃っていた。
 優斗がその結果を真剣な顔で読み取る。優斗の顔に少し困惑したような表情が見えたので、麗華は少し緊張した面持ちで結果をまった。

「これは……。うん。えーと。うーん。なんて言ったらいいかな。まず、陰華、女性を示すものでこの場合は君を表しているんだけど、想い人にまだ未練があるって、……それを土と水の石が解決。おそらく蓮と真琴さんのことだと思う。二人が解決していい方にもっていく。その後の男運は……難航。様々な試練を乗り越えて、一旦は円満で幸せな時を迎える。でも、君が周りの変化に取り残され、幸せが崩壊。つらい日々が続く……」
 優斗が、少し迷いながら言う言葉を聞いて、麗華は少し衝撃を受ける。
想い人に未練があると言われた時は、驚いて心臓が飛び出そうだった。麗華が好きだった人は幼馴染の同級生で、いつも一緒に居て気が付いたら好きになっていた。家族ぐるみの付き合いもあり、夕飯をごちそうになったりしていた。もう一人子供が増えたみたいと、娘の居ない彼の両親にはとても可愛がられていた。
 七月七日、忘れもしないあの呪いの日。麗華の友人と彼が付き合いを始めた日だ。麗華を接点に知り合った二人が、彼女が教えた七夕のジンクスで結ばれた。麗華は告白する前に玉砕したのだ。
 彼は麗華が自分を好きであった事に全く気が付いていない様子で、麗華の友人と楽しそうに過ごしている。目が合うごとに、「麗華のおかげで彼女ができた!」と幸せそうに笑うのだ。彼の嬉しそうな顔を素直に祝福できないまま、作った笑顔で「感謝しなさいよ」と言う。
 これで、良かったんだと思う反面。もし自分が告白していたら、隣に居たのは自分だったかもしれないのにと思ってしまう。
 ふっきれたつもりで居ても、彼と過ごした歳月が長すぎて本当は気持の整理ができないのだ。

 それを、石を転がしただけで分かってしまう優斗はすごいと改めて思う。
「で、なんで、蓮さんと真琴さんが出てくるの?」
「さぁ、これは全体の流れを占ったものだから、理由までは分からない。もう少し、詳しく占ってみると分かると思うけど」
「そっか、でもなんか、あんまりいい占い結果じゃないんだね。一度は幸せになっても崩壊して、つらい日々が続くの? なにか解決方法とか、回避方法はあるの?」
「ちょっと、まってね」
 優斗が転がっている石を集めてまた軽く振って投げる。そして、また読み解き始める。
「平等に人を愛すること。卑屈にならず、人を信じること。誰か一人に愛情注ぐと、崩壊がさらに酷くなる」
「なにそれ、平等に愛するの? 一人に愛情を注ぐとダメって恋愛って一対一じゃないの?」
「んー。これにはそう出てるな。何か、大いなる災いを乗り越えた先に、幸せが待っている。でも肝心なのは大きな器で愛情を受け入れ、愛情を返すことだって。ラッキーアイテムは、携帯ストラップ。水晶の付いた物が良いみたい。災いから守って良い方に導いてくれる」
「水晶の付いたストラップなんて持ってないよー」
 悪い結果に、麗華は少し肩落とす。ラッキーアイテムの水晶のストラップも持っていない。家に戻ったら、真っ先に買おうと心の中で決める。
「あ、それなら」
 優斗か立ち上がり、机の引き出しから何か出して持ってくる。麗華に差し出したのは、丸い紅水晶が三つ繋がったストラップだ。紅水晶に何か細かい字が書かれているが、それも模様に見えかわいらしい出来になっていた。
「御守りとして注文受けて、作っているんだけど、これは君にあげる。紅水晶だから恋愛運アップだよ。まぁ、紅水晶だから甘い恋愛をすぐにもたらしてくれるモノじゃないけどね」
「そうなの? ローズクォーツって恋愛の石って有名じゃない」
「恋愛の石だけど、持っていると、人間関係で上手くいかず切れてしまう縁が出てくることがあったりするんだ。でも、後であの時分かれていてよかったとか、喧嘩別れした人にあの時自分も悪かったとか、色々気づかされる。自分が人を本当に愛せているかとか、自分を愛しているかとか試練を与えたりすることもある。でも、石の持ってる愛の波動が、内面に作用してやさしく見守って、安心感と癒しを与えてくれるんだ。人に愛されたいならまず自分を愛せ、そしてさらなる愛を人に与えよってやつだね」
「へーそうなんだ。持ってれば、彼氏ができるって石なのかと思ってたよ。結構厳しいところがある石なんね」
「うん、でも持ってる人の不利益になるようなことはしないはずだよ。必ずその人のためになるように事を見守ってくれるはず。それに、これには俺の力も少し加わっているから、絶対持ってると良いことが起きるよ」
「それは、嬉しいね。でもこれ本当に貰っちゃっていいの? 注文受けて作ってたんじゃ?」
「材料はあるからまた作れるよ。あまり良くない占い結果を教えちゃったから、ストラップは占いのおまけみたいな物。ほら、よく占いやった後に、このつぼを買ったら運勢が上がってお金が入ってくるでしょう。みたいな感じで」
「それって、詐欺の霊感商法でしょ」
 麗華の突っ込みに、優斗は一瞬固まって、麗華と二人で笑いあった。一しきり笑いあった後、気を取り直して麗華の手の上にストラップを置く。

「お金は取らないから安心して、せっかくだから今つけてくれると嬉しいな」
「ありがとう。大事にするね」
 麗華はポケットから携帯電話を取り出して、貰ったばかりのストラップをつける。麗華の桃色の携帯電話に紅水晶のストラップはよく似合っていた。
「あ、そうだ。優斗君の番号聞いていい? もう少し滞在することになるから、知っていた方が便利だし」
「うんいいよ」
 優斗は嬉しそうに携帯電話をだし麗華と番号とアドレスを交換する。

「ついでに他の事も占ってみようか? 健康運とか」
「うん! お願い。恋愛運よりはましな答えだといいなぁ」
「じゃあ、この二十七個の石から十五個石を取って」
 優斗の言葉に従い十五個石を選ぶ。さっき選んでよくないことを言われた石はなるべく選ばないように選んだ。
 先ほどとは少し違い、麗華が十五個の中から選んだ石を優斗に言われた場所に一つずつ配置していく。

 出来上がったモノを見て、優斗は少し困った顔をする。先ほどと同じ顔で、麗華に嫌な予感が走る。
「うーん。あー、石が示す通りに言うね。まず、病気にはかからない。身体の中はいたって健康だって」
「ホント? よかったー」
「……でも、なにかに襲われる。右足を怪我して使えなくなる。水難注意、溺れて死にかける。車に引かれる? もしくは何か走ってるものに引かれて倒れる。頭部強打、胸を損傷、しばらく動けなくなる。君が嫌がってる何かを継続しなければいけないことによる心労」

 優斗が淡々と読み上げる言葉に麗華は固まる。
 優斗は石から顔をあげて麗華に苦笑いした。石が示していることは本当に今言った言葉らしい。
 恋愛運はあまり良くなかったから、健康運は良いものだと思っていた。思いたかった。それなのに、出てきた占いの結果は予想以上の最悪なモノだった。

「何かに襲われ足を怪我して、溺れて、車にひかれて頭うって、胸傷ついて、心労! 最悪じゃない!」
 叫ばずには居られず、声を荒げてしまう。優斗が、困った顔をして落ち着くようになだめる。
「まぁまぁ、落ち着いて。これから起こる出来事を良い方に促したり、回避するために占いがあるんだから、きっと、大丈夫だよ。むしろ、今知っておいて良かったんだよ」
 優斗の言葉に少し安心して落ち着く。
「そうかなぁ。そうだね、知っていれば怪我しないで済むよね」
「うんそうだよ。じゃあ、回避方法を占うから、俺の言うとおりに石を並べて」
 麗華は言われたとおりに、石を選び並べていく。

 できた石の結果を見て、優斗は黙って、石を見つめて動かなくなる。その行動がどれだけ、麗華を不安にさせているか彼は気がついて居ないようだ。
また、最悪の結果でも出たのだろうか。今度は回避する方法はないとか言われるのだろうか。むしろ家から出ない方が良いと言われたりするのだろうか。
 麗華は優斗の言葉を不安でいっぱいになりながらまった。

「うーん……。回避方法なんだけど、自分から何かに立ち向かわない。成り行きを冷静に見る。感情的にならない。誰か二人以上と行動すると吉。災いを遠ざけることができる。ラッキーアイテムは携帯電話。何か危険なことが起きそうだったら、俺に連絡してよ。すぐに駆けつけるから」
 優斗が言う回避方法は何もするなと言っているようなものだった。何かに立ち向かわないと言われても、麗華の性格上何かあったら立ち向かうだろう。感情的になりやすい麗華には、成り行きを冷静に見るのも難しい。唯一出来るのは二人以上で行動するぐらいだろうか。
「……それって、危険な時期はいつ頃までとか、あるの?」
「大体三カ月以内ぐらいかな。あ、ほら、この町に居る間はなるべく俺も一緒に行動するよ。そしたら二人以上の一人は確保できたわけだ。それに他の守護家が君を守るように努力するし、大丈夫だよ」
 優斗が言った占い結果で落ち込んでいる麗華に一生懸命、慰める言葉を出す。
「……うん。私三ヶ月間ぐらい大人しくしてるわ……。その、死んだりする怪我はしないよね?」
「……だ、大丈夫だよ。そんな怪我になる前に俺たちが助けに行くから」
「なんか、その言い方あまり大丈夫に聞こえないよ……」
「ほ、ほら。きっと紅水晶の効果もあるんだよ。良いことの前の試練。きっと幸せが待ってるはず」
「恋愛運の結果って確かつらい日々が続くで、終わってなかった……?」
「恋愛運も大いなる幸せが待ってるって結果だよ。大丈夫」
「あぁー。私って、今年運勢最悪だったんだー! 知らなかった!」
 床に崩れ落ちた麗華の背を優斗が慰めるようにやさしくさする。

「俺がどんなモノからも君を守るから」

 やさしく、囁くようなつぶやきで優斗が言う。やさしい声に一瞬にして、胸が高鳴ってうるさくなり始めた。床に崩れたまま、心臓を抑えて落ち着くように小さく深呼吸する。
 その後、全体運も占ってみたが、あまりいい結果ではなかった。
 一つ良いのは金運で、今までの倍以上のお金が入ってくるという結果が出たが、前の二つの占いの所為であまり喜べなかった。





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2009.8.3

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