一章 六話 強盗




 昼食会が終わり菊華が用事があると退室した。座敷に残された守護家からの刺々しい視線を感じて、麗華は居心地の悪い思いをしていた。
誰も発言しないまま、麗華を見つめたまま沈黙が続いていた。外から夏らしい虫の鳴き声が聞こえるが、今の状況では鬱陶しくさえ感じてしまう。

 しばらく沈黙が続いた後、はじめに行動を起こしたのは金髪の少年大輝だった。急に立ち上がったと思うと麗華を殺意をこめて睨み、部屋を出て行った。みな大輝の行動を予測していたので、軽く視線を合わせただけで誰も止めなかった。
 出会いが恐喝と言うなんとも衝撃的な出会いだった彼を、麗華は少し困った視線で見送った。あの時は、もう二度と会う事はないと思っていたから、我ながら思いっきり急所を蹴った。そのことについて謝りに行くべきだろうか。思いっきり睨まれたし、そのことも多少恨まれる原因になってる気がした。
 考えているうちに大輝の足音は聞こえなくなり、あとを追うのは不自然に思えたので、今度会った時にその話をすることにした。
 
 今まで親戚が居なかったので、何を話していいか見当がつかない。和気あいあいと世間話出来る雰囲気は、今ここにはない。

「……それじゃあ。私はこれで、失礼します」
 これ以上この空気に耐えられなくなり、この場から逃げだそうと決める。
「あぁ、一度宿に戻って荷物を持ってきた方がいいだろうしな。真琴、車出してやれ」
「分かったわ」
 菊華が居なくなると猫を被る必要が無くなったのか、出会った時と同じく口調、表情の彰華が、当然と言ったように言う。一人で帰る気でいた麗華は慌てて断った。特に真琴は風呂場の一件もあり、なるべく一緒に居たくない相手だ。
「そんなに距離もないし、一人で大丈夫」
「遠慮するな。あのトランクを持ってくるのは一苦労だろ」
「トランクを持ってくるって? 私、旅館に泊ってるからそんな必要ないよ」
「お前なぁ……。藤森家の人間を他のところに泊めさせるわけにはいかないんだよ。母上だってそのつもりだ」
「でも、宿代だって払った後だし、それに……」
 正直ここで泊まるのは嫌だ。こんな殺意に近い視線を向けられて、寝泊まりしても気づかれし安らげそうにない。
「それに、ここじゃ。安らげないって?」
 麗華の思っていたことを、彰華が言い当てる。動揺して目が泳ぐ。
「……旅館のご飯が楽しみなの。今日は地元の牛ステーキだって言うし」
「そのくらいこっちで用意する」
 どうしても麗華を本家に泊める気でいるらしい。麗華の気持ちなど全く関係ないという態度だ。
麗華は彰華にいらだちを覚えながら静かに見つめて、それから守護家の面々に目を向ける。
「母の事や藤森家の事も、今日初めて聞いた事ばかりで、少し混乱しています。頭の中を整頓する時間が必要です。だから今日は旅館に帰ります。道は覚えていますので送りは結構です」
 拒絶するようにはっきりと言う。
「明日改めて伺いますので、今日はこれで失礼致します」
 軽く会釈し、他の人が何か言う前に立ち上がり座敷を出た。
 座敷の中から、動揺したような声が聞こえる。でも、戸を閉めて廊下に出ると、あの場の重い空気が無くなり体が軽く感じた。

 
 少し廊下を歩くと、肝心なことを思い出した。意識を失った状態で連れてこられたので、この屋敷の玄関が何処にあるか分からなかった。
「なにやってんだろ、私……」
 この町に来る前は、母の実家かもしれないここに来るのが凄く楽しみで胸が弾んでいた。祖父母に会うのが楽しみで、親戚という血のつながった人と母の話をするのが楽しみだった。菊華という伯母にあえて、母の話を聞けて自分の中にあった穴が少し埋められた気がして嬉しかった。
 なのに、急に出てきた守護家やら神華やらわけのわからない話。妖がいるとも、式神がどうとかも言っていた気がする。自分が想像していた、親族との対面とははるかにかけ離れた妙な話。彼らはからかってるわけではなく本気のようだ。
 幽霊が居てもおかしくはないと思う。麗華自身は苦手な話だか、霊感があって実は除霊をしている家だとか、そういう話ならまだ付いていける気がした。漫画やテレビなどでそんな話はよくあるからだ。だが、身近に霊感がある人はいなかったし、所詮漫画やテレビの中だけの自分とは関係ないと思っていた節がある。
 実際に麗華には見えない何かがあの部屋には有り、他の者たちは当たり前のようにそれを見ていた。
話に出てきたのは完全に麗華の許容範囲を超える話で、どうやって整理していけばいいのか分からない。
仲良くやろうにも、あの殺気立った視線で見られたら、こちらは身構えて話など出来る状態ではなくなる。
守護家の者たちは、神華じゃないなら無用といった感じだ。

 でも、やっと知り合う事が出来た親戚がいる。仲良くなりたい。たとえ、見えない何かがあったとしても、理解し様のない出来事が起きたとしても、血の繋がった親戚なのだから。
 明日になったら守護家は置いといて、先ずは彰華と仲良くなってみよう。自分のいとこなのだから、他の人よりは話しやすいはずだ。


「……おい」
 玄関を探しながら廊下を歩いていると、後ろから低く不機嫌な声が聞こえて振り返る。そこには、部屋の案内役をやってくれていた蓮がいた。不機嫌と言う感情をはっきりと表に出して、眼鏡のずれを軽く直す。会った時の爽やかに笑ってくれた優しい蓮は何処にもいない。蓮も麗華が神華だと思って親切にしていただけなのだ。予想はしていたが、こうも180度態度を変えられると悲しくなってくる。
「蓮さん……。あの、玄関はどっちですか?」
「案内する。付いてこい」
 会った時とは口調も違う。あれは外向きで、今のが普段の口調みたいだ。蓮も麗華を案内するために来たようで、すんなりと案内してくれる。前を歩く蓮の背中からは、話しかけるなと文字が書かれているように感じるほど、重い空気を発していた。
 ほどなくして、玄関に着く。靴を持っていなかった麗華のために真新しい靴が用意されていた。靴を履いて案内してくれたお礼を言おうと思うと、なぜか蓮までもが靴を履いて外に出ようとしていた。
「ここまでこれば、自分で帰れるので大丈夫ですよ」
「旅館まで送るように言われている」
 蓮は麗華が何か言う前にさっさと玄関を開けて外に出た。
「案内してくれなくても、一度この門まで来た事があるので一人で帰れます」
 前を歩く蓮に追いつくように走って言う。ちらりと麗華に視線を向け、またすぐに前を向いて歩きだす。
「優斗たちが言っていたな。なぜ一度来たなら門を叩かなかった」
「それはですね。この大きな門を見たら自分の親戚がここに住んでいるとは信じ難かったのと、一般家庭の平凡な育ちの私にはハードルが高いんですよ。実際に中に入ってみたらやっぱり予想以上でびっくりです」
「……そうか」
 玄関から続く庭を歩き大きな門に到達すると、蓮が門の前で何か言葉と呟いてから門を開けた。不審に思ったが、聞いて理解できるとは思えなかったのであえて聞かなかった。門を出ると、知った風景が見えて安心する。麗華は蓮の方を振り替えて軽くお辞儀する。
「送ってくれてありがとうございました。それではまた明日。10時ごろ伺いますので、伯母様によろしくお伝えください」
 言うや否や、蓮が何か言う前に猛ダッシュしてその場から逃げた。


 自分のことを嫌ってる人に送ってもらう気分にはとてもなれないので、バイトで鍛えた足を思う存分活躍させて逃げる。後ろを振り返る余裕はないが足音が聞こえてこないので、蓮は追ってきていないらしい。
 何度か角を曲がったところで、派手に音を立てて壁にぶつかった。
 全速力で走っていたため、反動で地面に倒れた。痛さを訴える顔を押えてその場でもだえ苦しむ。昨日はただの道だったはずの場所を恨めしく思い見ると驚いた事にそこには壁らしいものは何もなかった。信じ難くて、片手で顔を押えて、空いた手でその場に触れてみる。信じられないことに、そこには見えない壁があるようだ。
「……なにこれ、どうなってんの?」
 ガラスでも張っているような、でも触れてる感覚は全く違う。硬い土の塊に触れてるような感覚がする。不思議に思って触っていると、急にその感覚がなくなり、前のめりに倒れる。今度は手を擦りむいた。なんだか、体中が痛く感じて、立ちあがる気力も出ない。道に倒れ込んで痛みに耐えていると、目の前に男の足が見えた。それをたどって上に視線を向けると、不機嫌そうに睨んでいる蓮が立っていた。溜息をついて眼鏡の位置を元に戻す。
「送ると言っているだろ。逃げるな」
 目を見開いて蓮を見つめる。
「なんで、ここに」
「立て」
 困惑しながらも、痛さを堪え自力で立ちあがる。そして、昼食会の後の出来事を思い出した。麗華には全く見えなかったがあの場で何かが起きていた。今回の見えない壁もそうかも。
「もしかして、今何かした?」
「逃げられないように結界を張った」
「マジで! そんなことできるんだ……。凄いね!」
「……そのくらい守護家なら当然出来る」
「え、ほんと!? あそこにいた人みんな超能力者みたいな事できるんだ! じゃあ、他には何出来るの? 火おこしたり、空飛んだり、瞬間移動したり、人を眠らせたり、できるの?」
「俺達は、術者で超能力者じゃない」
「……なんだ。出来ないんだ」
 落胆して言うと、蓮の鋭い視線が下りてくる。
「出来ないとは言っていない」
「ホント! 見てみたい!」
「やらない。それに、お前見えないだろ」
「……そうでした」

 逃げても追ってくるので、麗華は諦めて蓮に送ってもらう事にした。旅館のまでの道のりを二人で歩く。先ほど擦りむいた手に痛みを感じて手のひらを見ると、血が滲み出て指先まで流れていた。
「あーぁ。血が出ちゃった」
 ハンカチを持っていなかったので、流れる血を舐める。
「――――っ!」
 隣を歩いていた蓮の動きが止まった。麗華は不審に思って見ると首を押えて眉間に皺をよせて苦しんでいる。顔がみるみる青くなっていくのが分かる。
「蓮さん? 大丈夫ですか?」
 麗華が伸ばす手を、振り払う。
「平気だ。……ここから一人で旅館までいけるか?」
「いけますけど?」
「なら一人で行け」
 そう言うと、蓮は振り返り足早に一人で帰ってしまった。残された麗華は茫然とその場に立ち尽くして、蓮の不可解な行動に首を傾けた。




「えぇ! 店長どう言う事ですか!?」
 先ほど買ったジュースの缶が手から落ちて、廊下に転がる。旅館に着いて一息つくためのジュースを買いに、小銭と携帯電話だけ持ち部屋を出た。そして自動販売機でジュースを買い、その冷えた缶を楽しんでいたところに、不幸の電話が鳴った。
「な、何でですか!? 私何か失敗したでしょうか!?」
 電話の相手はバイト先の店長。店からの電話で不審に思ったがまさかそれが、解雇の電話だとは思いもしなかった。理由を聞くと不景気だから人件費削減のためのリストラだという。このコンビニのバイトがなければ、生活費が賄えない。必死で、解雇しないでほしいと頼んでみるも、願いは届かず。一方的な解雇通達で電話は切れてしまった。
 これからの生活のことを考えると頭が痛くなりふら付いた足取りで近くの壁に手をつき、深いため息をつく。コンビニのバイトで、賞味期限切れの弁当をもらうのを楽しみに働いていた。とても生活に役立つバイト先だったのに解雇されてしまった。
 こんなことなら、もうひとつのバイト先を辞めなければ良かった。
 夏休みに入る前に、中学時代から働いていた新聞配達の仕事を辞めた。理由はコンビニのバイトを長い時間やるため。それがこんな結果になるとは思いにもよらなかった。三年真面目に働いたので新聞配達の会社に頼めばまた雇って貰えるかも知れない。そんな淡い期待を胸に、解雇のショックからなんとか立ち上がる。
 バイト先は探せばまたある筈だ。数か月生活できる貯金もある。

 ぬるくなったジュースの缶を拾い、旅館の部屋に戻った。
 鍵を開けて中に入ると、部屋の中で何かが動く気配がした。仲居が掃除をしに来たのかと思ったが、戸口には仲居の履物は無かった。
「誰か居るの?」
 午後の六時ぐらいのためまだ明かりをつけなくても、部屋の様子が見える。慎重に部屋の中をのぞくと、そこにはお祭りで売ってるキャラクターのお面をかぶった怪しげな人が二人いた。手には麗華のトランクと鞄を持っていた。二人と目が合う。
「ちょっと、人のモノ持って、な、何してんの!?」
 いかにも怪しい二人に麗華は持っていたジュースの缶を投げつけた。投げられた缶は容易にお面の人に受け止められた。それから、窓に向って二人が駆けていく。窓を開けると、三階だと言うのに何の躊躇もなく一人が飛び降りた。そして、もう一人が麗華のトランクを下に投げようと手を伸ばす。
「止めてよ!」
 麗華はトランクを掴んで投げさせないように抵抗する。
「これには大事なものが入ってんのよ! お金が欲しいなら財布あげるから、トランクは置いてって!」
 投げさせないように必死にしがみ付くが、お面の人が軽くトランクを横に振るだけでいともたやすく手が外れて、反動で床に倒れる。
 次に置き上がった時には、お面の人は窓から飛び降り部屋から居なくなっていた。慌てて窓を覗くが、下に人はいない。

「嘘でしょ――。トランクには写真が入ってるのに!」
 麗華は動揺して震えだす手を強く握り、お面の人を追いかけるべく部屋を飛び出した。
 トランクには親戚に会った時に見せるつもりでいた家族の写真が入っている。写真を撮るのが嫌いだった父も一緒に撮った唯一の写真も中にはある。どんなに願っても戻ることのできない、幸せだった頃を写しだした写真。つらい時いつもその写真を見て慰めて、元気をもらっていた。
 かすれてきた両親の面影をつないでくれる大切な写真。
 世界で一つだけの麗華の宝物。

 それが、盗まれた。

 思いつく限り、外を走りまわってお面の人を探しまわる。日が暮れて街灯がともり始めても、麗華は外を走りまわってお面の人を探した。
 楽しみにしていた夕食のことも頭から抜けて、今はお面の人から写真を取り戻すことで頭がいっぱいだった。

 警察というモノがあると言う事を思い出したのは、お面の人を探しまわって四時間ぐらい経った時だった。早期通報が早期発見につながる。旅館に戻り強盗のことを女将に伝えた。しばらくして警察がやってきて、事情聴取が始まった。どんな人だったかと伝えてる時に、血相を変えた菊華が数人のお伴を引きつれてやってきた。
 どこから聞いたのか、麗華が強盗にあったと聞いて飛んできたという。
 強盗が入るような危険な旅館に大事な姪を置いておけないと、痛烈に旅館のことを非難して麗華を引き取ると言いだした。
 写真を盗まれたことで放心状態だった麗華は、菊華に促されるまま車に乗って藤森家に行くことになった。




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2009.7.7

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