一章  八話 写真を求めて





「おっはよ〜!!!」
 戸を一気に開けて、真琴は長い髪を靡かせながらずかずかと部屋に入る。ベッドの上で寝ている対象者を発見し、抱き枕のように足と腕に挟んでいたタオルケットを乱暴に奪い取った。
 ベッドから転がり落ちて、不機嫌に目を覚ます。
「おはよう!!!」
「……うるせぇ」
「おはようは?」
 睨む大輝に、笑顔の真琴。無言で見つめ合う。大学二年生の真琴と中学三年生の大輝では、実力に大きな差がある。大輝は本家入りするようになってから、指導係のような真琴には散々厳しく扱かれていた。笑顔の真琴には、けしてかなわないと身を以って知っている。長い見つめ合いの末、大輝が折れた。
「……おはよ」
「おはようございます。でしょ」
 大輝の頭を軽く叩く。
「挨拶は基本中の基本。しっかりしなさい」
 大輝は苛立ったように頭をかいて舌打ちする。
「何なんだよ」
「出かけるわよ。麗華さまのお供」
「お前らで、勝手に行けばいいだろ。俺は行かない」
「そういう訳にはいかないのよ。わかるでしょ」
「俺達は神華の為にある守護家なんだ。神華でもない、ただの女なんだから、岩本家の奴らに護衛させればいいだろ」
「全く同感だわ。何であんなちんちくりんの為に、私の貴重な時間を割かなきゃいけないのかしらね」
「だったら――」
「でもね。これは菊華さまの命令なの。大輝がどんなに嫌がろうとも、引きずってでも一緒に来てもらうわ」
 藤森家当主の名前を出されれば逆らう事など出来ない。大輝は悪態をつきながら立ち上がり、着替えの準備を始める。
「クソ、さっき寝付いたばかりなのによ……」
「そんなの、朝帰りするあんたが悪いんでしょ。……あぁ、そういえば、池で水泳した感想を聞きたいわね」
 真琴は楽しそうににやけて言う。早朝、麗華に蹴られ池に落ちた事を知られている。大輝は、ばつの悪そうな顔をして視線をそらした。
「……うるせぇな。別に何でもねぇよ」
「まぁ、そう。そんなに楽しかったの?」
「はぁ? んなこと言ってねぇだろ」
「興奮して大声で雄叫び上げてたものねー。私あれで起きたのよ。あんな、熱烈な目覚まし時計は、真琴、初めて」
「どこがだよ!」
「あらあら、照れちゃって。もー。可愛いわねー」
 真琴を睨む大輝の頬をしなやかな指でつついて笑う。鬱陶しそうに払いのけるが、気にした様子なく続けて遊ぶ。
 
 
「真琴さん。鬱憤晴らしに、大輝をからかうの、止めませんか……」
 廊下から、真琴と大輝のやり取りを見ていた、優斗が呆れた顔でやさしく止める。
「いいじゃない。この位の遊びがなきゃ、やってられないわ。このクソ暑いのに、外に出て護衛しなきゃいけないのよ。紫外線浴びて私の大事なお肌が、ぼろぼろになったらどうするのよ。だから、私今日は、大輝で遊んで過ごすって決めたのよ」
 堂々と遊ばれる宣言をされて大輝は「ふざけるな」と叫び声をあげる。
「なんで、紫外線と俺が関係あるんだよ!」
「ただのストレス発散よ」
「あの、真琴さん。今日のことで少し相談があるんです。ちょっといいですか?」
「あら、なにかしら。まさか優斗まで行かない、なーんて、ほざかないわよね?」
「言いませんよ。ここじゃちょっと……」
 優斗は大輝が居る場所では話したくないと視線で示す。真琴は、視線に気が付いて首を傾ける。
「大輝は仲間外れってわけ?」
「大輝はガキですから」
「なるほど。いいわ。聞きましょう」
 大輝が後ろから一歳しか変わらない優斗にガキ扱いされ不服そうに騒いでいるが、真琴は無視し優斗のそばによる。
「十分後に、紫陽花の間に集合よ。遅れないように」
 そう、くぎを刺して戸を閉めた。

優斗について人気のない場所で話を始める。優斗から相談された想像していなかった内容に、真琴は整った眉を歪めた。




 暑い日差しの中、麗華たちは中心街に来ていた。いるのは彰華と守護家の十人。合わせて十二人の大人数で車二つに分かれてここまでやってきた。二人だけで買い物すると思っていた麗華は少し残念に思う。守護家がいると麗華は彰華と話す隙がないのだ。
 彰華の右腕には、元気に跳び跳ねるショートヘアーの瑛子が楽しそうに腕を絡めている。左側にはミニスカートで大胆に背中の開いた、セクシーなキャミソールを着た麻美の腰に彰華の手が当たっていた。その両脇には、今日もなぜか分厚い本を持った湖ノ葉に小百合、莉奈が陣取っている。そして、先日のソフトクリーム屋のような甘く妖艶な見る者を、うんざりさせる異様な空気を生み出していた。
 彰華はナンパ男ではないと思っていたが、本当に違うらしい。彼は守護家の女子陣を侍らし彼女たちが、自分を取り合うように仕向けるのが好きなのだ。先ほどから綺麗に整った顔で満足したように笑っている。

 うあぁ。最低だ……。

 人の趣味のことは、とやかく言えないが、彰華は男として最低だ。麗華は冷やかな目で彰華を見る。従兄として接するのはいいが、本来なら一番関わりたくない人物だ。

「麗華」
 彰華が麗華に何かを投げてよこした。反射的に麗華はそれを受け取った。黒い革の財布だ。不審に思って彰華を見る。
「これは?」
「その中身好きに使え。君は大人数で行動するのは好きじゃないんだろ。俺達は適当に時間つぶして帰るから君は好きに回ったらいい」 
「え」
 確かに大人数で回るのは好きじゃない。でも、案内するように言われているのにほったらかして、自分は女の子たちと楽しく遊ぶ気なのか。
「確かに、大人数で回りたくないけど……。小百合さん一緒に回ってくれませんか?」
 一人女の子が居た方が何かと都合がいい。守護家女子陣で最も接しているのは案内役などをしてくれている小百合だ。まだ、仲がいいというわけではないが、他の女子よりはましだった。
「小百合、ああ言ってるが行くか?」
「行きません。私は藤森さんと一緒の方がいいです」
 はっきりと断られる。やはり、好きな人と一緒に居る方がいいみたいだ。
「ということだ。残念だったな。家には六時ごろまでに帰って来い。それまではどこで何をしていても構わない」
「分かった」
 こうなったら、彰華達がいなくても残りの守護家男性陣が居る。彼らからは険悪な視線を送られるが、優斗は会った時は友好的だった。これは、交流を深めるチャンスだ。
 彰華達は軽く手を振り人ごみに消えていくのを見送って、守護家男性陣を見る。
「あの、買い物に付き合ってもらってすみません。今日一日よろしくお願いします」
 軽く頭を下げる。
「あら、私は帰るわ。彰華の目がないなら、付き合って回ること無いしね」
 真琴の言葉に驚く。
「俺も他にやりたいことあるから帰るよ」
 優斗が続き。大輝は視線を合わせると、睨んで舌打ちし何も言わないまま、麗華から離れていく。
「僕も女の買い物に付き合うのは嫌だから帰る」
「一人で出来るだろ」
真司、蓮も帰る気でいる。一人で買い物するのは慣れているし、男の人と一緒に服を見たりするのは正直好きじゃない。だが今日の最優先の目的には地元の人の協力が不可欠だ。
 
焦った麗華は、離れて行こうとする四人のうち一番近い人の手を掴んだ。

「ちょ、ちょっと、なにさ」
 顔もよく見ず選んだ人物は、女の子と間違うほど綺麗な顔立ちの真司だった。嫌そうに顔を歪めるが、いやがられようが何しようが、麗華は手を放す気はなかった。
「今日一日、付き合って」
「はぁ? なんで、僕なんだよ。他の奴らにすればいいだろ」
「もう、他の人はどっか行っちゃった」
 真司が麗華に捕まっているのを見ていたのに、なにも言わず他の人はいなくなった。薄情な奴らに真司は腹を立てる。
「あいつら、僕を犠牲にしたな!」
「真司君お願い。今日一日でいいから、付き合ってほしいの。どうしても探したいものがあって、私だけじゃ見つけられそうにないから」
 麗華は、真司を見つめ、握る手に少しだけ力を込めてお願いする。
「その、見つけたいものってなに?」
「写真なの。昨日強盗に盗られちゃって。写真なんて、強盗にはいらないもので、捨てちゃうでしょ。他にも服とかお金にならない盗品を人に見つからずに捨てる場所の見当って付かないかな?」
「服とかなら普通にゴミ箱に出されるだろ。そんなのこの町中いたるところにあるよ。見つけ出すなんて無理だね」
「旅館の近くに絞って探したいの。私あの時、気が動転してすぐ下を探しまわったけど、考えてみれば三階から飛び降りる人なんていないのよ。きっとすぐ下の階に飛び移って潜んでいたと思うの。それで、あのトランクを持ち歩くと人目に付くから金品だけ盗ったらすぐ捨てちゃうじゃないかな」
 写真のことを考えると寝られなくなった麗華は、一晩中強盗の行動を考えていた。彰華に金品以外は捨てられると指摘されたのは、ショックだったが、捨てるとしたら旅館の近くだろう。写真を見つけ出す重要な手掛かりとなった。
「そうかも知れないけど、見つけ出すのは難しいね。それに、僕にゴミ箱漁りを手伝えって言う気なの?」
「探すのは私がやるから、場所だけ教えてほしいの」
「今日は、あんたの服とか必要な物買いに来たんだろ。それはいいのかよ」
「服なんていつだって買える。でも写真を探すのは今しかできない。早くしないと、ゴミ収集車に回収されちゃうし……。お願い、付き合って」
 真司の目を見つめて必死に頼む。
「あー、もう。わかったよ」
 真司は根負けして、麗華に今日一日、付き合う事にした。
「ホント? ありがとう! 真司君」
 麗華は真司が引き受けてくれたことが嬉しく、握ったままでいた手を軽く振り回して笑う。麗華があまりに嬉しそうに笑うので、真司はその笑みに見とれてしまう。すぐに正気に戻って気恥ずかしくなり、握られたままの手を振りほどく。
「分かったから、離せ。……ほら、行くよ」
「うん」
 真司が大股で歩きはじめた。麗華は彼に歩幅を合わせるため少し小走りで旅館周辺を探すことになった。



 旅館周辺のゴミを捨てられそうな場所を、次々に探していく。麗華がゴミをかき分けて探している間、宣言道理に真司は見ているだけだった。それでも暑い日差しの中、文句ひとつ言わずに案内してくれる、真司にとても感謝した。
 三十か所ほど回ったが、麗華が持っていた物は一つも見当たらない。旅館の周りに捨てられていると思っていたが、違うのだろうか。それとも、すでにゴミ収集車に回収されたかもしれない。写真を見つけ出せるかも知れないと言う、胸にあった微かな期待が消えていく。
 
 意地になって探している、麗華に真司がうんざりした声を出す。
「ねぇ。もう一時過ぎだよ。そろそろ昼にしない?」
「でも、まだ見つかって無いから、探したい」
「あのさ、必死になって探してるけど、そんなに大切なものなの?」
「うん。お父さんとお母さんと私が一緒に写ってる写真ってあれ一枚だけだったから」
「珍しいね。写真嫌いだったの?」
「そう、写真を撮られる魂が抜けるとか、自分は撮る方に専念したいからってお父さんが一緒に写ってくれなかったの。お母さんと私の写真は出掛けるたびに撮ってアルバム作ってたから、いっぱいあるんだよ」
「桃華さまの若いころの写真なら見たことあるな。そういえば、あんたとあまり似てないよね」
「お母さんの若いころの写真あるんだ。今度伯母様に頼んで見せてもらわなきゃ。私ね、お父さん似だからお母さんにはあまり似てないの」
「そういえば、父親は何で一緒に来なかった? もしかして、居ないの?」
「居るけど……ちょっと仕事で、家に居ないことが多いの」
「ふーん。何の仕事してんの?」
 真司が何気なく聞いた言葉に、麗華は動揺して目を泳がせ答えない。
「なんで、答えないんだよ。無職って訳じゃないんだし」
「た、たぶん。でも、何をしてるか詳しくはわからない」
「はぁ? 何それ。自分の父親が何の仕事してんのか、知らないとかありえないよな」
「……ぼ、冒険家かな」
「冒険家? 本気で言ってんの?」
 真司が胡散臭いものを見るように麗華を見る。
「……毎月一回手紙が送られてきて、近況報告が書かれているんだけど、日本中を回ってるって」
「マジかよ。家に帰って来てないの?」
「……うん」
「いつから?」
「お母さんが亡くなってから……ずっと」
「じゃあ、六年前から一人で生活してたの?」
 明らかに父親を非難する口調に、麗華は焦る。自分でも、家に帰らない父親には不満に思うところもあるが、他の人から非難されるのは嫌だ。
「うん。で、でも、お父さんだって、私に会いたいっていつも手紙に書いてるし、やむを得ない理由で会えないって」
「六年前って、九歳か十歳だよな。そんな子供一人置いて、家を離れて日本中を回るような、やむを得ない理由って一体なんだよ」
「分からないけど……」
「金さえやれば、子供は自分で何とかできるってそういう考えなの?」
「……お金も貰ったこと無いけど。たぶん、冒険家するのにお金がかかるんだと思う」
「はぁ? 金もくれないの!? じゃあ、今までどうしてたんだよ」
「万が一何かあった時に使えって、お母さんがくれたお金と、バイト代で生活してた……」
「あんたの父親って、さ――」
 麗華は真司が言おうとした言葉に素早く反応して、彼の口を両手でふさぐ。

「それは、私の前で言っちゃいけない言葉だよ。お父さんがどうして帰ってこないのか分からないけど、いつも私のこと気にかけて大事に思ってくれているのは分かる。それに、お父さんはお母さんのことを凄く愛してたの。うんと小さい時から、お母さんが居なくなったら、自分も居なくなるって聞かされてた。そりゃ、周りから見たら変なことかもしれないけど、お母さんが居なくなって傷心旅に出たきりでも、私は納得してるの」
 麗華は父親が家に居ないことは、幼いころから母が居なくなると父も居なくなると教わってきていたので、受け入れていた。言葉も聞くことのできない母とは違い、父は月に一度手紙をくれる。誕生日には花を送ってくれる。小学生の時は悲しかったし、寂しく思う事もあったが、今はそれで十分だった。どこかで、元気に生きていてくれればそれでよかった。
「だから、他人にどう思われるか気にしないけど、目の前でお父さんが非難されるのを聞きたくはない」
 真司は麗華を睨みながら、口を塞いでいる手をどけようとするが、力一杯抑えられており、どけることが出来ない。
「お父さんのこと悪く言わないって約束しない限り手はどかない。言わない?」
 麗華が本気で言っていると分かり、うんざりしながらも軽く首を振る。慎重にホントかどうか確認を取ってから麗華は、手を外した。
 
「……それってさ、他の女のところ行ってるだけじゃないの?」
 真司が嫌味っぽく言う。
「それはないよ。お父さんはお母さん以外、どうでもいいって感じの人だったし。子供の私にも嫉妬することあるぐらい、お母さんのこと大好きだったから」
 麗華ははっきりと否定する。
「なら、なんであんたはほっとかれるんだよ。普通、愛した人との子供なら大事にされるだろ」
「何度も言うけど、お父さんにはお父さんの事情があるの。私だって問いただしたいくらいなんだから。はい。もー、この話はおしまい。お腹すいたんでしょ。ご飯食べに行こう。彰華君からお金貰ったし、こうなったらいつも食べれない、高級料理でも食べに行こうよ。真司君は何がいい? 私は、地元牛のステーキ食べたい」
 彰華から貰った財布を片手で振り回しながら、真司が何か言う前に畳み掛けるように話を逸らす。
「あんた、納得してるとか言ってるけど――」
「あー。何も聞こえないー」
 麗華は耳を手で塞いで、真司から視線を逸らして歩き始める。その、幼稚な行動に真司は大げさに溜息をつく。

 父親の話をしたがらないのは、批判されるのが嫌だと言うけれど、聞かれても何も答えられない。何も知らない、自分が嫌なのだろう。

「全然納得なんてしてないじゃん」

 先を歩く麗華の後ろで、真司が小さくつぶやいた。


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2009.7.17

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