なりきり女神の三日間 一日目


 今日一日、最悪な日だ。

 私は1LDKの自分の家に帰ると、先ほどコンビニで買ってきた缶ビールや酎杯の入ったビニール袋を乱暴に乗せ、そのうちの一本を取り出してそのまま一気に一缶開ける。
 ふはぁ。と一息ついて、テレビのスイッチを入れて傍のベッドに寄りかかりながら、もう一缶に手を付ける。

 そりゃ、私が緊張して会議中にほんの少し重要な話の中で言葉を噛んだのは悪かったわよ。
 ちょっと、間違えて説明しそうになったけど、途中でちゃんと言い直したじゃない。
 質問をすぐに答えられなかったのは、ほんの少し返答の仕方を考えただけじゃない。
 ちゃんと向こうも納得する答えを返したし、先方も満足してくれたからいいじゃない。
 
 しょうがないじゃない。一か月前から考えて準備万端のハズが前日、取引先の会社が一つ潰れた所為でこっちの計画が崩れたのよ。前もって情報を入手しなかった私が悪いって皆でせめて、皆だって気が付かなかったじゃないのよ。
 「お前すぐ緊張して、肝心な時に役に立たないとか、仕事向いてないんじゃないの?」
 って、同期の高沢くんに言われるし、あの人顔が良くて仕事が出来るって会社じゃ結婚したい人bPとか言ってるけど、性格悪いんだよ。失笑しながらそんな事言う奴と誰が結婚したい? 皆、愛想がいい時しか見たころないからそんな間違った判断をするんだ。
 上司からは「派遣の方がいい仕事してくれるわ」ってため息交じりに言われるし。
 入社して四年。今年で二十六歳。やっと遣り甲斐のある仕事を回してもらえるようになったのに、大事な場面ではへましてしまう。だって大勢の視線が集まるのって心臓に悪くて、なにか自分が責められているような、錯覚に陥る。
 小心者というか、気が弱い。私だってこんな性格に為りたかったわけじゃない。
 もっと、はっきりとズバズバなんでも言えるような性格に為りたかった。
「明日から三連休、その間に頭入れ替えろよ」とか高沢君に言われたのを思い出す。言われなくたって分かってるわよ。

 テレビの中ではファンタジー映画の非道な女王様が高笑いして、主人公たちを甚振っている。
 あぁ、気持ちよさそう……。
 あんな風に人を甚振って高笑いするのって一度でいいからやってみたい。

 でも、甚振られてる人の事を考えると、可哀そうで出来ない。自分がされて嫌なことはするんじゃないと言われて育ってきたから、その教えが身体に染みついてるんだろうな。


 仕事のもんもんしたものを、お酒で紛らわせる様に次々杯を空ける。
 
 あ。そうだ。私は良い物が在るのを思い出して、鏡台の上に置いてある石を持ってくる。
 この石は、ストーンショップで一目ぼれして買った石で、額に当てるとストレスを吸い取ってくれるっていう、癒しグッズ。藍むらさき色の変わった石。二十万したけど、それでストレスを吸い取ってくれるって言うんだから、かなりいい買い物をしたと自分でも大満足。
 使うのがもったいなくて、今まで鏡台に飾ってあったけど、今日こそ使い時ってもんでしょ。

 私のストレス吸い取ってください。

 一心に願いながら額に石を当てて、そのままお酒を飲んだ。




 ぼんやりとする視界。目の前に何か人影らしいものがぼんやりと見えるが、白っぽくて良く見えない。何か呟いているらしいけど、ぼーっと変な耳鳴りが聞こえて何を言っているのかさっぱり分からない。

 ぼけっとしていると、夢の中の場面が変わった。広間の様な場所で、私の目の前にはテーブルがありその前には豪華な食事が並んでいる。
 何十人と言う人が目の前で跪き私に向かい祝辞を述べている。「ご降臨お喜び申し上げます」とかなんとか。初めはぼけっと聞いていたけど、これは夢なのだと気が付く。私が首を傾けると、腕に振って来たのは柔らかくウエーブのかかった藍紫色をした髪、私はこんなに髪が長くないし、こんな異色な色の髪をしていない。手を見ると細く白いしなやかな指。水仕事で出来たあかぎれもない。近くにあった銀のゴブレットに映るのは、青い瞳のこの世の者とは思えないほど妖艶の美女。私の取った行動と同じ動きが銀のゴブレットに映し出される。額に石がはまっている事に気が付く。あのストレス解消の石に良く似ている。触ってみると額の中に埋め込まれようだ。きっとストレスを取ってくれる石を額に当てたまま寝た所為で、その印象が強かったから夢に反映したのだろう。
 あぁ。なんてすばらしい夢なのだろう。こんな美女になれるなんて私の夢は最高だわ!

 跪いていた人々も宴に参加するようになり、談笑しながら和やかに宴が進む。
 何人かの祝辞で分かった事は、私はユーデリの女神と言う存在らしい。ここに来た事は彼らの祈りが通じてご降臨したそうだ。ユーデリの女神が来る事を待望していたらしく、彼らの表情からも喜びが伝わってくる。

 そう。私は女神さまなのだ! 何をしても許される素晴らしい存在なのだ。そういう設定の夢なのだ。夢だし、やりたいことはやってしまおう! そう。日常のストレスをここで発散すればいいのだ!

 宴は余興が始まり、数人の美少女が優雅な音楽に合わせて踊りを披露してくれる。とても、優雅で長い布を器用に扱いひらひらと海の様に風の様に幻想的な舞台を演出し私を楽しませてくれる。

 踊りが終わると隣に、一人の男が立っている事に気が付く。二十歳前半で、すらりとした長身、印象的な緑色の瞳、栗色の髪は肩にかかる手前で切りそろえられている。普通なら違和感のある髪型なのに、見とれてしまうほど美しい男の人だ。着ている服も他の人と違う、質のよさそうな白いローブに細かい刺繍が施されている。こんな綺麗な服を見た事がない。一目で他の人たちとは違う身分の人だと分かる。

「宴は楽しんで頂けておりましょうか」
 耳に響くのは低いテノール。なんて美しい声なんだろうと、思わずうっとりしてしまう。
「ユーデリの女神様?」
 呼ばれて、はっと我に帰る。そうそう。今の私は、この男の人にも負けない美女。しかも女神様。気後れなんてする必要なんて全くないのだ。
 私は手元に置いてあった、ふあふあの白い羽の付いた扇子を大げさに広げて口元を隠すようにする。
「美しい舞であった」
 口調を変えて言うのは女神様ならこんな口調がちょうどいいと思ったからだ。
 私が満足げに言ったので、踊りを踊り終えてお辞儀していた美少女達が頬を赤らめ嬉しそうに微笑む。
 あぁ。女の子が嬉しそうに微笑むのって見るだけ幸せになれるわ。
 男も静かに微笑む。

 でもね。ふふふふ。美しい男を見ると、同期の高沢君を思い出して仕返し……ちがうね、八つ当たりをしたくなる。
 しかも、こんなプライドも身分も高そうな男を今の私はいじめられるのよ。そう、これは私の夢だし、好きにしていいのよ!


「だがなぁ、何か物足りないのぅ。それが何かそなたにわかるか?」
 音を立てて扇子を閉じ、男を指す。
「恐れながら、わたくしどもには分かりかねます。お教頂けますでしょうか」
 くすりと、悪い笑みがこぼれる。
「笑いじゃ。……あぁ。道化師などの笑いでは妾は満足せぬのじゃ」
 男が道化師を呼ぼうとする仕草をしたので、その動きを止める為に一言言う。男の綺麗な顔にすこし困惑した色がうかがえる。
 あぁ、こういう男に困惑した顔をさせているのが自分だと思うと、普段なら絶対できない行動だけに、なんだか楽しくなってくる。
「そなたが妾を笑わせて見せよ」
 男は困惑した顔を見せたが、すぐに静かに微笑む。
「わたくしは、ユーデリに使える神官長で御座います。祈りと書を読み解き人々に福音を教え伝えるのが役目、ユーデリの女神様を笑わせる才のない男で御座います」
 どうかお許しをと、静かに頭を下げる。
 普段の私なら、すぐに許してしまって、変なこと言ってごめんと謝るだろう。でも今の私は女神様!
 いくら、色男だからって、許すわけがないでしょ。
「妾の願いを聞けないと申すのか」
「お許しください」
 さらに頭を下げる。良い男は、笑いを取る必要が無いって? 人に笑われるようん事は恥ずかしくて出来ないって? プライドが許さない? そんな考えなのが手に取るように分かる。そんなの許すわけがないでしょ。
 男なら上司の言う事聞いて、一発芸でも見せて場を盛り上げろってもんよ!
「ならば、そちらにまわり、妾を向くがよい」
 先ほど踊り子たちが踊っていた場所を扇子で差して男を移動させる。移動した男は、私を見据えて静かにお辞儀した。お辞儀一つがとても綺麗。何ともない仕草なのに、それだけで周りの者を、虜にしてしまう。周囲の人々は私が何をさせるのか不安げな視線を向ける。

「人々に福音を教え伝えると申していたな。では妾にこの国の生き物たちに付いて教えておくれ」
「生き物に付いてご教授すればよろしいのですか?」
 そう静かに聞いて来たのは、私が考えた事が男に伝わったのかもしれない。不安げと言うよりも、腹の中では不満が疼いているような声だ。
「そうじゃ。そなたの仕草と声で、生き物を表現してほしいのじゃ。生命は神より与えられし何よりもの福音であろう?」
 悪い笑みがこぼれて、扇子で口元を隠す。あぁ、男が嫌な顔をしない様に必死で耐えているのが伝わってくる。そりゃ、女神様に反抗は出来ないよね。それも神官長だって、だったら尚更出来る筈がない。
「どうしたのじゃ、早く妾に教えておくれ」
 腹をくくったのか、男は静かに微笑み、一礼する。
「それでは、シラの森の主と呼ばれるアゼカ鳥を模させていただきます」
 男は「クルクルクル」と鳴き声を上げながら、羽をはばたく仕草をする。ムカつくことにその仕草が優雅で、笑いよりも見とれてしまう。周りの人々も、感嘆の声を上げている。
 それでは意味がない。
 この広場の端に居る、豹の様なモノを発見して次はそれをまねするよう指示。
 男は少し間をおいてすぐに真似を始める。一瞬間があったのは、やりたくなかったからに違いない。手足を床に付けて四つん這いになって「くおっぉー」と鳴き声を上げる。
 これはなかなか笑えた。大いに笑いゴブレットを空ける。中に入ってるお酒は変わった味がするが、肴が面白いせいか、とても美味しく感じる。
 次々、動物の真似をさせて笑う。何が一番楽しいかと言うと、頼んだ時にある少しの間! 嫌だ、やりたくない! っていうのがひしひし伝わってくるのが楽しい。
 こんなに自分がSだとは思わなかった。でもいい男がいやがる姿を見るのって楽しい。

「恐れながら、ユーデリの女神様。これよりはわたしがユーデリの女神様のお心をお慰めしとう御座います」
 男の前にひとりの少女が立ちふさぐように出て来て深々と礼を取る。
 ざわつく広場。気が付いていなかったわけではないが、先ほどから、広場には私の笑いしか響いていない。誰もが神官長を笑うわけにはいかず、はらはらとひやひやした緊迫した空気があった。
 その空気と、神官長の嘆かわしい姿に耐えられなくなったのがこの前に出てきた少女なのだろう。
 
 だけどね。どSスイッチの入った今の私にそれは逆効果ってもんでしょう。
 もちろん、女の子をいじめるのは良心が痛むのでそれはしない。ええ、もちろんしませんよ。

「そちは美しい着物を着ておるな」
 思ってもいなかった言葉だったのだろう、顔を上げて一瞬不思議そうな顔をした。でもすぐに深々お辞儀する。
「有難う御座います。メカルの毛で編みあげた祭典着で御座います」
「では、その服を脱いでもらおうか」
 場に広がるざわめき。あぁ、この人に走る動揺の声すら私が起こしているものだと思うと心地が良い。
「ユーデリの女神様、この場で若い娘にそのような慎みのない行動を取らせるべきではありません。どうか、お慈悲を」
 神官長の男が前に出て頭を下げる。
「なんじゃ、妾の心を慰めてくれるのではなかったのか」
「祭典着を脱げばよろしいのですね」
 女の子は力のこもった目で私を見て言う。あ、この子きっと神官長が好きなのね。庇い合いをしているところを見ると、相思相愛かしら?
 これ以上私の反感を買わない様に頑張る女の子ってかっこいいわね。
「もちろんじゃ。上だけでよい」
 見たところ祭典着と呼ばれる服の下にも何か着ているように見える。この部屋に電気が通っていなく、全て灯りはランプの様なモノだから、時代設定は古いのだろう。昔の服はやたらと着こんでいるイメージが在るから、脱いだら裸ってことは無いと思う。
 上の服一枚脱がすぐらいたいしたことではないでしょ。
 腰に付いていた紐を取り、服を脱ぎ始めようとした女の子を、神官長は静止させる。
「ラユ止めなさい。ここは良いので下がり自分の席に戻りなさい」
「神官長、わたしは、ユーデリの女神様に従います」
「命令です。下がりなさい」
「この場では、ユーデリの女神様の御言葉が優先されます」
「ラユ!」
 小声でやり取りをしているが、こっちにはまる聞こえ。
「なに、ラユと言う娘が脱がせるのが嫌ならば、そなたがその服を脱げ。この場の興はそれで終わりにしよう」
 あぁ! すっごく、神官長が露骨に嫌な顔してる! 今まで静かに耐えてきたのに、脱ぐのは本当に嫌なんだね。その顔を見ると楽しくてぞくぞくしてくる。
 ホント、いい男を甚振るのって楽しい!
「分かりました。ユーデリの女神様のお言葉道理に致しましょう」
 神官長はラユを下がらせて、薄ら笑みの仮面を被り私に一礼する。
 ふふふ。実はこの展開になるのは初めから分かっていたのよねー。
 そして、宴のフィナーレにもっともふさわしい余興にするのよ。
「そなたは、男なのだから祭典着だけではなく、全て脱ぐのじゃ。あぁ、さすがの妾も下まで脱げとは言わぬ。だがなぁ。男がただ脱いでも少しも面白みがないと思わぬか」
 祭典着だけを脱ぐ気でいたのか、全て脱げと言った時、折角被った薄ら笑みの仮面が剥がれてしまう。怒りとかじゃなく殆ど無表情に近い。
本当に怒っていらっしゃるわ。でも、これからさらに怒る事言っちゃうのよねー。今の私は、最強のドSだもの!
「そうじゃ、楽師たちよ。先ほど奏でていた旋律は素晴らしかった。もう一度聞かせよ。そなたはその中で、音と共に服を脱ぎ身を軽くせよ。そして、音がくなるまでそなたは妾に舞を披露しておくれ。なに、先ほど踊り子たちが披露してくれた事と同じ事をすればよい。簡単であろう」
 生で、いい男の、ストリップ! ひゃあ、ひゃひゃひゃ。内心、笑いが止まらないわ!

「ユーデリの女神様のお言葉道理に」
 神官長が地を這うような低い声で静かに言う。瞳は怒りに燃え、ハッキリとした殺意が感じられる。初めて感じる、人からの強烈な感情に、自分が招いた事ながら吃驚して手に持っていた扇子を床に落としてしまう。

 こ、こえー。明らかに先ほどまでとは違う目つき。女神だから口ごたえしないし手を上げないけど、本当は、殴りかかりたいに違いない。
 やりすぎてしまったかもと、心臓がびくびくし始める。
 で、でも、夢なんだから何しても、大丈夫よ。これは、私の夢なんだもの。

 私は落ち着くように、小さく深呼吸して床に落ちた扇子を拾う。そして神官長の方に投げた。
「舞いの最中、手がさびしかろう。それを使うとよい」
 神官長は静かに一礼する。私は手を上げて音楽を始めるよう楽師たちに指示。

 内心まだ、心臓がびくびくしていたが、神官長のストリップは最高の余興だった。一枚一枚音に合わせて脱ぐさまは、ストリップショーとは違い品が在りホントはいつもしてるんじゃないの? と聞きたくなるほど様に為っていた。肉体美も鼻血モノ。引きしまったからだは、何かスポーツでもしているようだ。
 羽の付いた扇子を器用に操る姿も本当に美しかった。

 拍手喝さいで宴は終わった。

 そのあと、私はゆったり広いお風呂を用意させて花風呂にして入った。じっくり身体を洗って貰って高級エステ波のマッサージをして貰ってホント最高な気分だった。
そして、ふあふあのベッドでゆっくりと幸せ気分を浸りながら目を閉じる。
 明日目覚めれば仕事はお休みだし、この幸せな気持ちを長続きさせる為に二度寝しようと決めながら眠りに付いた。




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